2018年08月22日

忽ち…平らげる

夏にお世話になっている方へ贈るお中元は毎年ふるさとの蒲郡の品を贈っています。海老せんべいです。今年もお中元は蒲郡の“海老萬”さんから海老せんを贈りました。
https://ebiman.co.jp/index.php
いまはもう無いんですが、ふるさと蒲郡の海の近くに父が生まれた家がありました。板塀の囲まれた大きな家で、立派な冠木門と蔵、広い庭の隅には離れがある明治の平屋の建物で、親戚中では“海岸”とよんでいました。だいたい田舎って名字がみんな一緒だから地名で呼びますよね。
「お父さんどこ行くって?」
「海岸行ってから五井まわるって言っとったよ」
「ほ〜かん」
みたいな感じ。昔は誰かの別荘だったようです。その海岸でよくお茶うけに出たのが、海老萬の海老せん。中でも祖母が“特上小花”という、ちょっと高級なおせんべいが好きで、たまにねだって数枚食べさせてもらってたんですが、これがもう絶品。1mmないくらいの薄さに凝縮された密度の濃い美味しさ。海老せんの常識が覆ります。で、その味が忘れられず皆さんにすこしだけ贈っているというわけなんです。特上小花とその他大勢ですが…

なんですが…仲代さんには新潟の冷蔵黒崎茶豆を贈っています。お一人暮らしされてる時に、小腹がすいたらちょっと食べられるものはどうかな…なんて浅はかな思いつきで。これは冷蔵でして、しばらく置いておくだけで美味しいんです。そうしたら、先日なんとなんと直筆の素敵なお葉書を頂戴いたしました。

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忽ちもいいし、平らげるも素晴らしい。流石です。家宝にしようかな。
忽ち平らげてくださるモノで良かったです。

仲代さん関係は前にポスターを集めていると書きましたが、パンフレットも珍しいものをみつけると手に入れています。野獣死すべしは穴が惜しいなぁ。

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タグ:仲代さん
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2018年08月11日

本棚がお気に入り

本棚に並んだ本を眺めているのが好きです。人の家に遊びに行ってもつい本棚を見ちゃいます。見ていい〜って聞きますが…。図書館や古本屋に行った時なんかは、本棚の並んでいる横道に入るとなぜか落ち着きます。本棚と本棚の隙間にすべり込み、居心地のよい並びまでカニ歩き…気に入ったジャンルの本たちを眺めるのがまずいい。掘り出しものを求めてじっくり選ぶのも楽しいし、ジャンルや作家で固まったラインアップをちょこちょこ読むのもいい。ジャケ選びも大切です。一冊の本より本棚が好きなのかも。決まった本をネットで買うだけじゃつまらない。

実家の二階には16畳ほどの書庫があり、帰省すると本棚の間をブラブラします。母親が「スリッパはいた〜」「ストーブつける?」「掃除してないから〜」とかなにかと下から大声で言ってきますが、構わずブラブラします。本棚好きのルーツは実家の書庫にありました。
父はとにかく本が好きな人で、本をとても大切にしていました。亡くなった時に、この街で一番の蔵書家で色んな事を教えていただいた、と駆けつけた市長さんからお悔やみをいただいたほど。父の本屋ブラブラもとにかく長かった。1時間なんてザラなので、つきあってた母がよく我慢したなと思っています。父とはあまり本の中身については話をしなかったんですが、『チボー家の人々』が好きなのは知っていたので全集の何冊かをお棺に入れました。それからそれから、持ち主を無くした本のほとんどは、演劇や文学、絵などのジャンルを残し、神田の古本屋さんに持って行ってもらいました。

さて事務所の本棚。基本的に仕事の本と資料しかなく、父の書庫とはずいぶん趣きが違いますが、チェーホフやシェイクスピアは実家から持ってきています。残した本が大活躍。パンフをつくる時なんかの度に母に送ってもらっているんです。父とはチェーホフやシェイクスピアの話をしたことも無かったんですが…とても役だっています。

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そのほかは新しい本はないんですがイラストや美術、演劇なんかの資料
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隣に小5の女の子が住んでいて、学校帰りに鍵を忘れるとうちの事務所でママ待ちすることがチョクチョクあります。そんな時、彼女が読む本がなくて困ります。
ちょうど高学年用のがないんです。彼女が使ってる本棚とはだいぶ違うんでしょうね。
まぁでもこんなのが落ち着くな。こんな本棚をブラブラしたい人はぜひ!

