2017年08月01日

英雄は贔屓に冷たし

スマホ初心者です。事務所のSが、いきなりピッチからiphone7へ替えるという、足軽からいきなり大名へ、いわば秀吉的暴挙にでたので…auガラケー一筋オレも負けずにスマホに。スマホにするなら事務所も家もMACなんでやはりiphoneだろう…ってことで、長いお付き合いのauへ聞きに行きました…ポイントも溜まってることだし。聞けば、なんとau歴が19年ですって!ビックリしました。長くご利用くださり〜とお礼を言われました。ですが、どうせiphoneにするならauで全ポイント使うより他の携帯会社に乗り換えた方が安いってことがわかりました!19年分のポイントがなんの役にもたたん。鼻息がフンガァ〜フンガァ〜なりましたわ。
事務所に戻ってSに聞くと、Sはアップルで本体を買って格安SIMにしたそうです。…フムフム。ほんで格安SIMを入れられるiphoneはアップルにしか売っていないそう。お値段調べるとその方が安いんで迷いなく、auに見切りをつけ離れました。携帯会社は色々迷いましたがOCNモバイルONEに。
これで目出たし目出たし…になると思ってたんですが、そこは安かろう悪かろうがありました。一番困ってるのがOCNでんわのカケホー代プラン。これってあくまでこっちからカケホーなんです。つまり、かける時には安くなる、のみ。折り返しはダメなんです!例えば電車に乗ってる時に知らない人から電話がかかってくる。出られないので降りてからかけるわけですが、着信履歴からかけるとベラボウなんで、電話番号を紙にうつしてからOCNでんわでかける、といった具合。アナログだわ。OCNでんわ機能に着信履歴残すのできないんですって。なんとかならんの? 
ところで、なんで今まで19年もauに?と思われるでしょうが、仕事してたんです、TU-KA時代に。料金なんかのお知らせと一緒に送る冊子をやってました。打ち合わせの時にdocomoの携帯もってて鳴ったりしたら大変なので、スタッフみんなTU-KAにしたんです。表紙はTU-KAの文字を毎号違うイラストレーターに作ってもらうという案が通り、2年半くらい30人くらいの色んな作家にTU-KAを作ってもらいました。19年も前ですが自由で面白かったです。
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イラストレーターの人と付き合いが多いのもここが始まりです。TU-KAのCMキャラクターのカエルも作りました。
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それ以来愛着もってauに代わってもユーザーだったのに。ほかへ移ったほうが安いなんて!英雄よさらば!いまさら桃だしても遅いよ。
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2017年07月21日

スキなコトやモノをかんがえる

珍しい鳥を見かける
ヒヨドリ、四十雀、スズメたちには悪いけど、珍しい鳥を見つけるとオシリが浮きます。
一番ビックリしたのはツミ、雀鷹という漢字をあてるようですが99%鷹、猛禽類。雀のスの字もありません。

夜道でバッタリネコの横断に出会う
見慣れたいつものネコでもいいし、新しいヤツでもいい。自転車の帰り道にたまに遭遇。子猫は心配になるから会いたくないなぁ。変な顔が好み。

小学生のグチを横で聴く
けっこうグチってます、男子二人は。隣の少四の女の子がこの間「大変だよ〜困ったよ〜」とオレにグチったのは運動会のアナウンス担当になった時。グチというより嬉しそうだったな。

印刷したばかりの本の匂いを嗅ぐ
仕事がら印刷したばかりのモノを手にすることは多いんですが、三百ページ以上のハードカバーの本がベスト。布張りならなおいい。二〜三日しか持たないな、あの匂いは。かたや、古本屋の匂いもそれなりに好き。なのにB~OFFの匂いは苦手、なんでだろう。どんな本も売れてほしい。

バスで遠回りして知らない景色を眺める
タイヤの上に足を乗せる席はダメ。一番後ろか出口の近所。景色を眺めて面白そうな店を発見しても行ったことはなし。唯一、近所にないハンバーグ系のファミレスを見かけて覚えていてそこには行った…眺めるだけにしとけばよかった。まぁバスが好き。

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事務所に向かう時、ほんの少しだけ迂回すると浄真寺の境内を通り抜けられる。この30Mが好き。
(写真は5月の新緑の頃)
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2017年05月28日

仲代さんとイチロー

日本のプロ野球は全くと言っていいほど観ないんですがメジャーリーグはいつもチェックしてます。野茂からずっとです。イチローの2001年4月11日のあのレーザービームを観てからはマリナーズ観戦が日課になり、ずいぶん詳しくなりました…。なんといってもイチローら日本選手が、メジャー選手と互角以上に闘ってるのを観るのが楽しくて誇らしくて胸躍ります。それまで日本のレベルはマイナークラスとか3.5A(3Aとメジャーの中間)とか言われてきましたが、なんのなんの日本人だけのチームでメジャーで1年間闘ったとしてもいい線行くでしょう。これはオリンピックで日本選手を応援する感覚と似てます。日本人大好き、日の丸大好き、君が代も思う存分聞きたい! と言っても政治的に真右では全くありません。まぁ是々非々が身上ですが、どちらかと言われれば左です。
さてイチロー。彼は右が彼の住処でしたが、いまのマーリンズのチーム事情もあり、左もやれば真ん中もやる、外野のユーティリティプレーヤーです。今年も外野手としては4番手、レギュラー三人が調子良いので出番が少なく、たまの代打出場も成績も上がらずヤキモキしてます。イチローが打てば一日が楽しく始まり、ダメなら明日の日の出を待つばかり。なんたってマーリンズの外野手は米国の主砲スタントンはじめアメリカを代表する三人。元気ならイチローでなくともつけいる隙は早々はありません

