2009年07月17日

蒲郡ホテルと常磐館

故郷は愛知県の蒲郡。前にもふれましたが蒲郡ホテル(蒲郡プリンスホテルを経て今は蒲郡クラシックホテル)というステキなホテルが海に面した丘の上にあります。いまはないんですが、かつては常磐館という純日本旅館が丘の下にあり、ホテルの前庭から常磐館まで渡り廊下でつながっていて行き来ができました。ホテルには子供の頃よくに連れて行ってもらいました。展望台にはその当時は上がれました。お城の天守閣に登ったような気分になりワクワクしたものです。
蒲郡のある三河湾の周辺は国定公園に指定されていて、その中心に、島全体が天然記念物の竹島があります。例の紛争のアレとは違います。
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その竹島の対岸に蒲郡ホテルと常磐館は建っていました。竹島と青い海だけ見える絶好の場所です。

ホテルから竹島をのぞむ    渡り廊下が見えます     
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昭和50年頃の絵はがき  

ホテルと常磐館は、どちらもよく映画、演劇、小説の舞台になっています。
岸田国士の舞台『驟雨』は蒲郡に新婚旅行にいった妹から絵葉書が届くところから始まります。
gama 0.jpg こんな絵葉書か(おそらく昭和初期)

その妹の新婦は新郎に腹を立て、葉書を追っかけるように帰ってきてしまうんですが、昭和30年くらいまでは蒲郡は風光明媚な観光地で有名でした。新婚旅行に訪れる人も多かったようです。三島由紀夫の『宴のあと』も主人公の新婚旅行先が蒲郡です。また『細雪』では雪子が見合いの帰りに旅行してますし、小津安二郎の映画『彼岸花』では常磐館が同窓会に使われています。

昭和初期の常磐館
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池波正太郎のエッセイ集『よい匂いのする一夜』にも登場します。池波さんは廃業する直前に建物を写真に残しておきたいという気持ちから訪れていて、何度も宿泊した思い出とともに書かれています。その時撮られた写真を見たいですね。
池波さんが初めてホテルに宿泊したのは戦前、まだ少年だった頃に知り合いの三井さんという老人に
「正ちゃん、いいところへ連れて行ってあげましょう」と誘われ、本物の洋式ホテルを教えてくれたそうです。蒲郡まで連れてきて若者の面倒を見るなんて…昔の大人はゆとりがあっていいですね。
三井老人はこの部屋数も少なく、どこかのんびりしている蒲郡ホテルが好きだったようです。その三井老人の口ぐせが
「切羽つまった生き方をしてはいけませんよ。たとえ気分だけでもゆとりの皮1枚残しておかなくてはいけません」 身にしみます。
大正二年創業の常磐館、どうして残せなかったのだろう。市が一度買い取ったわけなのでゆとりがあればなんとか出来たでしょう。今、跡地には古い病院を移築した海辺の文学館が建っていて当時の常磐館の家具なんか飾ってあります。
物は壊れます。ですが壊したら繕っても取りかえしがきかない。部分で残したって価値は100分の1もないでしょう。
ホテルの方は運良くプリンスホテルとして生き残りました。なるべく当時のママを優先したプリンスホテルのセンスも良かったのでしょう。細かい部分は変わりましたが久野節がデザインした昭和のクラッシックホテルはそのまま受け継いでいます。
文化を残すにはゆとりとセンスが必要です。

昭和初期の
ホテルのパンフレット
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タグ:常磐館
posted by gutter at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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