最後のは家の演劇と映画の本棚。本棚も実家にあったもので気に入ってます。
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2018年07月23日

シェリーさんと四半世紀

猛暑中お見舞い申し上げます。39度ですって。体温計も壊れそう。昔、事務所に勤めていたアサノタダノブが大好きな I サキさんがとにかく寒いのが苦手で、「北海道のアサノタダノブより沖縄のワダベン」とか訳の分からない事言ってましたが、彼女も今年は北海道を受け入れてることでしょう。こちとら幸いなことにヒマなので、頭も体もボーっとしつつアイスしております。普段はピノ6個続けては多いなと思って4個くらいから逡巡しますが、今日はアッという間。二箱いけそう…暑い中、仕事も少しはやってます。
いまとりかかっているのは「三茶de大道芸」。三軒茶屋で10月に開催される大道芸イベントの、チラシやリーフレット、看板などの制作です。メインビジュアルはイラストで、イングランドの田舎にお住まいのイラストレーター、ジョン・シェリーさんに毎年お願いしています。現在の進行状況は、色付けした最終ラフの段階。最初の鉛筆ラフも、最終的な入稿データも全てイギリスからメールでもらいます。便利な世の中になりました。地球上どこのイラストレーターとも仕事ができるわけです。素晴らしい…。と言ってもシェリーさんは長く日本にいらしたので、日本語ペラペラ書くのもへっちゃら、こっちが英語ゼロでも大丈夫。シェリーさんの日本語力に頼りっぱなしです。…まぁイギリスに帰られて数年になるので、だんだん日本語があいまいになってきてて、“こんいちは”になってたりはしますが、そんなメールを読むのも楽しいです。
シェリーさんとはもう25年のおつきあい。一番最初はまだ駆け出しの頃「TOKYO演劇フェア」という演劇イベントのポスタ−でした。それからちょこちょこあって、「三茶de大道芸」がレギュラーになり、大道芸だけでも18年になります。イラストレーターさんの中で一番古くて長くコンスタントにお願いしています。

「TOKYO演劇フェア」のパンフと何年か前の「三茶de大道芸」のポスター
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シェリーさんには広告やシンボルキャラクターなどで使う、キャッチーで線の強いタッチ(上)と、主に絵本で使う、ペンと水彩で描いた繊細でストーリー性のあるタッチ(下)があります。どちらも素敵なんですが、ペン画が特に素晴らしい。

例えば、あなたの知らないアンデルセン「人魚姫」評論社より
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普段のシェリーさんのお仕事はこっちが多いです。最近描かれたシェイクスピアの本もとても良いです。ぜひ、ホームページをご覧ください。
https://www.jshelley.com/

ペン画のタッチはテアトル・エコーのチラシで2回お願いしています。
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シェリーさんによるとイングランドは日本ほど暑くはないものの雨が降らなくて深刻な状況になっているようです。イングランドといえば雨。雨のロンドンですよ。なんだか北半球がおかしくなっているような気がして心配です。北半球に適度な雨を!ついでにちょっと日照りなうちの事務所にも雨を!大道芸の日には降らないで!ゼッタイ。
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2018年07月09日