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先日、色校もって無名塾へ行くと、1階打合せルーム戸棚に、数々の賞のトロフィーと一緒に、イチローのボブルヘッド人形が飾ってあり嬉しくなりました。仲代さんはマリナーズ時代からイチローの大ファン。仲代さんがイチロー大好きなのを知ってる方からのプレゼントです。それが映画賞や演劇賞なんかと同席するばかりか一番いい場所で光ってました。また仲代さんは来月13日に行われる巨人戦の始球式にむけてマーリンズのイチローTシャツを着て投球練習する毎日。仲代さんの想いはキャッチャーミットどころかマイアミまで届くでしょう。
考えたら仲代さんの1年間のステージ数(舞台、映画、テレビ)を合わせたらのメジャーの試合数の162日くらいかもしれません。役者も選手も一日一日が勝負。今は結果の出てないイチローですが海の向うの43歳に、東京から倍近い年齢の84歳の現役俳優がエールを送っています。まだまだ、まだまだ!
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2017年05月15日

喧嘩と印刷

一昨日、喧嘩して10年くらい音信不通だった友達と仲直りしました。
「何?どうした?」
「別に用事はないんだけど…いや…その…誰も亡くなっていないよ」
「ビックリするよ。」
「用事はないんだけど。…そろそろ仲直りしようかと思って」
「…その言葉を待ってたよ。いまどこに住んでいるの?」
たったこれだけの事でした。早くすればよかった。
彼女は大学の時に一番仲の良かった友達です。

喧嘩の原因は印刷でした。彼女が独立することになり、新しい事務所の名刺や封筒、事業案内の印刷物のデザインを頼んでくれたのです。声をかけてくれて本当に嬉しかったです。

ここで印刷の流れを説明すると、クライアントからラフのOKが出たら、MACのイラストレーションソフトでデザインし、色具合なんかも先方と確認しながら印刷会社に入稿します。やりとりはメールです。この場合一番悩ましいのがパソコンで確認しあっている色の再現です。画面上のカラーはRGBといい光を通した色なので発色はいいんですが、印刷は青、赤、黄色、黒のCMYKのドットの組み合わせを紙に刷り重ねて表現します。パソコン上でバッチグーに見えた画像をそのまま入稿して紙に刷った場合、沈むというか暗い感じになっちゃいます。なぜ、そのままの色で刷れないの?という疑問があると思いますが、単純に無理と考えてください。なのであらかじめ沈むのを予測してかなりビビッドにしてから入稿します。その加減が難しいです。印刷する現場の職人さんの技術による所もかなりあります。

印刷会社はここ10年くらいで様変わりしました。いまは大きく二つに分けられます。CMなんかで有名な激安ネット印刷会社らと従来です。印刷機はどちらも同じなんですが、ネット印刷会社は従来の5分の1、へたしたら10分の1。例えばB2ポスター100枚作ろうと思ったら昔は8〜10万は当たり前でしたが、いまのネットは1万ちょっとです。A4チラシ裏表1万枚刷って2万しません。しかも1色も4色も同じ値段。信じられません。
なぜ安いのか?
従来の場合、A4チラシを印刷機で刷る場合、8枚の同じ画像を作り1枚の紙に面付けして刷ることが多いんです。(B5なら最大で16枚まで可能。)
右の写真は横がB5サイズなので10枚付けてます。
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そして色校正や指示を調整して刷るわけですが、すごく薄くて細かい画像のものはハッキリ出るように、逆に濃いものなんかはつぶれないように圧とかインク量またCMYKのバランス調整をします。ここをネットの場合は、日本全国からくる全く違うものを注文数に合わせて面付けして一緒に刷るという裏技でやるわけです。当然8枚別々のものですから、ひとつひとつに配慮することはできないので、マニュアル通りの印刷しかできません。試行錯誤してたどりついたRGBからCMYKへの色の再現も出たとこ勝負になってしまいます。
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また他印刷物が偏った色やビジュアルの場合にそっちに引きずられることがあります。図のように、8枚のうち7枚が真っ赤なビジュアルの場合は残り1枚は赤みが強くなるし、7枚が濃厚なものだったら残り1枚の繊細さは微塵もなくなります。紙も激安ルートで入れてるので落ちます。ただ安い。それでも安い。
従来の印刷会社は刷りの時に立ち会えますが、ネットの場合は色校正も立ち会いも無理です。ただ安い。
あとワタシが頼んだものに限ってかもしれないですが、5〜10回に1回はミスがあり刷り直してもらってます。それでも安い。安さには敵わないのでモノによって分けて入稿しています。

で、喧嘩に戻りますが、印刷をできるだけ奇麗にあげようと思って、従来のとこで見積もりとってやってたんですが、彼女が誰かからネットの価格が安いことを知らされ、なんで独立してお金もないのに5倍もするところに頼むの?と疑問をいだかれ、じゃあネットにするよと言ったんですが、××××××××××××××××××××
で、意地を張り合って10年。最初っから、従来のと安いネット印刷があって、ネットはいい時もあるけど失敗することもある、ただ断然安い、どうする従来?ネット?って聞いてあげれば良かったです。まぁ一般的な人は激安と従来の違いにそんなにこだわらないんですけどねぇ。従来ガンバレ!ネットもそんなに安く早くしなくていいですよ!

最後に気に入ってるロートレックの1枚。踊り子さんが刷りチェックしてます。
昔も今も気になる人はいますね…
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2017年03月31日

お彼岸に古い建物をめでる

お彼岸に三河の蒲郡に帰郷しました。母の様子見と20年も前に亡くなった父の墓参り。家のお寺は蒲郡の西はずれ、形原の補陀寺です。いつも頼んでいるおっさん(実家のほうではお坊さんのことをこう呼ぶ。おが高い音)がそこのご住職。行事としては、お経をあげてもらって仏壇用の小さな卒塔婆をいただくのですが、やはりお彼岸、混んでます。寺に来た檀家さん全員の卒塔婆をその場で書いて、おっさんの前に順番に並べ、呼ばれた檀家さんはお経を背中で聞きながら御焼香という流れ。1檀家1〜2分なんで書記二人は大忙しのフル稼働。書いてます書いてます、新人は字も一気にうまくなりますね。いままでは兄貴にまかせっきりでお彼岸のお寺にきたのも初めてだったので、何もかもが興味深く面白いです。なぜか寅さんがご住職をやってた回があったなと思い出しました。柴又のみなさんが地方のお寺に行くと、袈裟を着てご住職のお手伝いをしている寅さんに会い、誰もが気がつかずにビックリする。そのお約束がたまらない…そんな事考えてニヤニヤしてる間に順番がきました。そこからお墓へ。父のお墓はお寺の近所なんですが、もともと誰の土地でもなかった場所をみんなで分けた墓地。東京では考えられないアバウトさです。

