2021年05月09日

あーちゃんの誕生日「アケミという名で87で」

母のことは、あーちゃんと呼んでいます。母の兄弟のみならず、子ども世代のいとこ連中もみんな、あーちゃん。母は六人兄弟で上四人が女子、下二人が男子。上からお姉ちゃん、あーちゃん、きいちゃん、はるちゃん、とちゃんづけで呼ばれ、下の二人は、よしと、とみと、と呼び捨て。さすがに我々は、よしとさんかよしとおじさんです。で、上の姦しいというより五月蝿い四人のおばさん達が〇〇ちゃんと呼び合っているので、いつの間にか、あーちゃん。いま気がつきましたが、一番上だけお姉ちゃんというのも変ですね。男子だとお兄ちゃんになるのかな。長女長男は、宿命というか生まれた時から荷が重そうです。

あーちゃんというのは名前の明美からきています。
アケミという名で〜っていう歌が流行った時は即座にチャンネルをかえられ「なんであたしだけホステスみたいな名前でぇ怒れちゃう」と名づけたおじいちゃんを恨んでました。確かに、ほかの三人はヨシミ、キミヨ、ハルミです。おばあちゃんがミヨだったのでミは入れたかったのかな。写真をフェイスブックにあげたらカワイイとほめてもらいましたが、全くもてなくて、男子を引き連れて歩いていたお姉ちゃんのボーイフレンドを分けてもらってたようです。
ダッコされてる頭でっかちがオレ
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あーちゃんはこの間の5月5日が誕生日でした。10年くらい前までは花とかも送っていたんですが、普段宅配弁当ばっかりですし、ちょっと美味しいタベモンがいい、というわけで、みなさんご存知のスープ詰め合わせを送りました。東京だとどこにでもあるものでも三河では喜ばれます。二子のデパートの地下街から5日着で送りました。その時のこと。
「母の日のラッピングにしますか」と聞かれ、ちょっと悩んでいると「普通のでいいですか」と矢継ぎ早。で、「…5日が誕生日だから…」とボソっと言ったら、店員さんパァっとした顔になり
「母の日のラッピングにお誕生日シールもはりましょう!」
なのでめずらしいダブルラッピングが届きました。まぁ母の日は母の日で送ればいいんですが…横着してます。
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2021年04月26日

ハトコと遠距離おしごと

最近フェースブックでやりとりするようになったハトコがいます。Hさん。Hさんはちょっとマズイので…名前のほうで…Hさん。あ〜そっちもダメか。まぁH Hさんにしときます。
彼とは全く記憶にない3歳ころと、法事の時の遠目の会釈でしか交流のなかったんですが、去年の5月頃、たまたまFB上で見つけてもらいました。

彼は自分よりちょっと上。市川のお爺さんの弟の孫にあたります。つまり市川の父のいとこの子ですが、こちら愛知の蒲郡から東京、あちらはずっと静岡ということで全く交わる部分がなかったんです。

3歳ころの写真です。
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一枚目は、先頭の泣きそうな頭でっかちがオレ。次が兄貴でその後ろのハニカミ坊やがハトコ。二枚目は、年下のくせに前で我が物顔がオレで後ろがハトコ。しかし剥製の亀に乗るかね。ザ昭和って感じですね。おそらくハトコ一家が家族旅行で蒲郡にいらっしゃったんだと思います。全く覚えてないですが…。
その彼と偶々共通の知り合いがフェースブックにいて、あっちからこっちからコメントしてるうちに「もしかしてきよあき君ですか?」と言われたわけです。
よく覚えていたな。いやよく名前知ってたなという感じ。それでお互いイイネイイネのやりとりがしばらくあり、お仕事する事になりました。

「すみません、基本的なことですみませんが、なんのお仕事を〜」なんてとこから…よく声をかけてくれました。

で、頼まれたのは、プライベートな出版なのですが、波乱万丈な人生のなかでもへこたれず、常に開拓と挑戦を続け、ついに不織布のパイオニアになった人物の一代記です。不織布といえばマスク。みなさんご存知、毎日欠かすことがない、いまや下着の一部みたいなもんですが、あれをどうやって形にするのかなんて考えたことありませんでした。不織布は繊維を織らずに絡めてシート状にしたものです。その特徴のひとつが機密性の高さ。それゆえコロナ最前線で活躍する医療用のN-95マスクなんかに活かされているわけですが、普通にミシンで縫うと穴が空いてしまいます。そこで当時(40年くらい前ですが)できたばっかりの、糸を使わずに融着できる超音波ミシンに目をつけ、何度も打ち合わせし、サージカルマスクの開発していったのです。いや〜プライベートの出版ではもったいないお話。ガイアの夜明けレベルのお方でした。いまの緊急事態に本当にタイムリーで勉強にもなりました。

それで冊子のなかにも、不織布でなにかできないかな、そこがキモだなと考えて、見返しを不織布にしてみました。とてもニャラニャラしてるし、はじめて使うので心配でしたが、なんとかうまくいきました。表紙は不織布の年輪。ロール状のものをHHさんが現地の工場で撮影。合作です。
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表裏合わせるとロールの感じがわかります。
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あんまりHHってイニシャルにする必要もなかったですがHHさん、ありがとうございました。