真夏の冬物語をぜひ

子供のためのシェイクスピア『冬物語』が、いよいよ明日、7月10日から始まります。
『冬物語』は崩壊した家族が、16年の時を経て再生する物語。この時を経ることが重要な要素となっていて、もともとの原題には“時の勝利”という副題がついています。
このカンパニーにとっても16年前というのが大きな節目でした。グローブ座カンパニーから子供のためのシェイクスピアカンパニーに変わったのが16年前だからです。その年にグローブ座を離れ、劇場を持たない集団(華のん企画制作)として活動を始めました。
また『冬物語』は7年という時も経ています。7年前に初演した作品の再演だからです。7年前、あの2011年震災の年に初演し、それから7年が経ち、再生の物語を再演します。色んな意味でメモリアルになりました。
チラシのイラストは、7年前に100%ORANGEさんに描いていただいたものをマイナーチェンジしました。今回はより冬を意識しています。CASTの名前が雪道を歩いてる風のところなんかは気に入ってます。
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話は変わりますが、
演劇のパンフレットを作る時のアイデアとして、対談と稽古場写真以外に何ができるのか?どんな企画ものがあったらお客さんに楽しんでいただけるか?それをいつも考えています。ほとんどのパンフは、ご挨拶、出演者紹介、対談、稽古場写真で成り立っていてマンネリを感じます。またアイデアを思いついたとしても実現は難しい場合が多いんです。そこへいくと考えついたアイデアを何でも楽しくやらせていただいているのが、子供のためのシェイクスピア。16年もやっているのでアイデア枯渇気味ですが…
その中からふたつご紹介します。ひとつはシェイクスピアその人の人物解剖。こういう箇条書き的なものが無かったんでやってみたかったんです。ライターが頑張り、先生にもご協力いただいたんですが、なにしろ400年以上前の人物なんでかなり推測も入っています。背の低さは住居の戸から推測…映画の恋するシェイクスピアだと身長は180cm超えですが…それはそれ…。(『オセロ』パンフレットより)
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もうひとつは、ツアー地紹介から。毎回ツアー地の方々にも参加いただいていて、その土地特有の情報を載せています。テーマはなんとなく作品に寄せたモノが多く、その地その地の花とか城とか祭とか…ちなみに『冬物語』はパワースポットです。で、一番気に入っているのがコレ。ツアー地の方も面白がってくださり、方言を教えていただきました。(『尺には尺を』パンフレットより)
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ぜひ!今年もご観劇いただき、パンフもお求めくださりますように…
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2018年05月29日

河野鷹思さんの初期の作品にホレボレする

5年くらい前だったかな?事務所のSが持っていて、すごく欲しくなりすぐ買ったのがコレ。河野鷹思初期作品集。素晴らしいです。
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ほんとにほんとに素晴らしい。いま持っているすべての画集や作品集の中で一番ですね。どんなに高くても買う本。この作品集は、河野さんが松竹キネマ座に所属していた頃の映画ポスターや広告などが掲載されています。斬新なデザインが社内でも映画監督達にも好評で、自由にのびのびとやれたようです。また、中に載ってるエピソードもとても面白いんです。小津監督の名前を入れ忘れたり…あぁお気持ちわかります。5度くらい体温下がっただろうな〜。

河野鷹思さんの事は、お恥ずかしいかぎりですが、独立する前の会社時代は知りませんでした。その河野さんを知らない時に作品に出会ったのです。(この話は以前も書きましたが…)
20年くらい前です。大勢で越後湯沢にスキーに行った時のこと。みんなで晩ご飯の後、温泉町の商店街をブラブラと散歩してました。そこに、お土産屋さんにまぎれて小さなしょんぼりとした古道具屋さんがあったんです。骨董と古本と昔の雑貨やら絵はがきやらなんやらかんやらゴチャゴチャした店。このゴチャゴチャでほこりっぽい収拾つかない店にこそ掘り出しものがあります。奥に商売っけのないオヤジが退屈そうに座っています。パソコンいじれないタイプかな。4人くらいでお店をのぞいてたんですが、みんなは時間をもてあまして出たそうにしてました。もうちょっと待ってて〜とみんなに声かけて物色してところ、古道具のスキマでに紙の束がつっこまれてました。おっこれは?戦前の映画広告のようです。値段はついてませんがビビっときました。
「これ、おいくらですか?」なんとなくさりげなく聞いてみる。
冷やかしだと思ってたところに不意をつかれてビックリするオヤジ。
怪訝そうな悩んでいる顔。しばし静寂…この間合いが面白い。
あきらかに自分の知らないジャンルを思いがけず聞かれた体です。
「…まとめて1000円で…どう?」「買います」即答「○×△さんが〜」なんやらかんやら言ってましたが、聞かずにすぐ払いました。

広告が8枚くらいありました。状態もいいです。なにやらKOHの印がついてます。帰って調べると。KOHは河野鷹思さんのサイン。初期の作品が4枚もありました。事務所でSに見せるとビックリ。本物をはじめて見たようです。特色三色刷り。シルクかもしれません。