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蒲郡近辺で古い建物探訪を二つしました。安心と発見を古い建物に見いだしてはほっとしています。その一つ目は蒲郡のパラっとした中心街にある『伊藤珈琲店』。大正時代からある古民家をカフェにしたもの。中学生の頃にはもうありました。聞けば50年近くなるというから本物です。ここは椅子がゆったりしてるのがいい。珈琲には三河地方当たり前のおつまみ付。小粒のアラレでした。地元の喫茶店に久しぶりに入ると「そーだった、そーだった」という感じになります。で、大体は珈琲が先になくなりアラレが余ります。
そして、もう一つの古屋は『たまりや料理店』。ここはぜひ訪れたかった場所でした。蒲郡から20キロほど名古屋寄りの一色にあります。蒲郡の隣が上野介で有名な吉良、その隣町です。ご主人の石崎さんとは何年か前にブログで知り合い、その後FBでお互いの動向を確認しあうようになったんですが面識はありませんでした。電話をすると偶々混んでいてご飯は食べられないけど、お茶で良かったらと─。料理店でお茶になりましたが、こんな時でもないと伺えないので卒塔婆だけ家に置いて兄貴の車で出かけました。
一色までは一本道の国道なんですが、ナビを頼りに国道を離れると何にもない、心配になるくらい本当に何もない。大丈夫かなっと各々調べはじめたら、あばら屋が見えました。その軒先にぶら下がっている黒い小さな看板の姿をネットで見ていなければ発見不可能だったかも。

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「こりゃあわからんぞ〜教えてもらえんかったら絶対こーへん」「ひとりじゃこれんで」と口々に言いながら中に入ります。そこは古いボロいモノ好きにはたまらない場所でした。100年以上経つたまり醤油の蔵を改造した、地元の魚介と野菜の料理専門のレストラン。そこには無造作にアート作品が飾られ、料理の本を集めた図書室が併設されています。ステキな空間でした。珈琲とケーキをいただきましたが、料理も間違いないことがわかります。いつになるかわからないけど、ご飯を食べにまた来よう。そちら方面へいかれたらぜひ!田舎にも文化は根付いています。
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2017年02月16日

ロゴがゴロゴロ

ロゴを作ることがたまにあります。オリジナルで文字を作るという点ではお芝居のタイトルなんかも同じですが、タイトルとロゴはちょっと違います。タイトルの場合はお芝居のイメージ1点集中ですが、ロゴの場合はその後の汎用性やリュートラルな見え方も考えています。
最近の仕事から…。会社勤め時代の同僚が女主人となってオープンする京町屋ゲストハウス『月と』。彼女にイメージをもらいブラッシュアップしました。和洋古今どれにも合い、京都ならではの品と面白さが出ればと考えました。店の看板や印刷物になるのでドキドキです。
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『うたよろ』は20歳位の頃からの知り合いの女優さん中心のLIVEグループ。ロゴを作ったのはちょっと前ですが来月久しぶりにやるようです。若い頃の繋がりの濃さっていうのは何年経っても変わらないですね。応援してます。
今年旗揚げする演劇工房『N・Y企画』は昴出身の仲野さんと山中さんが中心になって立ち上げた団体でアルファベットを擬人化しました。擬人化は割と好きな手法です。
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擬人化でいうと、ずいぶん前のものですが、『A.T.LABO』は俳優養成所。あうんがお芝居の原点のような気もするので取り入れました。擬人化の変態型とも言えるのが演劇カンパニーの『ハムトンクス』。公演回数が増えるのを、指で数えて表現する楽しいロゴ。気に入ってるので両指で数えられる10回までやってほしいです。
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同じく演劇カンパニーで『くまでん舎』というのもやりました。カンパニー名が決まった状態で依頼されたのですが、くま でんしゃ(電車)にいきそうになるのをグッとこらえて、くまで んしゃにしました。
劇場の旗というのもあります。
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『恵比寿エコー劇場』
行く度に見ることができるロゴは嬉しいかぎりなんですが、もうちょいこうしたらよかったかな〜とくぐる度にいつも少しクヨクヨします。基本ドウダ!っていうよりクヨクヨだな。みなさんロゴの発注もお待ちしております。
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2017年02月02日

蔦屋と兄貴

1月も終わりにさしかかった頃。実家のある愛知県の蒲郡から、兄貴がお芝居観劇がてら遊びにやってきました。年に一、二回は観劇旅行にくるんですが、オレがやってるものには全く興味がなく、お目当てはテレビで観ているカワイイ女優さんを生で観る、この一点。興味がないならともかく舞台を観るのは好きなんで、「一回くらい、オレの関わったものみたらどうなの?」とたまりかねて言ったのですが…「ほだね〜」というだけのそっけない返事。そんでも東京にいるのに1人で行かせるのもなんなんで一緒に行きました。流行りのものや大劇場ものなんてこういう機会でもないと観ないから、こちらも見聞が広がっていいんですけどね…。観たのは『わたしは真悟』。そう高畑充希ちゃん目当て。お芝居はというと、原作の漫画が30年以上前のものなのでアングラな匂いがあり全体のトーンは面白かったです。ただピークがモヤモヤしたのでこちらもモヤモヤ。原作を読んでないのでわかりませんが、ピークカタルシスがほしかったです。再会がもっとドラマチックじゃないと…ねぇ…難しいもんです。出演者では成河さんがよかった。
それから気になったのは、顔横マイクのエコーが効きすぎてたこと。自分の席からの距離と出演者の位置とのギャップを感じました。歌はいいんですが台詞の時は増幅程度にしてほしい。やっぱりマイクなしの舞台がいいなぁ。

