2020年02月23日

古梅と新梅

借家の片隅にいまにも倒れそうな梅の老木があるんです。倒れそうなというか、実際に倒れてしまい、丸太やらお向かいの家で使ってた敷居やらで支えてなんとか立ってます。梅は皮でも生きると言われるそうですが、まさしくそんな感じ。真ん中あたりに白いキノコ的なものも出来てしまっています。これが古梅霊芝かな?と思い、ノコギリで削ってヤフオクに出したら三千円で売れました。
横道にそれました。ヤフオクってしまいましたが、心配なんです。それでなんとか子孫を残せないかと考えまして、挿し木したんですがダメ。それなら種から発芽させられないかとやったんですが…ダメ。試行錯誤していると、ネットで種を削って冷蔵庫で冷やすという情報を得ました。それで何粒かやってみたら、たったひとつだけ芽が出たんです。本当はしまった事も忘れちゃってたんですけどね。春になって冷蔵庫の奥で見つけ「ん〜なんだ、これは梅干しの古いのか…んっあれっ」てな感じ。

そこから鉢で大事に育てて6〜7年、カイガラムシがびっしりついて危ない時もありましたが、ついについについに今年、花が咲きました。
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梅の実生から梅の花。とっても嬉しいです。

老木もまだ頑張ってます。
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2019年12月25日

2019年をふりかえると…

2019年の舞台は1月の「スケリグ」から始まりました。表紙は柳智之さんのイラスト。天使のお話なので背中に羽のあるTシャツなんかどうですか?と自主プレしたら通り、嬉しかったです。
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5月は加藤健一事務所の「テイキングサイド」と「マラソン」。「テイキングサイド」のチラシは良かったと思うし、芝居も良かったけどお客さんの入りはいまひとつ。お芝居は娯楽だけではない。社会派のお芝居でも満員になる文化にたいするゆとりが欲しいです。「マラソン」は走りながら芝居する二人芝居なんですが、役を入れ替えての公演がありました。マチネ、ソワレで役が違うんです。あっぱれ!
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7月は「じゃじゃ馬ならし」と「ひとごろし」。「じゃじゃ馬ならし」は子供のためのシェイクスピア最後の作品になりました。素晴らしい舞台なのに続けられないのはどこに問題があるのだろう。解決策を見出し、早めの復活を期待したいです。「ひとごろし」は前進座の役者さんのイラスト。山本周五郎原作の面白い本。松田優作主演で映画化もされています。
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8月はテアトルエコーの「バグ・ポリス」に「蜜蜂と遠雷」。「バグ・ポリス」は最初に台本読んだ時、人物の出入りがどうなっているか全く理解できず、ユーチューブであがっていた海外の舞台映像を観ながら台本読みました。「蜜蜂と遠雷」は三度目。出演者が豪華でした。
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10月は無名塾の「タルチュフ 」の能登公演。ここんとこのんびり電車で行ってたんですが、今回は浸水で新幹線が動かず、飛行機。飛行機苦手です。無名塾公演は能登にはじまり東京で終わる半年間。東京は2020年3月です。87歳の主役仲代さんをぜひ!加藤健一事務所のコメディ「パパ、I love you!」はおなじみの顔ハメ。福岡のイラストレーターに発注したんですが、日帰りで本多劇場に観劇にきてくれました。ありがたいです。そのほか、お芝居ではないですが10月の第三土日は毎年「三茶de大道芸」盛り上がりました。今年は外国語チラシを作りました。だんだんそうなっていくのかな。
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12月はテアトルエコー「イズヒーデッド?」と「虹のかけら」。「イズヒーデッド?」のイラストは伊野孝行さん。今回もステキな絵を描いてくれました。彼はやっぱり上手いですね。「虹のかけら」は去年の再演。開演前のご注意アナウンスは三谷さん。スマートフォンなどは電源をお切りになるか、水没させちゃってください って言ってたのが良かったな。
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演劇の公演以外のビックイベントとしては、ラグビーワールドカップがありました。公式球はギルバート。今年からギルバート販売元のスズキスポーツの宣伝をやらせていただいています。
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これ以外にも色々…みなさまありがとうございました。