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1930年製作、小津安二郎のサイレント映画「お嬢さん」栗島すみ子主演です。田中絹代さんも出演されてます。その時併映された「薩南総動員」、それから1931年の上山草人主演のサイレント映画「愛よ!人類と共にあれ」と、1934年のトーキー映画「日本女性の歌」。どれもタイトルデザインが素晴らしい。
それからそれから、Sのマネして作品集を手に入れて、いまやバイブル。本棚に鎮座してます。
昨日久しぶりにアイデア探しで本を開いて昔のことを思いだしました。
タグ:河野鷹思
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2018年03月23日

ふぉ〜ゆ〜つ〜み〜 

ちょっと前までやっていた尾山台の北口商店街のホームページ。愛称を「ふぉ〜ゆ〜」といいます。なのでふぉ〜ゆ〜尾山台と検索すると出てきます。
最初聞いたとき、え〜っ「ふぉ〜ゆ〜」?あまりにも昭和。しかもひらがなってドウナノ?って思ってました。それが、それがですよ、一緒にやってるwebデザイナーに「ふぉ〜ゆ〜」っていうグループがジャニーズにいることを知ったんです。2ポイントアップ。でも、ジャニーズにしても、あまりにもベタ。いっそ「お客さまは神様です」ってしちゃえば、なんて考えてたら、「ふぉ〜ゆ〜」っていうのは四人組で、四人とも名前にゆうの字が入ってるから「ふぉ〜ゆ〜」なんですって。四人のゆうちゃんだったとは…ダジャレだ。ふぉは誰にかかってるの?貴女なのか自分たちなのかわけわからない。まぁジャニーズっぽいといえばぽい。
尾山台の商店街の人にジャニふぉを教えた時、彼らのことは全く知らなかったんですが喜んでました。
それが1年前。
で、今年の1月。新しいお仕事貰ったら、なんと主役が「ふぉ〜ゆ〜」福田悠太さん!いきなり50ポイントアップ。人間そんなもんです。撮影の時に福田さんに尾山台のこと話したら、街のことは知らなくて驚いてました。ベタベタなお客さん目線の名前と四人のゆうちゃんじゃ成り立ちが違いますが、よくもまああ同じひらがなでニョロニョロも一緒になったもんです。

諸事情でこの写真(DAY ZEROで検索すると画像が出てきます)
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ひょんな偶然を楽しんでいた2月、今度は「ふぉ〜ゆ〜」メンバー辰巳雄大さん主役のお仕事が来ました。
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ふぉ〜ゆ〜のつ〜ゆ〜が、み〜に。
…ふぉだか、つ〜だか誰に喋ってんだかわけわかんなくなってます。とりあえずつ〜ゆ〜なんで、もうつ〜ゆ〜でふぉ〜ゆ〜のコンプリート目指します。あとふぉ〜ゆ〜でふぉ〜ゆ〜ロケもお願いします。ふ〜やれやれ…。いい忘れました。ふぉ〜ゆ〜お芝居かなりやります。
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2018年03月21日

隣のトルコ人

ドシン、ドシン!最初は地震かと思ったくらいだ。建物が壊れそうなくらいの…震度4くらいの揺れが来る。事務所は二階なんだが、本棚もMACも揺れる。地震は12時きっかりに終わり、13時ちょうどにまた始まる。事務所の隣家の解体工事が先週から続いているのだ。

昨日の15時頃、ゆるやかにピンポンが鳴った。「ピ〜ンポ〜ン」
チャイムは押し方でかなり違う。
玄関開けると、あわてた感じのヘルメットかぶったアラブ人?
「ミズ、ミズ、ミズ…だしてみて。ミズ、ミズでるか〜どうかぁ〜」
なんだ?
もしやと思って彼を押しのけ、外に出て下を覗く。むむっ。隣との境に水たまりがかなり出来ていて、近くにユンボが首を上げた状態でとまっているじゃないか。むむむっ。
急いで戻って蛇口をひねると…案の定出ない。くっと彼を見上げた。
「ミズ出ない?…出ない…わかった15分…15分…すみません」あとずさりする彼に
「ウエア〜ユ〜ケムフロム〜?」
「はぁ?日本語ダイジョブ」
「どこの国の人?」
「トルコ、トルコ…15分…15分…」そう言うと、彼はあわてて階段を駆け下りていった。