お土産はやっぱりふせん。
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芝居の後、東京ならではのとこ行こうということで二子玉川の蔦屋家電に行きました。
着くと兄貴は「ふーん知っとる知っとるテレビで見たわ」と最初は興味ありげグルグルしてましたが、そのうち疲れてきて「なんだぁまぁどえらい混んどって座るとこがあらへん」「コーヒーも並んどるでやめまい」と言い、出口を探して歩きだしたのですが、売り場の店員さんを捕まえてなにか聞いてます。
「ゴミ箱ってどっかにある?」何かカバンの中にあるゴミを捨てたいようなんです。そこは天下の蔦屋の店員さん素晴らしい御対応。「こちらでお捨ていたします」「え〜ここのもんじゃなくていいのかん?」店員さんちょっと身構えて「…ど、どのような?」「パンフっつうかチラシみたいな…まぁ紙だわ」
「かまいません」で取り出したのが『わたしは真悟』でもらった厚さ2センチくらいの、そうお芝居のチラシの束です。
「劇場で捨てりゃあよかった。ごめんね〜」と言って渡すと
「あ〜軽くなった、ほんじゃあどっかいこまい」と満足げ。
芝居でもらったチラシの束を蔦屋家電で捨てる兄貴、恐るべし。
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2017年01月19日

どどどんと、ど〜んと焼けました

先日、多摩川河川敷にどんど焼きに行ってきました。どんど焼きは大判焼きとかちゃんちゃん焼きの仲間ではなく、お正月の門松やお飾りなんかを燃やしてその年の無病息災を祈る儀式です。この「どんど」って言葉、所によって呼び方が微妙に違ってまして、「とんど」だったり、「どんと」だったり、「どんどん」だったり…どんどん読み方が増えるばかり…もう「と」でも「ど」でもどっちでもいいよと思っていたら、微妙どころか「左義長」なんて呼ぶ地方もあるし、調べたら富山では「おんづろこんづろ」ですって。まぁ、とどのつまり、お飾りを燃やしてもらうありがたい儀式ってこってす。

昔はこの風習を知らなくて、お飾りを取り外したあとゴミ袋に入れるわけにもいかず始末に困ってたんですが、多摩川のどんど焼きを見つけてここ何年か持っていってます。最近は火は危ないという事でやらなくなったり、高さを低くする所が多いらしいんですが、そこはだだっ広い多摩川。デカいです。高いです。
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燃やす前は今日は風がないなっと思ってましたが浅はか。さすが河川敷。
火を点けたらあっと言う間。煙が渦巻いたかと思ったら、ものすごい勢いで火の手が上がり東風に乗って西側に一気に燃え広がります。
「おぉ〜」という歓声が上がったのも数秒、「危ない!危ない!」「下がって下がってぇ〜!」と切羽詰まった声に変わりました。
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西側が正面ということもあり、火の向かう方向が一番の密集地。スゴイ勢いで火の手が迫ります。どんどタワーの前に作られた竹の鳥居も跡形もなく燃えてなくなり、西側にいた百人あまりが一斉に後ずさりして走り出しました。こちらは南側に陣取ってたので大丈夫でしたが、火がまわる間はわずか二三分。大火事の怖さがわかるには十分すぎる時間でした。前述の富山の「おんづろこんづろ」は燃え上がる炎が鶴の飛び立つ姿に見え、それを「おおづる、こづる」と呼んだのがなまって「おんづろこんづろ」になったようですが、そんな余裕はなかったなぁ。

ここまで焼けました。
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2017年01月06日

明けました。サボリません。

あけましておめでとうございます。
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今年の年賀状案はスグ決まりました。鳩サブレーの鳩を冒険に行かせようと考えたんです。早速サブレーを買いに、二子玉の高島屋に入ってる豊嶋屋さんに行きました。店頭にあるのは箱ものばっかりでしたが、試しに「ひとつでも買えますか?」と聞いてみたら下の方から出してくれましたよ。聞いてみるもんです。撮影して鳩の尾を部品に足を作ったんですが能力ないのでこの程度…遊びなのでよし。アイデアとしては、11年前の犬年の時作った西郷さんの犬案に近いです。自由にというか冒険のススメですね。

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う〜ん西郷犬案いま見るとけっこういい。上野で撮影してバックの森を消し、犬を放ちました。(当時のオレにしてはけっこううまく出来てるからNさんに手伝ってもらったかも。)来年の大河の年に使いたかったですわ〜。これ宛名面では犬がルンルンしてるんです。
で、今年です。鳩に足くっつけて、ふと、待てよ鳩サボレーってどうだろう?と安直に考えてロゴ真似て作りました。すみません。サボタージュなのか冒険なのかわからなくなっちゃってますね。かえって自分っぽいかな…冒険のススメです。ススメといてひととおり完成したら、休憩でオヤツしちゃいました……スマン……美味しかった、けっこうボリュームありますね。ちなみに豊嶋屋さんには鳩サブローというキャラクターがいて鳩三郎というグッズも各種売ってます。鎌倉行ったらぜひ! さてさて鳩サボレー的冒険。どこまで行けるかわかりませんが、今年はいままでやってなかった事に挑戦したいですね。サボラズ、三日鳩サボレーにならず!意味不明。
これは事務所のドアにつけたお飾り。桃のパンパン感が気に入ってます。
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どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
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2016年10月30日

尾山台は北口へ

床屋さんて歯医者と同じでなかなか変えるのに勇気がいります。引っ越してもそう。髪の毛が少なくなってくると、なおさらです。たった1人の理解者くらいの感じ。それでってわけじゃないんですが、床屋さんは昔住んでいた尾山台に行っています。尾山台は事務所のある九品仏の隣駅。
もう1年半くらい前になりますが、いつものように少ない髪の毛をなるべくボリューム出るようにお願いします と無理を承知で頼んでやってもらってたら、肩越しに「ホームページなんかも…やりますか?」と商店街のホームページのことを相談されました。いつも仕事のこととか話しているのでグラフィックデザイナーってことはご存知。聞けば現行のホームページはすごく前に作ったもので使いづらく変えたいという意見があってってことでした。尾山台の商店街というと南口の『ハッピーロード』が有名ですが、北口にも等々力通り周辺に80店もの商店街がありまして、そっちは『ふぉ〜ゆ〜尾山台』といいます。そっちです。最初ふぉ〜ゆ〜ってどうなの〜って思いましたがジャニーズのグループにあるんですって。四人組で名前に全員ゆうの字が入ってる。で『ふぉ〜ゆ〜』…四人のゆうちゃんでふぉ〜ゆ〜…しょせん名前なんてそんなもんです。お互い頑張りましょう!
それで、知ってる商店街ですし…ぜひ…ぜひ…なんてなりまして…それからコンペなんかがありまして…モロモロあって遅れまして…遅れたことで年度が変わりまして…オレはディレクションと進行と頼まれたお店の写真撮影。HPデザインはSさん、コピーはTさん。スタッフと商店街の人達の頑張りがありまして…ましてまして…やっと出来上がりました。11月1日から変わります。