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2021年01月13日

コロナで幽閉

朝、池に氷が張っているのを見るのはなんとなく楽しい。初氷の時はなおさらです。昨日まで池に垂れて、水面の波紋を描いていた葉っぱが、氷に包みこまれて凍っています。葉っぱの形に立体になった部分が、テカテカカリカリしていて美味しそう。こんな和菓子もあったな、そもそも砂糖の固めた部分が好きなんです。シナモンパンを買う時も、なるべく砂糖のダラリ部分の多いものを選んでしまいます。横道にそれましたが、はじめて池に張った氷を発見するのは、初雪が降ってきたのワクワク感を100とすると、30くらいはあるかもしれない。雪国の人からすればずいぶん呑気な話だけど…
今日は暖かく、溶けた水面に眩しく太陽の光があたってキラキラしています。近寄れば、勘違いしたメダカが数匹泳いでいるのが覗けるかもしれません。
さて、コロナコロナで新年明けました。あまり仕事もなく暇なのですが、氷の下のメダカのように膨大な時間を無駄に過ごしています。本くらい読めばいいのですが、2021年になって読んだ本は井伏鱒二くらい。「山椒魚」とその元になった「幽閉」の入った短編集を読みました。なぜ井伏鱒二かというと、昨年末無名塾で太宰治の「人間失格」をやってまして、太宰治が井伏鱒二に師事していたからです。あの太宰治が強く惹かれた井伏鱒二の作品とはどんなモノだったのか、そこに興味がわきました。それで読んだのですが、とても面白かったかったです。リアルな描写の中にファンタジーな部分もあり、太宰が惹かれたのはそんな部分かなと勝手に想像。「山椒魚」ははじめてな気がしなかったので、高校生くらいの頃に読んだのかも。もしかしたら国語の試験問題でチョロっと出てたのかもしれません。よくある既視感です。そこから試験で出た小説の前後が読みたくなって、図書館で探して読んだりもしました。問題を間違えても達成感あります。で感想かんですが、「山椒魚」と「幽閉」だと「幽閉」の方が好みでした。山椒魚狙いすぎな感じがして…そしてなんと井伏鱒二は「幽閉」の着想をチェーホフの「賭け」から得ているそうです。

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「賭け」という作品は、15年幽閉生活に耐え、部屋から出なかったら一生遊んで暮らせる大金をやろう という賭けをするお芝居です。10年くらい前に華のん企画の制作で公演されたものに関わっていて、何度か観ましたがとても面白かったです。自分だったら何日の幽閉に耐えられるでしょうか?一冬なんて全く無理。家から全く出ないなら頑張ってもせいぜい1週間でしょう。仮にもし、2週間全世界の人が幽閉生活に我慢したらコロナとの賭けに勝てるのでしょうか?それとも山椒魚のように閉じ込められてしまうのか…。
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2021年01月08日

ふりかえると収穫も多かったコロコロの2020年。

時間って何にもしないと早く過ぎます。記念すべき2020年がコロナでボーッとしてる間に過ぎてゆきました。やれやれ、いろんなことがどうでもいい感じになるのが怖ろしいです。
力士がやるように両手で顔をパンパン、両手をくんで思いっきり上に伸ばして、ゆるんだ体と心を動かさなきゃ。
たくさんの中止と延期、縮小があった2020年なんですが、後半はシビレを切らした各制作陣が安全な抜け道ややりどころを探し出し、色々と声をかけていただきました。

そこからいくつか
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無名塾の円地晶子さんのひとり芝居『声』
誰だかわかんないし、何着てるのかわかんないし、何持ってるかもわかんない。アンティークなネグリジェとアンティークな電話。仲代御大に、いつも書いてるのじゃなく作品のイメージで題字を頼んだら30個くらい楽しんで書いていただきました。で選んだのがこれ、こりゃ書けんわ。

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その仲代さんが米寿、88歳でコロナが蔓延する中、東北に旅公演されたのが朗読劇『人間失格』イラスト は村田篤司さん。仲代さんのようでもあり、太宰治のようでもあり、いいですね。本当は有名な太宰の頬杖は左手なんですが、これはこれでとってもいいです。

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加藤健一事務所の『ドレッサー』ドレッサーのビジュアルってほとんど老いたシェイクスピア俳優と付き人の二人のパターンが多いんです。こちとらもその頭しかなかったんですが加藤さんから戦争をテーマにしてくれとお題がでました。それでこの背景になっている写真が見つかりました。本当に空爆された劇場です。そこから合成したんですが本物の迫力は違いますね。

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前進座『残り者』江戸城明け渡しの最後の日に城に残ってしまった奥女中5人と白猫のお話。もうそれだけで面白い。なにかと男性陣中心の前進座ですが、女性ばっかりでとても面白い舞台になりました。

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シーエイティプロデュース『Now.Here.This』ミュージカルです。いまここに生きる私は世界にひとりだけ。自分のアイデンティティを見つめ直す。苦難に向き合ってるいまだからこその舞台でした。

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2020年06月26日

胆石でミクニ

2019年の2月の終わりころだったか、急に脇腹がすごく痛くなり、夜間の診療所にかけこんだ事がありました。次の日エコーで確認すると胆石。胆のうに約1cmの石が見つかったんです。尿管結石もやっているので、石が出来やすい体質なのかも。
胆のうは肝臓から出る胆汁を貯めておく保管庫のようなもので、脂肪の消化を助ける働きをしてるんだそうです。卵とかお肉とか、胆汁をたくさん必要とする食べ物が来た時に、胆のうが大きく動きます。その時、中にある石が一緒に動いて出口付近に運ばれて行きつまったりすると、痛くなるわけです。そんな説明を聞きながら…
「胆石症を治すには、石だけを取ることは出来ないので、胆のうを全部摘出する手術をします」
「胆のうはとっても大丈夫なんでしょうか?」「大丈夫です」 
「先生、いつ、手術をしたらいいんですか」
「痛くて我慢できなくなった時…」「…えッ」
それからダマシダマシの1年と4ヶ月。いまは我慢は出来てるっていうか、痛くもない。ですが、コロナでヒマです。病院もヒマ。ならば我慢が出来ない痛みがいつかくるのを待つより取ってしまおう。と、気楽に考えて手術してきました。
はたして胆のうは取っても本当に大丈夫なんでしょうか? 調べるとなんでもその昔、馬や鹿なんかは胆のうがないのを見て、ならば人もとっても問題なかろうという事で摘出する事になったとか……単能ってことではないよね。…不安。

手術はきずの小さな手術で有名な四谷メディカルキューブでやりました。凄腕のリアル大門&城之内の外科医と麻酔医。オペ室内も9割がた女子でした。女子のほうが、丁寧で行き届いていて清潔なのかも。腹腔鏡手術で二泊三日の入院。二日目から普通食シャワーOK。三日目からはお風呂もOK。医学の進歩は凄いです。さらに凄いのは部屋と食事でした

