2019年01月30日

シアターガイド惜別

昨年の10月末の事、演劇雑誌シアターガイドを発行している会社、モーニングデスクが倒れてしまいました。月刊誌のシアターガイドは演劇という文化を支える、なくてはならない存在。月ごとに小劇場から海外情報までまんべんなく、大小や規模に偏らず、分け隔てなく演劇情報が載っている雑誌はほかにないからです。いわば唯一無二の雑誌。演劇ライターのほぼすべてがシアターガイドに在籍していたか執筆しているし、ほとんどの劇団がシアターガイドの取材を受けていました。はたしてこれからどうなるのでしょうか?単独の劇団のネット情報だけあればいいのでしょうか?純粋な演劇ファンが減ってしまわないか心配です。
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このモーニングデスクという会社に20代後半に3年在籍していました。当時は外苑前の狭い2DK。入った時とてももう一つ机が入るように見えなかったので、「誰か辞められるんですか?」と社長に聞いたんですが、だれも辞めないよ との答え。
で、出社の日。社長の机が無くなっていて、社長は本棚の棚を一段空けて机がわりにしていてました。本棚に椅子がぴったりくっついて変な感じ。棚と棚の間に顔をつっこんで、まあまあ出来るよと。ある時は「お前たち、仕事ばっかりやってないで映画も観なきゃ」と言い出し、月に映画1本代として1500円支給すると宣言、社長自ら平日ヒマな時に映画観に行ってました。社員旅行で北海道に行ったことも…いまでは信じられないのんびりしたいい時代。その頃は半分くらいが演劇の仕事。そのうちほとんどが演劇の仕事になり、シアターガイド発行。
演劇の雑誌を出すのが社長の夢でした。最初は本屋に置けず、自転車で劇場まわり。そこから少しずつ本屋に出すようになり、演劇と沿って歩くようになりました。
自分がやめてからもなんだかんだでお芝居の仕事はずっとしていたので、お手伝いを少ししたり広告を入稿したり。恵比寿では近所だったので交流はありました。
モーニングデスクにいた時に社長から言われた言葉で、いまだに覚えていることがあります。その当時は演劇以外の仕事も多く、ラグビーのカタログをやっていた時のことです。胸にロゴマークがあるジャージが並んでいるページだったんですが、一個だけ逆版で印刷してしまったんです。色校正でも気づかず大失敗でした。
「失敗した後も、相手と良い関係が続いていけるかどうかが大切なんだ」
そのラグビーの仕事は30年が過ぎ、モーニングが無くなるまでずっと続いていて、今度自分が引き継いでやることになりました。良い関係が続けられるように頑張らねば。
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posted by gutter at 19:44| Comment(0) | 日記
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