15分経った。出ない

「どのくらいかかるか聞いてくださいよ〜トイレ行きたいし〜」
事務所のSが言う。で、隣をのぞくと、先ほどの彼はいなくて残されたトルコ人が二人いた。ユンボに乗ってた運転手ともうひとり。トルコ人グループの解体業者なのだ。ユンボがこちらを見上げていたので、「どのくらいかかるの〜?」と聞くと「ダイジョブ、ダイジョブ…すぐすぐ…ダイジョブ」言い方が怪しい…Sにピーコックにでも行ったほうがいいかもと言い、下に降りた。現場に行くと水は増えてはいない。これ以上の浸水はなさそうだ。隣にいたユンボがさかんに「ダイジョブ、ダイジョブ」と言うので「どのくらい?」と聞いたら「5分」と即答。…怪しいな…どこ壊れたの?と聞いたら、水道管の壊れた部品を見せてくれて、その部品を最初に来たリーダーが車でホームセンターに買いに行ったことがわかった。歩いてすぐ近所に大きな金物屋があるよ、ダメ元で壊れた部品持ってそこに行ってみたら?とすすめたけど、ユンボはリーダーより日本語が通じないので一緒に行くことにする。

「いとこいとこ」「買いに行った人?」「そう…いとこいとこ」
リーダーはいとこらしい。いとこもユンボも30代半ばかな。
「どこに住んでるの?」「カワグチ」「みんなで?」「そうそう」
自分の知ってるトルコをとりあえず右上がりでなんとなく言ってみた
「イスタンブール?」
「そ〜う!アニキスゴイねぇ詳しいねぇ」凄くはないし詳しくもないし…アニキじゃないし…
「日本にきてどのくらい?」「ン〜5年…アニキ〜」
「5年でそれかぁ?家族は?」「トルコ」
「日本どう?地震怖くない?」「アンゼ〜ン日本すごくいい」
「安全かなぁ…あっテロとか?」「…そ〜う」
そうこうするうちに金物屋に着いたけどお目当てのものは無かった。
長靴が泥だらけだったのでユンボは遠慮して店に入らなかった。

事務所に戻って、よくて1時間だなと思ってたら10分くらいして水が出るようになった。下のパン屋、寿司屋、美容院の三軒がたまたまお休みだったのが良かった。しばらくして今度はピンポンが気持ちよく鳴り「ミズ出た?」とニコニコしながらユンボが来たので「明日も来るの?」と聞いたら休みだった。トルコ人の会社だから、お昼もきっちりしてるし、労働時間なんかもちゃんとしてるのかも。

パソコンに向かい直し、トルコ人 川口 と検索したらクルド人と出た。彼らが難民なのかはわからないけど異国の土地で働くのは大変だ。家ごと無くなるかどうかに比べたら、水道管なんてダイジョブなんだろうな。