豪華。全室個室。10畳くらいあるかも。ホテルみたいって言われるそうですが、こんなホテルに泊まったことないです。
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そして食事がミクニ。ミクニですよ。びっくりするほど美味しい。
朝食:2種のパン、麦入り具たくさんスープ、ほうれん草のソテー、有機紅茶、フルーツ、牛乳
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メイン料理を並べると
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朝食:麦入り具たくさんスープ 昼食:帆立と海老のカレー
夕食:魚のグリエ 朝食:擬製豆腐
そのほか副菜も美味しかった。
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とにかく美味しすぎて残せない。お腹切ってるのに…。
全部平らげたせいか、全身麻酔のせいか…帰ってからややお腹調子悪くなりました。なのでお粥。美味しかった。ミクニも最初はお粥でも良かったかな。それでこのミクニ、ミクニマンスールといって美しく、おいしく、優しいというコンセプトで作ってるそうです。しかも保険内でした。贅沢すぎる入院ですが、しないにこしたことはないのでご注意を。
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2020年05月16日

そうそう、浮世絵は、おもしろそう、たのしそう

浮世絵にはじめて興味を持ったのは小学生の時。切手です。見返り美人、写楽、このあたりは高い切手の代表格。手が届きませんでした。広重の蒲原も高かったなぁ。せいぜい歌麿のビードロとか…。それから大人になって浮世絵を観るようになりました。ゴッホとかの印象派の展覧会なんかで逆に日本の浮世絵を勉強し、だんだん北斎、広重、歌麿といった有名所じゃない絵師のも観るようになっていきました。なかでも特に気に入ったのが渓斎英泉です。彼の描く下町の娘や遊女は退廃的で、艶があり、顔に感情が見えます。つまりリアルさがあるんです。時代的には英泉は、歌麿より少し後で、北斎の最晩年と同じ時代なので、浮世絵界にも、少しずつ人物にリアルさが求められてきたせいかもしれません。また、英泉は私生活もドラマチック。酒と女を愛して放蕩無頼、花街で女郎屋の経営もやってたようでそれも影響あったのかな。
その彼の代表作のひとつが『今様美人十二景』1822年頃の作品。
これは美人大首絵12枚のシリーズで、描かれた女の性格や表情を「〜そう」と副題を記しています。こま絵(上の巻物の囲み)で江戸名所を付き。
この中の1枚を何年か前に入札会で手に入れました。
「しんきそう」
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ほかには
「あいそがよさそう」  「おてんばそう」  「おとなしそう」
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「てごわそう」    「きづかなそう」   「うれしそう」
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 があり、残りは 
「おもしろそう」「うわきそう」「しづかそう」
「くがなさそう」「てがありそう」の12個のようです。
ちゃんと確かめたことはないんですが…
上にあるこま絵は、美人絵と関連あるんですかね。よくわかりません。そもそも十二景という名はこの場所からきてると思うんですが、美人のみなさん部屋にいるし…。「でごわそう」には登るのに大変そうな山があったり、「おもしろそう」で隅田川の舟遊びの絵があったり…するから言葉遊びで洒落れてるのかな?…謎です。

まぁ、それにしても今から200年も前の江戸時代に版元と「次はおてんばいいんじゃない」とか「てごわそうもいれましょう。」なんて打ち合わせしてたのか〜なんて考えると楽しいです。
こういうシリーズものって、富嶽三十六とか江戸百とか有名なのは全部知ることはできるんですが、ほとんどは画集にも揃いでは載ってないし、浮世絵展でもシリーズでみられない。『今様美人十二景』をいつか12枚揃えることを目標にしてたのにまだ1枚のみ。貧乏じゃ無理ですわ。
タグ:渓斎英泉
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2020年05月12日

7日間ブックカバーチャレンジに誘われる

『7日間ブックカバーチャレンジ 』というのが、SNS上で流行っております。コロナで家にみんないるので、何かしらつながっていこう!読書文化の普及に貢献しよう!みたいな感じです。チェーンメールっぽいからお断りっていう堅物もいますが、こちとらお構いなし。で、7日間好きな本を紹介する 『7日間ブックカバーチャレンジ 』にのっかりました。チャレンジってほどじゃないけどね。そもそも7日間じゃ全然足りない、80日間世界一周しちゃうくらい紹介したいです。とりあえず影響された本を並べました。う〜ん小説が入ってない。

1.和田誠『お楽しみはこれからだ』
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キネ旬に連載されてました。映画の名セリフと似顔絵と和田さんのうんちく。映画好きになり、ゆくゆくデザイナーになる きっかけになった1冊です。なんどもなんども読んだのでかなりボロボロ。

2.高野文子『るきさん』
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ファンです。純粋にファンです。寡作ながら次回作にいつも驚かされます。そして全ての本が愛おしい。なかでも愛すべき一冊。サインしていただく機会があった時にまよわず『るきさん』を選びました。

3.フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』
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夢中になって読んだ本。児童文学でオススメするならこれですね。友人が入院した時にもっていく本の中に必ず入れ、喜ばれます。

4.植草甚一『スクラップブック』全40冊。
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日本の雑学の草分け。その植草さんのすべてが詰まったシリーズ。どんどん読みすすめたいんだけど、こっちの知識がなさすぎて内容の面白さが今ひとつわからない回ばかり。なのでまぁまぁわかる映画とかヒッチコックとか回だけ残してあります。付録で毎回手書きの日記が付いているんですが、これが面白い。スクラップブックは復刻版が出てるので手に入りやすいし、日記は日記だけを集成した『植草甚一コラージュ日記』が出てるようです。ぜひ。

5.滝田ゆう『寺島町奇譚』
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なにもかもが好き。「前略おふくろ様」というテレビドラマのタイトルバックに滝田ゆうの絵が使われていて、そこから本格的に読みはじめました。もう30年も前に亡くなってしまった方ですが唯一無二の絵。サイン本を持ってたんですが行方不明になり、しょぼくれてます。滝田ゆうさんは落語やお酒に関わる本も多いんですが、まぁ、まず『寺島町奇譚』

6.和田誠『倫敦巴里』
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またまた和田さんです。敬愛するおじさんに教えてもらったものすごい本。和田誠が似顔絵を描く画家というのは誰でも知ってますが、絵にとどまらず文体や作風、演出まで似せるとは驚きです。唸ります。あんまり凄いので古本を何冊も買って、わかってくれそうな人にプレゼントしてます。これも復刻本が出たのでお求めやすくなりました。

7.『チエーホフの風景』

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1904年に亡くなっているのに驚くべき量の写真と資料が盛り込まれた大著です。同時代の著名人と比べても圧倒的。こんなに写真が残ってる人がいるだろうか。チエーホフは写されるの好きですね。まあハンサムだし、ナルシスト。チエーホフが好きでこれから上演したい人はこれ一冊あれば充分。大満足の一冊です。