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2019年11月30日

パン屋さんでジャズボーカル

ジャズボーカルが好きになったのは大学生の頃。四畳半に大きなステレオ置いて、アンプは重いほうがいいとかなんとかわかった風な顔して、LP買ったりもらったりしてブイブイ聴いてました。最初は歌い上げちゃうヤツとかスウィングしまくりが好きだったんですが、だんだんモダンで軽いのが好みになってきました(ジャッキー&ロイとか)。その頃の情報源は大学の近所にあったジャズ喫茶とラジオとうるさがたの友達。その後は、情報源から遠のくと、年をとるにつれジャズボーカルもあんまり聴かなくなりました。
それが、ここんとこまた聴いてます。情報源は近所の小さな小さなパン屋さんです。お客さんが三人も入ればいっぱいになっちゃう狭さなんですが、パンはすんごく美味しいんです。早くいかないといつも売り切れ。そんでもって、いつも気になる曲がかかってます。ジャズボーカルです。いまかかってる曲は、食パンの棚の上のスピーカー横のCDでわかります。
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その日も瑞々しい軽やかな歌声が気になりました。パンをレジに持っていき、オシャレなご主人が袋にいれてくれてる間に…。
「写真撮ってもいいですか?」
「どーぞどーぞ」
「ここ、けっこう曲の情報源なんです。この間はタイトルをこっそり覚えてって手に入れました」
「へぇ…誰ですか?」
「マル・フィッチです、これがあちこち探してもなかなかなくて…」
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「あぁマル・フィッチ…なかなかないかも…」「良かったです」

今日の方はビヴァリー・ケニー
「有名な方ですか?」「けっこう有名です、彼女はこれでなくても、どのアルバムもいいですよ」

知らんかった。
さっそくYOUTUBEで聴いてみる。イイ、すごくイイ。That's allという曲が好きなので、それが入ってるものをまず買ったら、ほかのものも欲しくなり、ついつい大人買いしまった。
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手に入れたなかではPLAYBOYSというアルバムが秀逸です。
ビヴァリー・ケニーは調べると1932年生まれ、仲代さんと一緒でした。でしたが、1960年に28歳で亡くなっています。イイものは古くならないですね。モダンだわ。自分が最初にジャズボーカルを聴き始めた頃と同じ年齢の、いまの大学生はビヴァリー・ケニーをどう感じるんだろう。ちょっと感想聴きたくなりました。
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2019年11月16日

副腎検査漬けの日々

9月10月は仕事も猛烈に忙しかったけど、それより大変だったのは検査。身体の検査です。
そもそも病気もののテレビを見るのが好きなのがいけない。ERやドクターハウスも好きです。それで、たけしの〜だったか…テレビ見てたら自分にピッタリ当てはまるのが出てきました。空腹時に運動すると落ち着かなくなる、ハクハクすると言うものです。夜、自転車で事務所から家に帰る時なんかにそんな感じになります。自転車は15分くらいでしょうか。これ、ずっと何年もなんとなく気になっていた症状でした。番組では、これは隠れ低血糖と言うヤツで糖尿病予備軍だということ。心配です。
事務所でSに話したら、健康健康、ただの更年期ですよ。ととりあわない。
それで、近所の糖尿病専門医に行ったら…糖尿病ではない。ハッキリ言われました。ただカリウムの値が低く心配なのでちゃんと調べてもらったほうがいい。と言われ、東京医療センターに通うことになりました。