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検索してみてください。
ふぉ〜ゆ〜
尾山台ホームページ
http://oyamadai.net/
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2016年10月25日

シマトラさんを知る

シマトラさん、島田虎之介という漫画家のことは全く知りませんでした。『ダニー・ボーイズ』という舞台のチラシをやることになり、その原作が島田虎之介さんの『ダニー・ボーイ』だったんです。

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漫画が原作か、と軽く思ってたんですが、読んでみると面白い面白い。漫画という範疇で到底くくれない文学性がありました。一度読んだだけでは全部理解できなくて、絵は違いますが高野文子さんを読んだ時に近い心地よいわかりにくさ。絵は杉浦茂やつげさんの感じもあるし、コマ割は凝っていて映画を観ている様…。それで、出されてる本を片っ端から読みました。どれも良かったんですが、中でも『東京命日』が好みでした。

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映像好きはぜひ!『トロイメライ』は手塚治虫賞受賞作。カバーデザインも素敵です。この二冊のデザインは南伸坊さん。おにぎりの絵を描いておにぎりみたいな顔のイメージしかなかったんですがただ者じゃないですね。
島田虎之介(シマトラ)さんとはパンフレットの打合せで会いました。その前に、まず島田虎之介って名前はなんなんだろう と思って彼のブログをのぞきにいったらトップ画面に猫二匹。おぉ〜シマ(縞)とトラ(虎)かぁと早合点。お会いした時に得意げにシマネコとトラネコだからだったんですねぇ〜と聞くと「違います」の一言。いや「猫は飼ってますけど違います」の二言。というかダメ押し。それでもしつこく聞いてみると、なんと大菩薩峠に登場する剣豪の名前からとったとのことでした。(実在した剣客だそうですが)仲代さん主演の岡本喜八版で言えば三船さんの役。漫画を何冊か読めばわかりますが映画の知識も半端ないです。
39歳でデビュー。そこから16年の間に5作。寡作です。ですが、それだけ映画、音楽、本、絵画、漫画…なんやかんや好きなものが詰まって詰まって詰まって、考えぬいて生み出した作品。面白いです。
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2016年10月10日

たまりやとホテル

事務所のある九品仏の文化といえば言わずとしれたD&DEPARTMENT。D&Dは事務所から歩いて7〜8分の所にありお洒落若者の巣になってます。日本の古き良きものをカッコ良く見せた草分けですね。カリモク家具もここから広がりました。カリモクって言うとカッコ良いですが、本来の社名は刈谷木材。愛知県刈谷市に昔からある家具屋さん。刈谷木材だとなんだかローカル色たっぷりで田舎っぽいのに、カリモクになるとミッドセンチュリー色豊なオシャレメーカーになってしまう…不思議ですね。岡崎木材とか蒲郡木材なんてのがあってオカモクやらガマモクってやってもあぁはならなかったでしょう。製品とリンクした戦略があたったんですね。さてさてD&D。
実は最近はあんまり興味がなくなってしまい、近くにあってもあんまり行かなかったんですが、先日ちょこっと寄ってd design travelの愛知版を買ってきました。d design travelというのは48都道府県の見所を各県1冊ずつ発行している本です。
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その愛知版に、ブログやFBで偶々知り合った西尾のレストラン「たまりや料理店」が紹介されていると知り、手にいれてきました。「たまりや料理店」にはまだ伺ったことはないんですが、地産地消で地元の美味しいものが食べられる古民家レストラン。料理専門の小さな図書館もあるようです。気になった方はぜひ!
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本の中からのもう1枚は地元蒲郡のシンボル、蒲郡クラシックホテル。なんども登場させてますが、もともとは昭和4年創業の蒲郡ホテルです。廃業して蒲郡プリンスホテルになり、いまは蒲郡クラシックホテル。名前と経営者は変わりましたが昭和モダンのステキさはそのままに近代化産業遺産に認定されました。ひと安心です。実はうちの両親が結婚式第1号。昭和三十年代の田舎はホテルで式をあげるという習慣がなかったんでしょう。蒲郡を離れて30年以上経つというのに故郷というのは何かにつけて気になるもんです。
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2016年07月20日