ブックカバーチャレンジ 番外編
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『Xへの手紙』

父が亡くなってもう20年以上になります。亡くなってしばらくして、父が育った明治に建てられた家を、市の区画整理でやむなく壊すことになり、そのいまにも崩れそうな本棚に残っていたのがこれ。父が大好きだった小林秀雄の『Xへの手紙』、昭和24年発行。青山二郎の装丁です。
『芭蕉俳句集』
父の叔父にあたる中村俊定先生が編纂された本です。芭蕉の研究家であった俊定先生は、親戚中から東京のおじさんとよばれ尊敬されていました。おじさんも亡くなられて35年以上経ちましたが、東京に出てきた頃は、雪ヶ谷の家によく遊びに行きました。大先生なので話を聞いてるだけでしたが
「おれが芭蕉やっとるのに、息子も孫も甥っ子も誰も興味をしめさなかった」と言ってたのを思いだします。
小林秀雄も芭蕉もこれまでは深く入ってこなかったけど…
少しこれから変わるのかな。
タグ:和田誠
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2020年02月23日

古梅と新梅

借家の片隅にいまにも倒れそうな梅の老木があるんです。倒れそうなというか、実際に倒れてしまい、丸太やらお向かいの家で使ってた敷居やらで支えてなんとか立ってます。梅は皮でも生きると言われるそうですが、まさしくそんな感じ。真ん中あたりに白いキノコ的なものも出来てしまっています。これが古梅霊芝かな?と思い、ノコギリで削ってヤフオクに出したら三千円で売れました。
横道にそれました。ヤフオクってしまいましたが、心配なんです。それでなんとか子孫を残せないかと考えまして、挿し木したんですがダメ。それなら種から発芽させられないかとやったんですが…ダメ。試行錯誤していると、ネットで種を削って冷蔵庫で冷やすという情報を得ました。それで何粒かやってみたら、たったひとつだけ芽が出たんです。本当はしまった事も忘れちゃってたんですけどね。春になって冷蔵庫の奥で見つけ「ん〜なんだ、これは梅干しの古いのか…んっあれっ」てな感じ。

そこから鉢で大事に育てて6〜7年、カイガラムシがびっしりついて危ない時もありましたが、ついについについに今年、花が咲きました。
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梅の実生から梅の花。とっても嬉しいです。

老木もまだ頑張ってます。
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2019年11月30日

パン屋さんでジャズボーカル

ジャズボーカルが好きになったのは大学生の頃。四畳半に大きなステレオ置いて、アンプは重いほうがいいとかなんとかわかった風な顔して、LP買ったりもらったりしてブイブイ聴いてました。最初は歌い上げちゃうヤツとかスウィングしまくりが好きだったんですが、だんだんモダンで軽いのが好みになってきました(ジャッキー&ロイとか)。その頃の情報源は大学の近所にあったジャズ喫茶とラジオとうるさがたの友達。その後、働くようになりだんだん聴かなくなっていきました。
それが、ここんとこまた聴いてます。情報源は近所の小さな小さなパン屋さん。お客さんが三人も入ればいっぱいになっちゃう狭さなんですが、パンはすんごく美味しい。早くいかないといつも売り切れ。そんでもって、いつも気になる曲がかかってます。ジャズボーカルです。いまかかってる曲は、食パンの棚の上のスピーカー横のCDでわかります。
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その日も瑞々しい軽やかな歌声が気になりました。パンをレジに持っていき、ハンチングのオシャレなご主人が袋にいれてくれてる間に…。
「写真撮ってもいいですか?」
「どーぞどーぞ」
「ここ、けっこう曲の情報源なんです。この間はタイトルをこっそり覚えてって手に入れました」
「へぇ…誰ですか?」
「マル・フィッチです、これがあちこち探してもなかなかなくて…」
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「あぁマル・フィッチ…なかなかないかも…」「良かったです」

今日の方はビヴァリー・ケニー
「有名な方ですか?」「けっこう有名です、彼女はこれでなくても、どのアルバムもいいですよ」

知らんかった。
さっそくYOUTUBEで聴いてみる。イイ、すごくイイ。That's allという曲が好きなので、それが入ってるものをまず買ったら、ほかのものも欲しくなり、ついつい大人買いしまった。
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手に入れたなかではPLAYBOYSというアルバムが秀逸です。
ビヴァリー・ケニーは調べると1932年生まれ、仲代さんと一緒でした。でしたが、1960年に28歳で亡くなっています。イイものは古くならないですね。モダンだわ。この曲を自分が最初にジャズボーカルを聴き始めた頃と同じ年齢の、いまの大学生はビヴァリー・ケニーをどう感じるんだろう。ちょっと感想聴きたくなりました。
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2019年11月16日

副腎検査漬けの日々

9月10月は仕事も猛烈に忙しかったけど、それより大変だったのは検査。身体の検査です。
そもそも病気もののテレビを見るのが好きなのがいけない。ERやドクターハウスも好きです。それで、たけしの〜だったか…テレビ見てたら自分にピッタリ当てはまるのが出てきました。空腹時に運動すると落ち着かなくなる、ハクハクすると言うものです。夜、自転車で事務所から家に帰る時なんかにそんな感じになります。自転車は15分くらいでしょうか。これ、ずっと何年もなんとなく気になっていた症状でした。番組では、これは隠れ低血糖と言うヤツで糖尿病予備軍だということ。心配です。
事務所でSに話したら、健康健康、ただの更年期ですよ。ととりあわない。
それで、近所の糖尿病専門医に行ったら…糖尿病ではない。ハッキリ言われました。ただカリウムの値が低く心配なのでちゃんと調べてもらったほうがいい。と言われ、東京医療センターに通うことになりました。