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そこから2カ月検査。週1〜3検査。もともと事務所に出るのが昼ごろだったので仕事への影響は少なく、午前中が病院という健康的な毎日でした。
さて、どんな検査? これが本題。
言われたのが、原発性アルドステロン症とコルチゾールという副腎のホルモン異常の疑い。副腎というのもはじめて聞きましたが、ホルモンといえば男性ホルモンしか知らないので、え〜オレそんなにホルモン強くないのに…と思ってたら、人間が生きていくの大切なものですって。
で、副腎検査漬けの日々が始まりました。
血液5本とる。30分寝る。薬飲む。90分寝る。血液5本とる。この薬を飲むのが負荷検査。つまり機能の反応を見るわけです。この反応が微妙なんですって。先生「ん〜下がるはずなのに下がってないですねぇ」オレ「あっ90分寝た最後の20分くらい、すごくトイレいきたくなりました」先生「あっそれかも、もう一回やりますか、微妙なんですよ」オレ「え〜」
そのほか、まず30分寝る。血液5本とる。30分寝る。注射。30分寝る。血液5本とる。という日もありました。
寝るったって診察室が、並んだ裏だもんで寝られやしない。ずっとお年寄りや深刻な方、わけのわからない方、耳が遠い方のお話が聞こえてきます。先生や看護婦さんも大変だわ。そのうちアイマスクや耳栓持参するようになりました。
そのほか、一番ビックリしたのが、 1日分の尿をとる。というヤツです。
「えっ全部ですか?」「全部です」「夜中起きたときも」「ときも」「全部?」「全部!」
「どうやって」「2リットルくらいのペットボトル用意して…あっ大きめのジョウゴ100均で買ったほうがいいわよ」「えっそれを…」「もってくるのは無理よ…ハハハ…ちょっとでいいのよ…あとで容器渡すから」

結果、正常でした。念のためってのが多く心臓エコーに、腎臓CT。…なんかもヤレヤレ
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2019年08月04日

新しく手に入れたのは昭和の本

最近見つけた本二冊。やっぱり昭和に惹かれます。まず一冊目は、文藝春秋が昭和38年から2年間連載した「私はこれになりたかった」というグラビア特集を2016年にまとめたものです。
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年間購読申し込み者に配られた非売品だそうです。中身はタイトル通り、子どもの頃になりたかった職業に扮すると言う企画です。ひとりひとりの設定がちゃんと作られていて良く出来てます。全部で46人。俳優以外にも山口瞳や柴田錬三郎、中曽根康弘など小説家から文化人、政治家まで。55年も前なのであちらへいかれた方も多いですが、みなさん若々しくイキイキしてて写真見るだけでワクワクします。岸田今日子さんもカワイイですね。これは古本屋でチラ見したものをネットで買いました。いけませんね、反省。

それから二冊目は、中原淳一さんが絵はもちろんの事、企画、編集、執筆までこなされている「女の部屋」という雑誌。中原淳一さんって戦後の少女ファッション漫画家のイメージしかなかったんですが、スゴイ才人だったことがわかりました。この雑誌が刊行されたのは昭和45年。かなり体調のすぐれない中での雑誌発行だったようで最後の雑誌になりました。ただ内容の充実度が素晴らしいです。こっちはおなじみの九品仏の古本屋で。
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            絵で描いた表紙の髪型を写真で
            解説したページがありました。

やはりファッションが基本、オシャレですね。
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タレントページのレイアウトと写真もカッコイイです。
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演劇がお好きだったようでチェーホフ『桜の園』が特集されてました。
いまのチラシの絵だったら新鮮に見えるかも。
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タグ:中原淳一
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2019年07月01日