花森だくさん

いよいよ朝ドラ「とと姉ちゃん」が「暮らしの手帖」へ向かいはじめました。はたして唐沢さんはスカートをはくのでしょうか?
今月の現在の「暮らしの手帖」にとと姉ちゃんが花森安治さんと作った創刊号(本物)の復刻本が付録でついてました。「暮らしの手帖」の前。まさにオンエア中の雑誌です。やはり終戦の翌年の1946年にファッションの本を出したってのがスゴイですね。
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自分が高校生や大学生の頃、もしかしたら花森さんが現役の頃とかも、本屋とか家で「暮らしの手帖」を見てはいたましたが、地味な主婦雑誌のひとつくらいの認識しかなく全く興味がなかったんです。ですが、グラフィックの仕事をするようになってから手書き文字がジワジワ来だし、あの古っぽい写真の印刷さえも魅力に思えてきて、今では仕事マイカップも花森イラストです。
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カレンダーなんかもここ10年くらいは花森さんになりました。今月はコレ。
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これまた偶然家に本誌がありました。1976年の 6、7月号。ちょうど40年前です。
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晩年の女性イラストシリーズです。値段は520円、今でいうと2000円くらいかな。けっこうします。でもしょうがないんです、広告がいっさいないんですから。
「暮らしの手帖」が一番素晴らしいのはこの広告がない、つまりどの商品も公平に扱えるということなんです。絶対真似のできない唯一の公平な目を持った雑誌です。広告がないからこそ出来る「暮らしの手帖」の企画に、商品テストがあります。各メーカーの商品をあらゆる角度から容赦なくテスト。これ以上の消費者目線はないですね。以前自分が広告をやっていたチャイルドシートがとりあげられていたことがありましたが、各メーカーのチャイルドシートを自動車につけて衝突テストをやってました。ハンパないです。
ついでにもうひとつ。毎年夏に神田である素人も参加できる古書入札会に、今年原画が出品されていました。
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34点で10万は安すぎると思い腰が浮きかけましたが…最終的にはかなりお高くなったようです。旬ですし、そりゃそうですね。これを見てて面白いのは文明というタイトルも毎号描いてるらしいこと。なんで毎号タイトルを書いたのか?解せん。…愛すべきこだわり変人です。
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2016年06月26日

大女優は撮らない、撮るかどうかはファッション次第だ

「私たちはいつもビルのために着るのよ」は
プラダを着た悪魔のモデル、ヴォーグの編集長アナ・ウィンターの言葉。

まっ青な作業服の上っ張り。二十何代目かの自転車。ニコンのアナログカメラ。カーネギーホールの上にあるスタジオが住処。50年以上ファッションをスナップでとらえてきた、写真家のビル・カニンガムさんが亡くなられました。
三年くらい前だったか、映画評論家でイラストレーターの石川三千花さんとお仕事の打合せした時の事。帰り際に図に乗って
「最近何かオススメ映画にありますか?」とお聞きしたら
「これが面白かったのよ〜」とチラシを渡されたのが
「ビル・カニンガム&ニューヨーク」
ビル・カニンガムさんのドキュメンタリー映画です。スゴク良かった。

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当時ワンディのコンタクトをしていたので、毎月のように駅前のメガネ屋さんに行っていました。そこにいつもちょっと攻撃的で面白いファッションの女の人がいたので
「今日も服が面白いね」と言うと
営業笑みで「ありがとうございます」と返してきました。それで
「ビル・カニンガム&ニューヨークっていう映画観た?面白いよ」ってつい喋っちゃったんですが、はじめて交わした私的な内容の会話がビル・カニンガム。あまりにも唐突だったのか引いていました。
彼女観たかなぁ。観ればいいのに…。今日の訃報のニュースを偶々彼女が目にし、奇跡的にオレの言葉を思い出さないかな。
ともかく観てない人はぜひ! マニアックでアーティスティックでスタイリッシュでファッションだけじゃなくデザインの本質がわかる映画。それとちょっとオシャレがしたくなるかも。
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2016年04月14日

マドレーヌの青春時代

ヴィンテージ家具のold maisonさんが、奈良にあるジェオグラフィーというカジュアルファッション店のリニューアルをやることになり、ちょっと面白いポスターの仕事をしました。リニューアルの内容が奇抜なんです。店内を映画「アメリ」をオマージュした架空の映画の撮影風景のようにしようというもの。そこでまず映画のタイトルとあらすじを考えてほしいと言われ考えました。映画のタイトルは「マドレーヌと366通の手紙」
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マドレーヌとは、「アメリ」に登場するアパートの管理人。「マドレーヌと366通の手紙」は彼女の若い頃を描く作品です。つまりアメリと出会う前の映画。「アメリ」のエピソード0というかスピンオフ作品ですね。細かいストーリーはライターに考えてもらいました。
以下ちょっと長いけど
STORY
マドレーヌ・ウォラスは、夕焼けのような赤毛に、細い手足をした女の子。
生まれたのは下町のアパルトマン。航海士の父はいつも海の上にいたから、小さなマドレーヌは母親と二人きり。少女になり恋に憧れた時、自分が生涯を共にする人は、いつもそばにいてくれる人がいい、とマドレーヌは思った。波乱万丈も贅沢も要らない、ただ、一緒にいることが幸せで、その人も私と一緒にいると幸せなら、それが一番大事だと。
ところが、20歳のマドレーヌが恋をした相手は、蜜月のさなか遠い戦地へ兵役に取られてしまい、二人の愛はたくさんの手紙で育まれることになった。なかなか届かない彼の手紙、でもそれらは甘く優しい愛の言葉で埋められていた。マドレーヌは幸せだった。そう、戦地から彼が戻るまでは。戦地から帰って商売を始めた彼は、それが軌道に乗ると、将来を誓ったマドレーヌを捨てて、南米へ仕事の旅に出かけてしまったのだ(秘書と一緒に)。 
マドレーヌは、一度だけ彼を待つことにした。しばらくすれば目が覚めて、私こそがかけがえのない存在だと彼は気づくだろう。そして、私の元に帰ってくる。きっと。そうしたら、何も聞かずにただ「おかえりなさい」と迎えよう。それからは、子どもの頃から夢見ていた、いつも一緒の日々を過ごせるのだから、と。
マドレーヌは彼に手紙を書いた。毎日、毎日。いいお天気で朝ごはんのオムレツが上手にできた嬉しい日も、飼っていた猫が死んだ悲しい日も。小さな出来事も全部。彼から返事がなくても構わなかった。手紙は、遠く離れていても想いは一緒、という、マドレーヌの心の支えだったから。なのに――。
ある日、マドレーヌの元に届いた報せは、彼が交通事故に遭い命を落とした、というものだった。その日、彼の帰りを一緒に待っていた黒い犬も死んだ。彼からの手紙はとうとう一通も来なかった。彼が遺したのは、親から受け継いだ旧いアパートだけ。管理人に収まったマドレーヌは、それからの独りぼっちの日々を、ただ涙を流すためだけに暮らした。どうして彼は帰ってこなかったのか、本当は誰を愛していたのか…、想いを片付けられぬまま、何年もが過ぎた。やがて、このアパートに、彼女が恋に落ちた頃と同じ年頃の、ちょっと変わった女の子・アメリが引っ越してくるまで…。(以下略)