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そこから2カ月検査。週1〜3検査。もともと事務所に出るのが昼ごろだったので仕事への影響は少なく、午前中が病院という健康的な毎日でした。
さて、どんな検査? これが本題。
言われたのが、原発性アルドステロン症とコルチゾールという副腎のホルモン異常の疑い。副腎というのもはじめて聞きましたが、ホルモンといえば男性ホルモンしか知らないので、え〜オレそんなにホルモン強くないのに…と思ってたら、人間が生きていくの大切なものですって。
で、副腎検査漬けの日々が始まりました。
血液5本とる。30分寝る。薬飲む。90分寝る。血液5本とる。この薬を飲むのが負荷検査。つまり機能の反応を見るわけです。この反応が微妙なんですって。
「ん〜下がるはずなのに下がってないですねぇ」
「あっ90分寝た最後の20分くらい、すごくトイレいきたくなりました」
「あっそれかも、もう一回やりますか、微妙なんですよ」「え〜」
そのほか、まず30分寝る。血液5本とる。30分寝る。注射。30分寝る。血液5本とる。という日もありました。
寝るったって診察室が並んだ裏だもんで寝られやしない。ずっとお年寄りや深刻な方、わけのわからない方、耳が遠い方のお話が聞こえてきます。先生や看護婦さんも大変だわ。そのうちアイマスクや耳栓持参するようになりました。
そのほか、一番ビックリしたのが、 1日分の尿をとる。というヤツです。
「えっ全部ですか?」「全部です」「夜中起きたときも」「ときも」「全部?」「全部!」
「どうやって」「2リットルくらいのペットボトル用意して…あっ大きめのジョウゴ100均で買ったほうがいいわよ」「えっそれを…」「もってくるのは無理よ…ハハハ…ちょっとでいいのよ…あとで容器渡すから」

結果、正常でした。念のためってのが多く心臓エコーに、腎臓CT。…なんかもヤレヤレ
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2019年08月04日

新しく手に入れたのは昭和の本

最近見つけた本二冊。やっぱり昭和に惹かれます。まず一冊目は、文藝春秋が昭和38年から2年間連載した「私はこれになりたかった」というグラビア特集を2016年にまとめたものです。
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年間購読申し込み者に配られた非売品だそうです。中身はタイトル通り、子どもの頃になりたかった職業に扮すると言う企画です。ひとりひとりの設定がちゃんと作られていて良く出来てます。全部で46人。俳優以外にも山口瞳や柴田錬三郎、中曽根康弘など小説家から文化人、政治家まで。55年も前なのであちらへいかれた方も多いですが、みなさん若々しくイキイキしてて写真見るだけでワクワクします。岸田今日子さんもカワイイですね。これは古本屋でチラ見したものをネットで買いました。いけませんね、反省。

それから二冊目は、中原淳一さんが絵はもちろんの事、企画、編集、執筆までこなされている「女の部屋」という雑誌。中原淳一さんって戦後の少女ファッション漫画家のイメージしかなかったんですが、スゴイ才人だったことがわかりました。この雑誌が刊行されたのは昭和45年。かなり体調のすぐれない中での雑誌発行だったようで最後の雑誌になりました。ただ内容の充実度が素晴らしいです。こっちはおなじみの九品仏の古本屋で。
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            絵で描いた表紙の髪型を写真で
            解説したページがありました。

やはりファッションが基本、オシャレですね。
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タレントページのレイアウトと写真もカッコイイです。
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演劇がお好きだったようでチェーホフ『桜の園』が特集されてました。
いまのチラシの絵だったら新鮮に見えるかも。
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タグ:中原淳一
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2019年07月01日

蒲郡の有名人

何度目かの登場ですみません。生まれ故郷は愛知県三河地方の蒲郡です。ガマグンではなくガマゴオリ。地元では普通なんですが一歩外へ出て「中学はガマ中」「高校はガマ高です!」なんて言おうものなら爆笑されます。蒲郡の人間はガマ=カエルという認識は全くないんですが世間様は違います、ご注意あれ。さて、蒲郡の人口は自分が生まれた頃から8万人、いまも同じく8万人の小さな小さな地方都市ですが、けっこう有名人を輩出しています。最近はなんといってもソフトバンクのスーパースター千賀滉大投手。公立のガマ高出身ですよ。高校時代は甲子園なんか夢のまた夢、全くの無印。そこから育成の星になり今や日本のエース。もうガマ高って笑わせません。
芸能面で言えば、宝塚のトップが出ましたよ。トップっていう響きがいいですね。ダイキンのコマーシャルで有名な月組トップの珠城りょうさんです。この方、兄貴の同級生の娘さんだとか。いつかお仕事でご一緒できるといいなぁ。すごいコアな話を三河弁で出来そう…しないか。
昭和の時代も全国レベルの方がいらっしゃいます。なんといっても早世した不遇の横綱玉の海。横綱が出たってスゴイですよ、初代から数えて、およそ300年間で72人しかいないんですから。同級生が玉の海の実家に新聞配達してたと自慢してました。実家に届けてただけですけど…玉の海いないし…。
政治の世界では、社会党の二代目委員長の鈴木茂三郎という方がそうだとか。委員長になられたのが1951年なんで68年前とかなり前ですが、当時「青年よ再び銃をとるな」と演説し、それが反戦標語になったと言うすんごくエライ方。
「モサさんの家は貧乏で、お父さんは人力車を引いてたよ」と茂三郎の家庭のことを父に聞いたことがあります。昔は蒲郡も観光地として栄えていて、たくさんの旅館が海岸沿いにあり、人力車のある宿が一、二軒あったようです。宿から竹島あたりまで行ったんでしょうか。写真があったら見てみたいですね。
文学を目を向けると、中国を舞台にした歴史小説で有名な宮城谷昌光氏がいらっしゃいます。不勉強で読んだことがないんですが…どれも長そうでつい…食わず嫌いはやめて取り組もう。平野啓一郎さんも一応出身ということになってますが、1歳までだそうだからはずしましょう。
有名人の中で唯一おつき合いのある人が、四コマ漫画家で芸能評論家の高信太郎さん。お笑いの世界にも精通された方です。何回か若い頃に漫画家の草野球に誘ってもらいまして、ド下手でご迷惑かけました。今も年賀状のやりとりさせていただいてます。お元気かな。

