2009年11月05日

日本人が外国人を演じることについて

先日「奇跡の人」を見ました。主演の二人の芝居も悪くないのにドーモしっくりこない。サリバン先生が生きた時代の匂いが全く感じられないんです。飾り気のあまりない簡略化した装置のせいもあるんでしょうが、役者の台詞のいい回しも現代人が喋っているようにしか聞こえなかったです。兄が特にダメだったんですが、最近観たこの俳優さんの別の芝居は悪くなかったので演出なのかもしれないです。一緒に見に行った友人との共通意見なんですが、この舞台を新劇の文学座でもう一度見たくなりました。話が感動するのは観る前からわかっているので普通の芝居でいい気がするんです。YOUTUBEで映画のラストを確認したら、設定、台詞、動きまで舞台とほとんど同じでしたが、いいです。感動しました。

http://www.youtube.com/watch?v=i-Ey0RUICT4&feature=related

日本人が外人を演じるということは難しいものです。世界中の人がわかりあえるテーマなら、どんな外見や所作でも伝わるはずなのですが、やはり観る側が補う手助けがあるとより伝わりやすくなる気がします。もちろんやり過ぎはいけません。昔の新劇は洋モノ舞台を上演する時にはつけ鼻したようですがこれはやり過ぎでしょう。では髪の毛を金髪や茶髪に染めるのはどうでしょう。いまも無名塾なんかでは髪の毛を染めます。あんまり形で外人に見せるというのが好きではないのですが、すこしその世界に入りやすくなるのは事実なんです。仲代さんやテアトル・エコーの安原さんなんかはなんにもしなくても外人に見えるんですけどね。「奇跡の人」限界はあるのはわかってますがもう少し芝居全体ででも時代や設定の匂いを出して欲しかったです。ストレートな舞台の場合、できれば俳優は現代日本人からその時代の外人に少しでも近づいてほしいし、補って観られるような装置、音楽、衣装、ヘアメイク、演出なんかがワタシは欲しいです。とっても難しい問題ですけどね。
サリバン先生が実際に二十二歳だったというのは今回すごくうまく出ていると思うんです。
この問題、舞台は補って観られるんでまだいいです。
映画だとやりほうだいの部分もあります。欧米人は顔が同じなので、国境がありません。オードリー・ヘップバーンの戦争と平和とかだってロシアの話が全て英語。よ〜く考えればへんですよね。
昔の映画で「北京の55日」という映画あるんですがこれが最たるモノでして欧米人の兵隊さんを中国人が頭金髪にして奮闘してます。
映像でアジアと欧米はきつい。全員英語だし…
posted by gutter at 19:36| Comment(0) | 演劇
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。