こういうお話を撮るという設定でアパートの部屋や八百屋などのセットがジェオグラフィーの店内に展開します。このストーリーは店舗や広告などには全くでてこない内容ですが、ストーリーがないと企画に芯がなくなってしまうので大切なんです。アメリが大好きな人ならちょこっとわかってくれるかな。

マドレーヌとアメリの世界に生まれ変わったお店
ジェオグラフィー イオンモール橿原店は4月22日OPEN。 お近くの人はぜひ!
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2016年03月06日

坊主丸もうけ

高校時代の同級生に武内という物書きがいて、その彼から久しぶりに本を書いたので興味があったらぜひ…というメールがきました。三陸の被災地を、八戸から仙台までの海岸線400kmを自転車でたどって取材した本だそうです。すぐにAmazonしましたよ。こういう連絡は嬉しいしとても励みになります。

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高校時代の高校とは愛知県の愛知高校。愛知高校という名前がさも県立のようですが曹洞宗系の私立。いまは共学ですが、当時はマンモス男子校。1学年50人みっちりいて19クラスもありました。当然、青いも春も薄い高校なんで大人になって同窓する機会も期待もあまりなく、同級生でいまだに付き合っているのは二人だけです。一人は前にも登場した加藤。彼は下等という名で放送作家を長くやっていて、20代の頃は一緒にどっぷりお笑い芝居なんかやっていた仲間。そしてもう一人が文筆業の武内。武内とはお互い生存確認くらいしかしない仲ですが、そこはデザイナーの自分とは同じ穴のムジナ。遠くから不幸せな匂いをかぎあっては安心しあってます。貧乏〜?オレもだよ〜?薄くなった〜?オレも〜みたいな感じですかね。

高校の三年の時、当時の校長がとてもワンマンで、教員組合などに全く知らせず、独断で受験料などを値上げしてしまうという暴挙があり、それに憤慨した教員組合がストをするという事態になったんです。授業以外の時間に正面入口で座り込むといったスタイル。こちとらストというものを見るのは初めてでした。その座っている先生達の姿に影響受けたのか、加藤と武内と三人である企みをしました。それは高校の中心にある、県内でも三本の指に入るであろうかという1500人も収容できる馬鹿でかい大講堂のてっぺんに、「坊主丸もうけ」と書いた横断幕を真夜中に忍び込んで張ろうというものでした。うちが繊維関係で布は山ほどあるので、三人で何メートルずつ生成りの生地を持ち帰り、それぞれが縫って合わせ5m×10mくらいの幕を作りました。その後、守衛の見回り時間などを調べたりしてたんですが…結局そこまで。実行する勇気も度胸もなかったんでしょう。もっともやっていれば退学になり、その後どうなっていたのかしれません。ただあの時のちっぽけな反骨の疼きみたいなものが、その後の三人を巻かれない自由業の道に進ませたのかもしれません。

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2015年12月28日

ふたたびは進化する

2015年の仕事を振り返るとお芝居では再演のものが多く、どれも進化してました。
無名塾「バリモア」は稽古場で。80歳を越えた後の1年後です。なんとか無事にくらいに思っていましたが、なんのなんの現状維持どころか、笑っちゃうぐらいスゴかったです。どうとでも観てくれという怖さがありました。
加藤健一事務所は「バカのカベ」も再演ですが、進化という点では「滝沢家の内乱」。嫁のお路の成長譚という色合いがハッキリとわかるようになってました。忍さんの演技も良かったのですが、瀬さんを引き継いだ加藤さんの演出力が光った秀作です。
子供のためのシェイクスピアは「ロミオとジュリエット」。第一回作品の再演ですが、第一回は加納さんが演出されたようなんで初演としてもいいかもしれません。パリスと最後の部分の演出が山崎流の表現で面白かったです。若松力さんは子供にはなくてはならない存在になりました。来年は「オセロー」、これも再演。とても楽しみです。
小宮孝泰さんのひとり芝居「線路は続くよどこまでも」は再々々々々演くらいらしいですが、今回新しいキャラクターがひとつ加わってたようです。さらなる進化を目ざす鄭さんも小宮さんもステキです。本当に素晴らしい作品、もっともっとたくさんの人に観ていただき、もっともっと認められてほしいです。
今年初めて関わらせていただいたF/Tの中の「ブルーシート」。これは再演といっても、震災当時福島の高校生だった出演者が演じた作品で、彼らの現在の姿も反映されている作品です。なので厳密に言うと同じものではありません。観客も同じ時間を歩んでいるので時とともに感じ方も違ってきています。観客ひとりひとりに大きな宿題を持ち帰らせた優れた作品でした。飴屋さんを知ることが出来たのもF/Tに関わった収穫でした。

それから、大きな演劇イベントに関わることはほとんどないんですが、20年以上前に規模は小さいんですが「TOKYO演劇フェア」というのをやってた事がありました。93年は三茶でお世話になっているシェリーさん。これが彼と最初の仕事です。その前の年、92年はラフで象を出して通ったもんだから長野まで行ってサーカスの象を撮影しました。「いま日本にいる象の中で一番大きいです」とか言われてる中、カメラマンのアシスタントがビクビクしながら象の目の下で露出計っていました。昔の自分の作品を見るとダメな部分ももちろん多いんですが、無謀な強さもあります。今、象を撮るために長野に行けるか。これが来年の自問自答。話はずれましたが、自分が進化するためには やや無謀 な事が必要だなと考えてます。