高さんにいただいた本。
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自分のテリトリーのお芝居の世界では、流山寺事務所にいらした井沢希旨子さんという方がいらっしゃいました。いまは海外だそうですが、一度ご挨拶したことがあります。蒲東高校出身の間宮さんという馴染みの役者さんが紀伊國屋に出ていて、観劇後楽屋に行ったら「あっ井沢さんも蒲郡なんだよ」と共演者の井沢さんを紹介されました。それをある時母親に話したら「井沢さん?井沢歯科の娘さんだがねぇ。お母さんがいっつも心配して話しとったよ。チカコと一緒に(妹です)着物のなんか…選ばれてねぇ…写真撮ったことがあって…なんちゃらかんちゃら…」だとか。かないません。そのほか声優さんで松井恵里子さんという人気のある方がいらっしゃるそうなんですが、そっちは暗くて全くわかりません。だんだんわからない人が増えていくんでしょう。
まぁ蒲郡出身の有名人って、8万人の割にはたくさん出ているかも。wikiで調べると、大叔父の中村俊定先生(芭蕉の研究者)も載ってて嬉しくなりました。ただの生まれ故郷が一緒ってだけですが、応援したくなります。不思議ですね。あと鼠小僧次郎吉が蒲郡生まれという異説があるようですが、これはマユツバだなぁ。

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蒲郡のシンボル竹島の記念切手シート。いつの時代もメインは竹島。

タグ:蒲郡
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2019年06月26日

事務所の台所が世間様に…

「すみません、一生のお願いがあるんですけど…」と
事務所のSから切り出されました。

い っ し ょ う って そんなお願い って
Sと2人だけの小さな事務所。Sがきて今年でもう15年になります。よく辞めなかったもんです。数年前に、いきなり 籍いれたんで と言われた時には本当に驚きました。誰かと付き合ってたのも知らなかったので…。
それ以上の事言われるのか…辞めたいとしても、お願いってことはないだろうから…
な、な、なんだろう? ビビりました。

「取材の募集があって、申し込んだら受かっちゃったんです」
「取材って?」
「東京の台所っていう…」
「えっここ。ウチの台所?使ってないじゃん…大丈夫? ウチでいいの? それが一番心配」
「事務所っていうのが引っかかったんですって」
「ふ〜ん。心配だわ…それと、取材が一生のお願いなの? そんなお願いいつでもいいよ。今日の今日でも問題なし」

やれやれ、お願いが取材とは…

で過日取材があり、
ちょっと間違ってるとこもありますがとても良い記事にしていただきました。
ただ他の人の回がどれも感動もので、物凄くいい。そこへいくとウチのはヌルい…心配です。

朝日新聞DIGITAL 大平一枝さん「東京の台所」
https://www.asahi.com/and_w/20190612/616366/
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2019年06月15日

なぜディン・ニンと呼ばないのでしょうか?

いま卓球はジャパンオープンで盛り上がってますが、ミマパンチとチョレイが一回戦で負けてしまったのでもり下がってるかな…そんなことではなく、大きな声で言いたいのは名前の呼び方のことです。卓球で世界ランキング1位といえば中国の丁寧選手です。ですが、彼女のユニフォームの背中にはDing Ningと書かれています。普通に読んでディン・ニンですよね。なぜ日本ではテイネイと呼び、ディン・ニンと呼ばないのでしょうか?
水泳自由形で有名な孫楊は日本ではソンヨウと呼ばれますが、正しくはスンヤン。Sun Yangと書くので微妙な違いですけどこれも中国読みでいいんじゃないでしょうか。フィギュアスケートの閻涵は、エンカンエンカンとNHKアナウンサーに言われてましたが、英語読みではHan Yan、ハンヤンです。羽生選手ら選手の間では、ハンヤンと呼ばれていて違和感ありました。どういう基準なんでしょうか。また韓国水泳選手の朴 泰桓はパク・テファン。韓国選手は韓国音で呼ばれています。
この問題は調べてみると国家間の取り決めであることがわかりました。1972年の日中国交正常化の時、角栄さんの例のアレですが、周恩来さんとの取り決めで、互いに読む人の国の読み方にすることで合意したそうです。こんな半世紀前の取り決めはもうやめて、丁寧さんは、ディンニンにするべきですよね。漢字表記もいらないかも。
韓国はというと、1984年に国家間の取り決めで、お互いに現地読みすることで合意して、そこから変えたようです。そういえば金大中さんのことを昔は「キンダイチュウ」と読んでいましたが急に「キム・テジュン」になって、なんでかな?と思ってましたが、そういう事だったんですね。
中国選手の中で日本でも現地読みの選手がいます。ボーヤンジンです。彼も最初は漢字で金博洋と書くことからキンハクヨウでした。なぜボーヤンジンになったんでしょうか。これはどうも世界的にボーヤンジンで有名になってしまっているからのようです。おかしいですね。みんなボーヤンジンでいいでしょう。オリンピックもありますし、すべてを現地読みに変えてほしいです。丁寧さんもテイネイなんて呼ばれたくないんじゃないでしょうか。
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2019年05月02日

ドン クサイ プー

知り合いのとんち好きが「レイワレモンノレ〜」ってFBで言ってて笑いました。いよいよ令和です。
小学校の時「ひろのみや様がトイレに行ったら、天皇陛下が入ってました。なんて言ったでしょう?」なんて下らないクイズ流行ったなぁって突然思いだしました。
答えはもちろん「そろそろコウタイシテンカ」
新陛下の誕生日の2月23日が妹の誕生日で、小さい頃からそのうち誕生日が休みになるね と言ってたのがいよいよ本当になります。不思議な感じ。皇太子様は、ずっと皇太子様だったので、まだこちらも慣れませんが無理せずやってほしいです。
しかし昭和が遠くなりました。昭和の人間としては、平成人でも新しい感じがしてたのに、令和世代にどうしたらいいの?って感じです。昔『昭和へっぽこフレーズ大全 このへんでドロンします』というバカバカしい死語やフレーズを集めた本を企画しましたが、思えば昭和は愛すべきバカバカしいフレーズがいっぱいありました。
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「メートルあがっちゃってバタンキューだったよ」なんてお父さんのぼやきを街角で聞いてみたい気もしますが、令和に変わってしまうと、古すぎちゃってバカバカしさを味わう鮮度はもうないですね。また、昭和の言葉の流行って年代関係なく生まれていた感じがしますが、平成の言葉の流行は「チョベリバ」はじめ若者言葉の印象です。おやじは「チョベリバ」って言わないからなぁ。昭和のへっぽこなフレーズ残ってほしいですね。
ところで、昭和、平成、令和と三時代通して笑えるフレーズってあるんでしょうか?あってほしいです。まぁどの時代の子どもでも、おならと○んこに凄い反応するのでそこは大丈夫かも。ドリルもあるし…。
そこでまたまた昭和の小学校のオナラのお話。
オナラって我慢しててもつい出ちゃいます。教室でプ〜ンと臭った時に必ずやるのが、誰が屁をこいたのかを見つける犯人探し。クラスのお調子もんのリーダーがニオイの近くにいた人間を集合させると、自分から順番に指差していきます。「 へ は へ も と か ら さ わ ぎ だ す 」つまり す に当たった人がオナラの犯人と決定です。それで納得するのも変ですが指差しのゲームが面白いからバカ笑いして終わりです。ある時、リーダーが集める人数間違えて、さ わ ぎ だ す の す で自分に戻ってきちゃいました。すると「お前かぁ〜犯人はぁ〜」「くせ〜くせ〜」の猛攻撃。あわてたリーダー、あろうことか「だめだよ、ドン クサイ プーがあるよ」と卑怯な付け足しの一手。はぁドンクサイプー? とっても卑怯なんですが、フレーズが面白かったのでみんななんとなく納得しちゃって、三人先が犯人になりました。それからオナラの犯人探しは「 へ は へ も と か ら さ わ ぎ だ す ドン クサイ プー」なんだかなぁ。まぁ令和の小学生はやらんでしょう。
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2019年04月02日