蒲郡の有名人

何度目かの登場ですみません。生まれ故郷は愛知県三河地方の蒲郡です。ガマグンではなくガマゴオリ。地元では普通なんですが一歩外へ出て「中学はガマ中」「高校はガマ高です!」なんて言おうものなら爆笑されます。蒲郡の人間はガマ=カエルという認識は全くないんですが世間様は違います、ご注意あれ。さて、蒲郡の人口は自分が生まれた頃から8万人、いまも8万人の小さな小さな地方都市ですが、けっこう有名人を輩出しています。最近はなんといってもソフトバンクのスーパースター千賀滉大投手。公立のガマ高出身ですよ。高校時代は甲子園なんか夢のまた夢、全くの無印。そこから育成の星になり今や日本のエース。もう笑わせません。
芸能面で言えば、宝塚のトップが出ましたよ。トップっていう響きがいいですね。ダイキンのコマーシャルで有名な月組トップの珠城りょうさんです。この方、兄貴の同級生の娘さんだとか。いつかお仕事でご一緒できるといいなぁ。すごいコアな話を三河弁で出来そう…しないか。
昭和の時代も全国レベルの方がいらっしゃいます。なんといっても早世した不遇の横綱玉の海。横綱が出たってスゴイですよ、初代から数えて、およそ300年間で72人しかいないんですから。同級生が玉の海の実家に新聞配達してたと自慢してました。玉の海いないし、実家に届けてただけですけど…。
政治の世界では、社会党の二代目委員長の鈴木茂三郎という方がそうだとか。委員長になられたのが1951年なんで68年前とかなり前ですが、当時「青年よ再び銃をとるな」と演説し、それが反戦標語になったと言うすんごくエライ方。うちのオヤジに聞いたことがあるんですが
「モサさんの家は貧乏で、モサさんのお父さんは人力車を引いてたよ」と言ってました。昔は蒲郡も観光地として栄えていて、たくさんの旅館が海岸沿いにあり、人力車のある宿が一、二軒あったようです。竹島あたりまで行ったんでしょうか。写真があったら見てみたいですね。
文学を見ると、中国を舞台にした歴史小説で有名な宮城谷昌光氏がいらっしゃいます。不勉強で読んだことがないんですが、どれも長そうでつい…食わず嫌いはやめて取り組もう。平野啓一郎さんも一応出身ということになってますが、1歳までだそうだからはずしましょう。
有名人の中で唯一おつき合いのある人が、四コマ漫画家で芸能評論家の高信太郎さん。お笑いの世界にも精通された方です。何回か若い頃に漫画家の草野球に誘ってもらいまして、ド下手でご迷惑かけました。今も年賀状のやりとりさせていただいてます。お元気かな。

高さんにいただいた本。
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自分のテリトリーのお芝居の世界では、流山寺事務所にいらした井沢希旨子さんという方がいらっしゃいました。いまは海外だそうですが、一度ご挨拶したことがあります。蒲東高校出身の間宮さんが紀伊國屋に出ていて観に行き、楽屋で挨拶したら「あっ井沢さんも蒲郡なんだよ」と共演者の井沢さんを紹介されました。それを母親に話したら「井沢さん?井沢歯科の娘さんだがねぇ。お母さんがいっつも話しとったよ。チカコと一緒に(妹です)着物のなんか…選ばれてねぇ…写真撮ったことがあって…なんちゃらかんちゃら…」だとか。かないません。声優さんで松井恵里子さんという人気のある方がいらっしゃるそうなんですが、そっちは暗くて全くわかりません。だんだんわからない人が増えていくんでしょう。
まぁ蒲郡出身の有名人って、8万人の割にはたくさん出ているかも。wikiで調べると、大叔父の中村俊定先生(芭蕉の研究者)も載ってて嬉しくなりました。ただの生まれ故郷が一緒ってだけですが、出身が同じってだけで応援したくなります。不思議ですね。あと鼠小僧次郎吉が蒲郡生まれという異説があるようですが、これはマユツバだなぁ。

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蒲郡のシンボル竹島の記念切手シート。いつの時代もメインは竹島。

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2019年06月26日

事務所の台所が世間様に…

「すみません、一生のお願いがあるんですけど…」と
事務所のSから切り出されました。

い っ し ょ う って そんなお願い って
Sと2人だけの小さな事務所。Sがきて今年でもう15年になります。よく辞めなかったもんです。数年前に、いきなり 籍いれたんで と言われた時には本当に驚きました。誰かと付き合ってたのも知らなかったので…。
それ以上の事言われるのか…辞めたいとしても、お願いってことはないだろうから…
な、な、なんだろう? ビビりました。

「取材の募集があって、申し込んだら受かっちゃったんです」
「取材って?」
「東京の台所っていう…」
「えっここ。ウチの台所?使ってないじゃん…大丈夫? ウチでいいの? それが一番心配」
「事務所っていうのが引っかかったんですって」
「ふ〜ん。心配だわ…それと、取材が一生のお願いなの? そんなお願いいつでもいいよ。今日の今日でも問題なし」