写真は数日前の夜
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2018年01月11日

成人式は15日

2018年があけました。
みなさま本年もよろしくお願いいたします。
フラダンスの犬…ただのダジャレです。
マルシーに敏感な方、個人的なオマージュと見てお許しください。
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さて、
1日は元旦です。陸王で盛り上がったニューイヤー駅伝がありました。2日と3日は母校東洋大も頑張った箱根駅伝があって、ここまで三が日。4日が仕事はじめ、7日が七草ときて8日は成人の日でした。一日一日の役割が決まっています。ですが、この成人の日は日にちが決まっていません。今年は8日ですよと言われてもピンとこないんです。去年は1月9日だったし…。
この年ごとに違う記念日になるのは、2000年から始まったハッピーマンデー制度の祝日三連休化によるものです。1999年までは御存知のように15日でした。そもそもなぜ15日かというと、この日が小正月であり、かつて元服の儀が小正月に行われていたからなんです。三連休化だけが大事なら、もういつでもいい事になり、1月に三連休がある以上の意味はなくなってしまいます。
ン十年前のこの日は北区十条の下宿にいて式には出ませんでした。愛知の実家にいれば出たかもしれませんが、大学で東京に出てきて、正月休みが終わり実家から戻ったばかりでした。浪人でしたの大学の友人とも1年ズレてたし、それと成人式は住んでる区に出席するので土地に縁がありませんでした。まぁ面倒くさかったことと「そんなもんは〜」とブッテもいたんでしょう。
部屋にいるとお向かいに住んでいる大家さんが
「イチカワさ〜ん、あなた今日成人式でしょ。出なかったの? そういうの出なきゃだめよ。ハイッ町内でアルバムがでたから使って」とアルバムを二冊持ってきてくれました。テレくさくて嬉しかったです。
ン十年前の15日です。出ても出なくても15日なんです。
ついでに、体育の日も昔は決まっていて10月10日でした。これも同じく毎年きままに三連休がかかり、去年は10月9日、今年は10月8日です。なぜ、10日なのか?これはハッキリしています。1964年の東京オリンピックの開会式が10月10日だったから。記念日なんです。体育の日の度に東京オリンピックを思いだすってステキじゃないですか。それが8日だの9日だのってあいまいでちっともクールじゃないですわ。
この10月10日は祖父の命日でもあり、法事が体育の日と重なっていました。子供心に、なんとなく休みがとられちゃうような気がして、ちょっと嫌でした。それもこれも決まった日だからこそ。
経済対策に情緒や歴史が負けた格好です。休みがあればそれでいいのか!声を大にしました。
記念日の記憶を日にちと共に大切にしたいですね。


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2017年11月02日

笑うお葬式で泣く

フェイスブックを始めた頃のこと。どこで嗅ぎ付けたのか不思議なんですが、メールも住所も電話番号も全く知らないのに、フェイスブックから知り合いではないですか?と聞かれました。
そりゃあ知ってますとも。その人はアメリカ在住の野沢直子さんでした。それから…娘の真珠ちゃんがファイターになったことや近況がわかるようになり、先日、本を書いたことを知りました。野沢さんの家族の話です。
野沢さんとは、彼女が貧乏な環境からお金持ちの生活に変わっていった頃、テアトル・エコーの養成所で知り合いました。一発屋のお父さんが失敗する度に貧乏になり、そのお父さんがいなくなって暮らせなくなり、叔父である野沢那智さんの劇団薔薇座に、祖母、母、弟と親子四人で間借りしていたそうです。「本当にお母さん、袋はりの内職とかしてたんだよ〜」とか冗談っぽく言ってました。出会った頃は、一発当てたお父さんが戻り、キャデラックが2台もある杉並の豪邸に住んでいたんですが、貧乏時代が長いから鰻の上とか絶対頼めないんだよと言ってたことを思いだします。
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養成所の頃の思い出。彼女が入った時は18歳。いつも底抜けにゲラゲラで、時に涙でビジャビジャで、太ももは橋本聖子でした。
「夏の夜の夢」の公演の時。なぜか彼女がヘレナでオレがデメトリアス。最後のシーンは舞台上手で抱き合ったまま寝てしまい、朝日で目覚めて恋人同士になって起きるという演出でした。ところがある日の事、いつもは床でくっついているのに、その時は腕を妙に突っぱっているんです。30cmくらい空間ができてたかも。どうしたのかなと思ったら、客席に大事な人が座ってました。
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「半変化束恋道中」というお芝居では主役。お束という未熟でうまく化けられない若い狐が人間に恋するお話で、これが見事に彼女にはまりました。彼女のために書かれた本のようでした。勘が良く、感受性豊かでオープン。もしNYで猿をやらずに俳優をやっていてもかなりの女優さんになっていたことは間違いないです。そういえば片岡孝夫(仁左衛門)が好きだったな。そんな事も思いだします。

当時、本をあんまり読まないと言ってたので、読みやすくて泣ける本を貸したことがありました。感想を聞くと「オウオウオウって声あげて泣いちゃったよ〜」と言って笑ってた。そんな反応が楽しかったです。お笑い好きと知ってたので藤本義一氏の「鬼の詩」を貸したこともありました。いま考えると釈迦に説法でかなりの節穴。まさか文才がこんなにあるとは…。ものごとを論理的に構築して文章にすることと最もかけ離れていて、感性だけの人だと思っていましたが違ってました。どちらも備わっていたんです。それが猿とパンクのオブラートでよく見えていなかった。そして隠れていた爪はしっかり伸びていました。
「笑うお葬式」は家族愛に満ちています。破天荒な父親と笑顔を絶やさない母親…そして…ちょっと彼女の見方が変わる一冊。ぜひ!
野沢直子さんのブログのタイトルは“小説家への道”。
なんでこんなタイトルなのかずっと不思議だったけど、すべての道は小説家へ続いていたことがやっとわかりました。
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2017年10月24日