レンジーといえばRWC

子どもの頃はラグビーかラクビーかわかんなくなってましたが、今は大丈夫です、お仕事してますから。ちなみにラクビーはお腹に良い薬です、お間違えなく。さて、RWCことラグビーワールドカップです。あんまり盛り上がってないんですが、個人的には少しずつきてます。
なんといってもマスコットがいい。ほとんど知られてませんがカワイイです。誰が作ったのかも全くわかりませんがオリンピックなんかより断然いい。なんですかオリンピックのマスコット、カワイクない。そもそもオリンピックロゴの市松柄にマスコットを合わせるのが失敗。ロゴはいいのに…。こういうのって根掘り葉掘りして広げるより、センスの良い専門家に任せた方がうまくいきます。われわれの仕事でも代理店とかスポンサーとかユーザーの意見とか沢山の意見が入れば入るほど、案はダメになっていく傾向があります。その典型的な例ですね。それこそ小学生達にラグビーとオリンピックとどっちのマスコットがいいと思う?って聞いてみたいですわ。

このマスコットはレンジーといいます。言うまでもなく連獅子から。白い方が親のレン、赤い方がジー。まんまってのもいいですね。ピンバッチコレクターとしても早速手に入れて付けました。勢い余ってTシャツまで。レンとジーがグイグイしてます。カワイイですね。

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仕事の方はと言うと、ラグビーメーカーのスズキスポーツさんのカタログをやりました。凄いのは、このスズキスポーツさんは、ラグビーボールで有名なギルバートの日本発売元。一般の方にはわからないんですがギルバートは100パーセントといっても良いくらいのラグビーボールのシェア率。もちろんワールドカップもギルバート。それと今回のボールがまた凄いんです。シリウスという名の新しい星型の大小の突起が表面に付いていて、触るととても持ちやすく手にフィットします。ハンドリングラグビーに最適です。ワクワクしますね。
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観に行きたかったんですが、チケットが売り切れてしまい、ワールドカップいけませんが、ピンバッジやTシャツでほんの少しだけテレビ観戦します。決勝トーナメント行ってほしいなぁ。
タグ:レンジー
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2019年01月31日

きしめんと鰹節

実家のあるのは愛知県の蒲郡市。高校は名古屋まで通っていました。通学に2時間かかるんで朝は6時22分の電車に乗ります。次が6時57分なのでこれをのがすと遅刻。でも1本しかないと案外遅刻しないもんです。遅刻するのは大概学校のそばに住んでるヤツです。逆に早めに学校に行きたい時は大変です。なんたって6時22分の前が5時9分の始発しかありません。東京から来る大垣行きです。車内はすっかり旅行気分の貧乏大学生や行商のおばあさんなんかと一緒で、洗面台が多めについてます。刈谷までは就寝扱いなのか消灯モードで、刈谷を過ぎると「ピンポンパンポ〜ンみなさまおはようございます〜」とアナウンスが入り明るくなります。大学生になってからお金がない時はよくこれで実家に帰りました。
帰りは帰りで、ちょっと遅くなるとお腹がすいてしまい、名古屋駅ホームの端にある立ち食いのきしめんをよく食べました。熱々のつゆにもちっとした麺、そこにドサッと鰹節。美味しかったなぁ、やっぱりきしめんには鰹節です。

ほんで今の自由が丘の話です。自由が丘はオススメなお蕎麦屋さんがありません。昔ながらのか高いのかどっちかです。普通に良いのがない。それでもきしめんを食べたくなった時は、駅近の高めなお蕎麦屋さんに入ります。ここのきしめんは美味しいです。先日、田ごときしめんというのを注文した時のこと。この田ごとには色んな具が入ってて美味しいんですが、鰹節がのってないんです。いつもそこが不満だったので、料金は少し上がってもいいので鰹節をいただけないかと頼んでみました。しばらくして店員さんが困った顔してテーブルの横にそそそっと近寄り「…すみません…なんだか単品扱いになるみたいで…すみません…頼みませんよね…なしでいいですか?」
「えっいくらになるんですか?」
「…単品扱いで…250円です…じゃそのままで」
あまりの値段にびっくりこきましたが、こうなりゃ意地です。
「いいです。お願いします。」
「えっ250円ですが……わかりました」
きしめんに続いて単品扱いの鰹節が来ました、藍染付の上品な小皿にのってます。削ったのじゃなくあきらかに袋詰めのやつです。しかも多い。のぞんだ味にはなりましたが、ただでさえ高いきしめんがべらぼうになりました。まったく融通って言う言葉を知らんのかなぁ。
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2019年01月30日