やれやれ、お願いが取材とは…

で過日取材があり、
ちょっと間違ってるとこもありますがとても良い記事にしていただきました。
ただ他の人の回がどれも感動もので、物凄くいい。そこへいくとウチのはヌルい…心配です。

朝日新聞DIGITAL 大平一枝さん「東京の台所」
https://www.asahi.com/and_w/20190612/616366/
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2019年06月21日

ホンモノの偽物 ぺてん師『タルチュフ』お目見えです。

無名塾公演『タルチュフ 』のチラシ・ポスターが刷りあがりました。
チラシ
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作業の始まりは3月中旬。仲代さん一人をタルチュフの扮装で撮影というのは決まっていたので、撮影ラフを最初に作りました。作るにあたり、まず過去の作品や衣裳にどんなのがあったのかを調べます。Tartuffe→画像 と検索するといっぱい出てくるので勉強します。フランスの名俳優ルイ・ジューヴェなんかも何枚か出てくるので彼のお芝居での代表作なのかも。それらの作品の衣裳なんかを参考にしつつ、アイデアは同じものにならないように注意します。
3月下旬に仲代さんにラフ提案しました。こだわったのはカツラと小道具です。カツラは中世フランス風のカツラ、お蝶夫人のような巻き毛のカツラがいいと思いラフに盛り込みました。このフランスで流行ったカツラ文化ですが、ルイ13世が自分の若ハゲを隠すためにはじめたとか、ルイ14世がチビを隠すためにカツラとハイヒールをつけて流行らせた とも言われています。興味深いですね。まぁモリエール自身もカツラですし…。それから鼻メガネと十字架。メガネは18世紀にならないとツルありが出てこないのでのっけるだけのモノを衣裳さんのツテでお借りして、十字架は知り合いの家具屋さんに作ってもらいました。
それから衣裳合わせを2回やって微調整して、4月下旬に撮影。とても面白がって楽しんでやっていただきました。
「役者70年近くやってるけどこんなポスターはじめてだよ」と仲代さん。オン年86歳、今年87歳。弾けてらっしゃいます。なんとかなって良かったです。
ポスターの色校正
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撮影は、本当に良い時はモニターで確認しなくても目で見た感じでわかります。今回も選ぶのに迷ってしまうほど良いカットが何枚もありました。それでチラシとポスター、それに宣材用も分けることになりました。無名塾では、はじめてです。
同時にタイトル作りも進めてます。手書きでラフを描いてから詰めていきます。悩む時は5個も6個も作ってウヨウヨクヨクヨしますが、タルチュフは最初の鉛筆の時点ですんなりハマりました。良かったです。
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キャッチコピーや要素を入れ込んで印刷に入稿。色校と印刷はインクが違うし刷り方も違うので印刷に立ち会って確認します。ここで大切なのは色校正にこだわり過ぎないこと。色校正と全く同じには刷れないし、色校正より良く刷れる場合もあるのでその場の出来で判断します。。今回はポスターの刷り立ち会ってから、チラシの刷りも見ました。
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反省点としては、チラシの方を明るく刷ったはずなのに思ったよりドライダウンして(乾いた時に色が沈んでしまうこと)濃くなってしまったこと。濃いバックは難しいです。でもなかなか良いものになりました。
キャッチコピーの「ホンモノの偽物」のホンモノとは仲代さんの事ともとれます。仲代さんはどんな偽物(ぺてん師)になるんでしょうか?気になった方はぜひ!
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2019年06月15日

なぜディン・ニンと呼ばないのでしょうか?