幌車を追っかけて能登へ その2

劇場まわって挨拶しながら仲代さんの楽屋へいくと、ちょうどおっ母用カツラをつけていたところなので、思わず笑ってしまいました。パンフの内容をほめていただき、少し安心して楽屋裏通りを歩いていると、制作のYさんがススっと近づいてきて誤植の囁き。うっ浮かれてた気分にサァーっと水が流れて静かに現実に戻されます……申し訳ない。当該の役者さんに謝って、もう一度素読みすると自分でもひとつおかしなとこを見つけました。どれも小さなとこなんですが、発見できなかったことが悔やまれる。やはりどこかにある、なにかある。パンフは稽古場写真を舞台写真に差し替えてもう一度作るので、“直せる”というゆるみがどこかにあるのかもしれない。猛省。
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「マクベス」の初日の時でした。誤植が見つかり、それが黒地のところでマジックで塗りつぶせばわからなくなる箇所だったので、終演後カメラマンの I さんにも手伝ってもらって、マジック片手にシーンとしたロビーでパンフレットの山を崩し崩しもくもくと作業してたら、初日乾杯が終わってました。最後もう一回読む、誰かに見てもらう、という基本を忘れたらダメです。
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ゲネを観ました。2週間くらい前に稽古を観る機会があり、その時かなり出来上がっていたので心配はしてなかったんですが、能登のゲネ史上最高の完成度。いつもはハラハラで明日大丈夫かな?という気持ちにちょっとなるんです。以前に心配な気持ちのまま仲代さんの楽屋前を通ったら、いきなり鏡前から「どお?なんとかなってる?」と呼び止められ、だるまさんがころんだ状態。返答に困り「能登のゲネで完璧なんていままでないですよ、大丈夫です」と答えにもなってないことを言ったこともありました。しかし、そこからが強い。仲代さんは初日のバカ力で200%持ち上げ押し切ってしまい、あまりのゲネとの出来の違いにビックリします。やっぱりお客さんが入る本番の仲代さん別モノだなと感動します…仲代さんの徳俵は、ほかの人の倍はありますね。今回厄介なのは、1場をのぞいて出ずっぱりなのと膨大なセリフの量。全セリフの半分以上はあるでしょう。バリモアより多いかも。ただ、その場は何をするところというのが完全に体の染み付いているので、少々間違えても動じないし、芝居を崩さない強さがあります。ゲネ終わって「今年のゲネは完成度高いですね、一回やってると違いますか?」とお聞きすると「愛子なんだよ」とおっしゃる。愛子とは仲代さんのお母さんのこと。母親と主人公が重なるためにブレないし、セリフも入りやすいようです。
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初日が来ました。初日は客席で観せていただくのですが、ギリギリまで物販ブースに入りパンフレットを売ります。自分の作ったパンフを自ら売るのは無名塾だけ。無名塾のパンフは制作費用もかかっているし、企画構成編集を全てまかせてもらってるからなにかと反応や売り上げが心配になります。もちろん自信もって作ったものですが、売れなくて余ってしまうと申し訳ない。それにお客さんと話ながらパンフを売るのは楽しい。迷ってる人には最後の決め台詞で「これ私が作っているんですよ」というと「じゃあ」と言って買ってくれることも。開演10分前まで粘って客席に戻り観劇。よくお芝居で日数を重ねいって、やっとうまくいった日に「初日が出た」と言いますが、初日にちゃんと初日が出た感じ。もちろん伸びしろはたくさんあるので回を重ねると良くなっていくでしょう。すごくマダマダな時は役者とかに何も言えないけど、かなり仕上がっていると変なもので細かいところが気になりだし、色々と言いたくなってタイミングも考えずについ色々言ってしまった。これも大失敗で反省。で、和倉にきたら総湯。しょっぱい温泉です。
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