シアターガイド惜別

昨年の10月末の事、演劇雑誌シアターガイドを発行している会社、モーニングデスクが倒れてしまいました。月刊誌のシアターガイドは演劇という文化を支える、なくてはならない存在。月ごとに小劇場から海外情報までまんべんなく、大小や規模に偏らず、分け隔てなく演劇情報が載っている雑誌はほかにないからです。いわば唯一無二の雑誌。演劇ライターのほぼすべてがシアターガイドに在籍していたか執筆しているし、ほとんどの劇団がシアターガイドの取材を受けていました。はたしてこれからどうなるのでしょうか?単独の劇団のネット情報だけあればいいのでしょうか?純粋な演劇ファンが減ってしまわないか心配です。
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このモーニングデスクという会社に20代後半に3年在籍していました。当時は外苑前の狭い2DK。入った時とてももう一つ机が入るように見えなかったので、「誰か辞められるんですか?」と社長に聞いたんですが、だれも辞めないよ との答え。
で、出社の日。社長の机が無くなっていて、社長は本棚の棚を一段空けて机がわりにしていてました。本棚に椅子がぴったりくっついて変な感じ。棚と棚の間に顔をつっこんで、まあまあ出来るよと。ある時は「お前たち、仕事ばっかりやってないで映画も観なきゃ」と言い出し、月に映画1本代として1500円支給すると宣言、社長自ら平日ヒマな時に映画観に行ってました。社員旅行で北海道に行ったことも…いまでは信じられないのんびりしたいい時代。その頃は半分くらいが演劇の仕事。そのうちほとんどが演劇の仕事になり、シアターガイド発行。
演劇の雑誌を出すのが社長の夢でした。最初は本屋に置けず、自転車で劇場まわり。そこから少しずつ本屋に出すようになり、演劇と沿って歩くようになりました。
自分がやめてからもなんだかんだでお芝居の仕事はずっとしていたので、お手伝いを少ししたり広告を入稿したり。恵比寿では近所だったので交流はありました。
モーニングデスクにいた時に社長から言われた言葉で、いまだに覚えていることがあります。その当時は演劇以外の仕事も多く、ラグビーのカタログをやっていた時のことです。胸にロゴマークがあるジャージが並んでいるページだったんですが、一個だけ逆版で印刷してしまったんです。色校正でも気づかず大失敗でした。
「失敗した後も、相手と良い関係が続いていけるかどうかが大切なんだ」
そのラグビーの仕事は30年が過ぎ、モーニングが無くなるまでずっと続いていて、今度自分が引き継いでやることになりました。良い関係が続けられるように頑張らねば。
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2019年01月25日

とっくに明けました。MAC入りました。

もう2月になろうかっていう時期ですが、みなさま今年もよろしくお願いいたします。今年の年賀状はこんな感じでした。事務所のSの作です。
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イノシシって害獣のイメージが強く、神出鬼没で、暴走しまくって落ち着きがなくて嫌。で、Sにイノシシ画を頼む時に
「猛進とか猪突とかしない、ゆるゆるのんびりダ〜ラダラしたイノシシでお願い!」
って言ったらこんなのになりました。ダラダラしすぎですが、のんびりいきます。それにしてもイノシシ年っていっても、もう印象薄いですね。干支のイノシシを意識するのって七草かゆくらいまでかも。
Sはデザイナー兼イラストレーター。自分でイラストブログもやっています。
https://kasamarunote.wordpress.com
絵本に挑戦したりもしてます
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彼女の興味の中心は食べもの。とにかく仕事中でもなんでも時間の空いたときは、百発百中誰かの食べ物ブログ見てあす。そのくらい食べ物探究心がスゴイので、イラストも食関係が多いです。
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たまにこんなのも描きます。食い〜んじゃなくクイーン。
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おれもよく登場します。
ネットショッピングでキャスケットを購入した時のことです。試着したら大きくて合わず返却した話がちゃっかり書かれてちゃってました。油断も隙もありません。

「おれ、頭が大きいからLサイズだと思って買ったんだけど、すごく大きくてさ〜、かぶったら左右が垂れるような感じになっちゃって…」と社長が言うので、「七福神(大黒天)みたいな感じですか?」と聞くと、そのような感じだったそうです。想像すると可笑しくて吹き出してしまいました。 ってな感じにです。油断禁物ですわ。まぁ面白いからいいですが…
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また。最近はこんな記事も
ついに事務所に新しいマックが導入されました。社長のデスクに古いマックと新しいマックが並んでいるので、ひと昔前のハイパークリエイターみたいになっています。「新しいマックはどうですか?」と聞くと、「うん、こっち(古いマック)で作業しながらこっち(新しいマック)でメールの確認ができるから便利だよ」と…先行きが不安です。
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それから1ヶ月近く経つので少しずつ新しいのでやってます。

それからマック導入初日のことで一言。まず電源をどこで入れたらいいのかわかんなくて知り合いのマック使いに電話しちゃいました。電源…ウラですよ ウ ラ 写真でいうと下のアップルマークがある銀色の帯の左の方のウラ。手探りで押すわけなんです。ど〜かと思うわ。デザインってそういう事じゃないですわ。ユニバーサルからかけ離れてる。あんまり怒ってるとまた描かれそうなのでほどほどに。
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まあそんなわけで今まで開けなかったデータも新しいMACのおかげで開けるようになりました。
新しいお仕事、Sのイラストの仕事も待ってます。
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2018年10月31日

100円はどこでもらうの?

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ちょっと前の話です。6月にやった公演の打ち上げで、新品の百円紙幣が入った大入袋をいただきました。だいたいは硬貨が入っているのでビックリしました。実は10年以上前に1度もらった事があって今回二回目なんです。もしかしたら、もしかしたらですが静かなブームなのかも。こういう気遣いはとっても嬉しいです。
100円といえば、100円硬貨もなんとなく集めています。
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なんとなくと言ったのは、買い物なんかで普通にもらったものだからです。つまり流通してて…手にした時に入れたものです。アレッ?これ違うなって感じで。以前は注意してるとけっこうあったんです。東京オリンピック、札幌オリンピック、万博、沖縄海洋博、稲の100円玉に鳳凰の100円玉。(鳳凰は年配の方にもらいました。)それから、関空開港の500円硬貨もおつりでもらいました。なんとなく普通にもらうと嬉しいですね。
陛下が代わられるのとオリンピックがあるので来年再来年は記念硬貨が作られることでしょうね。できれば大事にとっておくばかりじゃなく、少しはお金として使ってほしいなぁ。オレは勇気がないけど…。
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