いま卓球はジャパンオープンで盛り上がってますが、ミマパンチとチョレイが一回戦で負けてしまったのでもり下がってるかな…そんなことではなく、大きな声で言いたいのは名前の呼び方のことです。卓球で世界ランキング1位といえば中国の丁寧選手です。ですが、彼女のユニフォームの背中にはDing Ningと書かれています。普通に読んでディン・ニンですよね。なぜ日本ではテイネイと呼び、ディン・ニンと呼ばないのでしょうか?
水泳自由形で有名な孫楊は日本ではソンヨウと呼ばれますが、正しくはスンヤン。Sun Yangと書くので微妙な違いですけどこれも中国読みでいいんじゃないでしょうか。フィギュアスケートの閻涵は、エンカンエンカンとNHKアナウンサーに言われてましたが、英語読みではHan Yan、ハンヤンです。羽生選手ら選手の間では、ハンヤンと呼ばれていて違和感ありました。どういう基準なんでしょうか。また韓国水泳選手の朴 泰桓はパク・テファン。韓国選手は韓国音で呼ばれています。
この問題は調べてみると国家間の取り決めであることがわかりました。1972年の日中国交正常化の時、角栄さんの例のアレですが、周恩来さんとの取り決めで、互いに読む人の国の読み方にすることで合意したそうです。こんな半世紀前の取り決めはもうやめて、丁寧さんは、ディンニンにするべきですよね。漢字表記もいらないかも。
韓国はというと、1984年に国家間の取り決めで、お互いに現地読みすることで合意して、そこから変えたようです。そういえば金大中さんのことを昔は「キンダイチュウ」と読んでいましたが急に「キム・テジュン」になって、なんでかな?と思ってましたが、そういう事だったんですね。
中国選手の中で日本でも現地読みの選手がいます。ボーヤンジンです。彼も最初は漢字で金博洋と書くことからキンハクヨウでした。なぜボーヤンジンになったんでしょうか。これはどうも世界的にボーヤンジンで有名になってしまっているからのようです。おかしいですね。みんなボーヤンジンでいいでしょう。オリンピックもありますし、すべてを現地読みに変えてほしいです。丁寧さんもテイネイなんて呼ばれたくないんじゃないでしょうか。
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2019年06月12日

ねぇぬぐのぬがないの

ずっと忘れていて、頭の奥の納戸の中にあったものが、ふと出てくることがあります。どこから出てくるんでしょうか?不思議です。出てきたのは大学生の頃のお芝居の稽古の風景。芝居の稽古って、台本を使った稽古の前に身体を動かす基礎訓練と発声練習をします。劇団によっては、その身体訓練のことを「シンクン」と言ったり肉体訓練を「ニクレン」と言ったりしてました。今もそんな風に呼ぶんでしょうか?
そして身体訓練のあとは発声練習。ア エ イ ウ エ オ ア オ って言う複式呼吸やら早口言葉やらします。納戸からごそごそ出てきたのは其奴です。早口言葉は一人ずつ順繰りに思い付いた早口言葉を言い、みんなで反復練習してました。少しでも滑舌がよくなるようにとのことでしょうが、今も滑舌が悪いので、、オレには若い頃の練習は役に立たなかったような気がします。出てきたのはこんなのです。

おあやや ははおやに おあやまりなさい

これ正しい日本語ですかね?母親になんて言わないし、おあやまりなさいなんて言う人生まれてこのかた聞いたことないです。そもそも、おしんの時代じゃないんだから「おあや」がおかしい。八百屋が付いたりした長いバージョンもありました。割とオーソドックスな早口言葉なんですが、口を開ければ良いってもんじゃないですよね。まぁこれのおかげで、日本中のあやさんが、あちこちの劇団員から謝れ謝れと言われていたことになります…かね。 他には

ねぇぬぐのぬがないの みんなぬぐのになによ

これは男子に人気がありました。一緒に稽古している女子意識しながら大声で叫ぶと変な開放感ありましたわ。あとは

みなみのうみ むねのおもい なみのまにまに 
めにみみにむねに みなみのおんなまのおんな

美しいですね。情景が浮かびます。秀作。アカパジャマとかアオマキガミなんかはつまらない。

あと、

ひきにくいくぎ ぬきにくいくぎ ひきぬきにくいくぎぬき

なんてのもありました。簡単にいうと全部ダメじゃんな釘抜き作業ですわ

しかしなんで急に出てきたんだろう。滑舌が酷くなったからやれってことかな。

お芝居の仕事はなにかしらあって、今のものはカレンダーの下にチラシを貼っています。
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