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2015年11月02日

陸から北陸

3時からの「おれたちは天使じゃない」のゲネプロを観るのに東京駅10時半の新幹線で間に合っちゃう。ほぼ4時間で能登中島まで着けるなんて!北陸新幹線が出来て便利になりました。ほんと能登空港(のと里山空港)が出来る前は陸の孤島でした。その時は空港できてすっごく早くなり喜んでましたが、やっぱり飛行機って面倒くさい。羽田の能登便なんか空港の中でも最果ての果ての果てってくらいの場所ですし…こりゃあ危うし空…
(って行きは思ってましたが、帰りも新幹線にしたらつなぎは悪いし鈍行の新幹線しかなかったりで疲れました。行きは早くいける新幹線で行って、帰りは空港まで送ってもらって飛行機がベストかな。)
さて、なぜゲネプロ観に能登まで行くかって言うと、無名塾のパンフレットは途中で舞台写真入りに替えるからです。長くやる公演でないとこんなことは出来ません。再演でもない限り今観た芝居の写真が載ってるなんてないですからね。で、写真をレイアウトするにあたって本番をちゃんと観とかないとってことなんです。そこでカメラマンにお願いもできますし。

東京から北陸新幹線で金沢まで。北陸新幹線は“かがやき号” なんと言っても、停まるのが大宮の次が長野というのにビックリ。副都心線で新宿三丁目の次が池袋になった時に近い驚きがあります。座席間は広いし居心地良いですね。
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周りにいるグループが気になりました。なんか芝居の匂いがする。旅公演の役者移動じゃないかと勝手に思う。女の子マスクしてるし…面識ないけど一番年長の人が鴨川てんしさんじゃないかしら。一行は長野で降りる。長野なのか松本か…頑張ってください。妙に親近感。

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金沢からサンダーバードで和倉温泉まで。13号です。これが2とか3だったらワクワクしますね。1は人気薄っ。1はただのロケットにしか見えん。しかしサンダーバードに乗るって書くだけで昭和の人間は得した気分です。
和倉温泉からは、のと鉄道で能登中島まで。そこから能登演劇堂までは歩きかタクシー。能登演劇堂は図書館と隣接してるのにバスもないんです。車社会なのと採算が合わないせいなのでしょうか。バンみたいなのでいいからバスほしいなぁ。
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それと、のと鉄道が痛電になっててビックリしました。外装だけなら驚かないけどアナウンスがアニメキャラの芝居入り。苦手なんでちょっと勘弁でしたわ。 け し き と あ わ ん 。土日はアニヲタが集結するそうです。

劇場行ったらわれらが3011番が勲章を、一番良い勲章をいただいていてビックリ。
「おれたちは夢じゃない」かと思いました。(おれたちのたちは誰?)いやいや、とっくにもらっててもいいでしょう。
おめでとうございます!
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肝心のお芝居もとってもあったかく良いお芝居になってます。ぜひ!
タグ:無名塾
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2015年06月30日

スクラップといえば植草甚一さん

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世田谷文学館で「植草甚一スクラップ・ブック」という展示を見てきました。
植草さんの活躍したのは1950年代から1970年代だと思うのですが、後にも先にも映画、ジャズ、アメリカの小説なんかの分野で植草さんを超える物知りオタクはいないんじゃないんでしょうか?その時代の色んなカルチャーが植草さんの頭の中でゴチャゴチャにコラージュされ、それをスクラップして排出しているイメージ。でもステキで計算されている。ものスゴい人です。時代が前なので本当のところよくは知らないんですけどね。

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植草さんをはじめて知ったのは中学生の頃。その後背伸びして、晶文社から発行された「植草甚一スクラップ・ブック」という月刊本を買っておりました。その本には毎号、手書きの日記が載っている小冊子がついていました。神田のどこそこで本を十冊買っただの、締め切り飛ばして散歩してまた本を十冊買って重かっただの、他愛もないことがなんとも味のある文字でダラダラ書かれてるだけなんですが、それがとにかく面白かった。
本の方はというと、なにしろ植草さんの知識が豊富すぎて1ページの中に知らない映画や俳優や本なんかの話がわんさか出てくる。ひとつふたつなら飛ばすんですが、知らないの多いんで気になっちゃってなかなか読み進められない。面白そうな方向を示してくれてるのにこちらが無知というかレベルが違いすぎて共感するとこまでいかなかったんです。ちょっと子どもすぎました。それでいつか再読したいと思ってました。登場する映画を観、引用された作家の本をかじって、準備して植草さんの住む丘に登りたいと…ですが、たいして観ず読まずで何十年。

植草さんの集めたスクラップ素材  スクラップしていた机のイメージ
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今回わかりましたがそんなことは到底無理。自分には転がって落ちてきた石ころを眺めるだけで十分だったのです。まぁでも、全部は無理でも少しは登場する映画や本を触れてみよう、と思った次第。で、
展示の方はというと、世田谷文学館の人達の植草愛は伝わりました。ですが日記がほとんどなんで展示物のひとつひとつが小さいのが難点。どーしたらいいのかな?今ひとつ植草さんの世界が伝わりにくかったです。カオスの極致みたいな面白さが欲しかった。もっとゴチャゴチャで汚くてもいいかも。

四万冊といわれる蔵書の中で埋もれる植草さんと
お気に入りのTシャツ姿の植草さん
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タグ:植草甚一
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2015年06月22日

KODAKからFUJIFILMへ

今度は久しぶりにデジカメを買ったお話。前に持ってたデジカメがKODAKでこんどのはFUJIFILM。なんだかフィルムメーカーに縁があるようです。
FUJIFILMがカメラを出していたことさえ知らなかったんですが、デザイナーの友達の事務所で見た彼愛用のFUJIのカメラがステキだったのですっかり虜に。それから量販店に行く度にFUJIを意識するようになり、とうとうX30を買いました。気に入ったのは見た目と持った感じ、けっこうズッシリきます。このあたりのランクの機種ってどこもアナログ回帰のデザインばかり、その中で一番好みでした。上位機種の100Tも魅力的だったんですが、自分の力量と使いやすさで選びました。
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撮ってみると色々と気になる部分が出てきます。シャッター音はいただけないし、パキパキした色調は慣れるのに時間がかかりそう。F2.0(広角)~F2.8(望遠)は明るい、レンズが明るいってだけでモチベーション上がります。あとスーパーマクロの1cmは驚き。ほとんどくっついてる。お米に書いた文字とか撮ってみたいですわ。撮らないけど。それからそれから、へんてこなフィルターがいっぱいついてます。聞くと最近のデジカメはみんな付いてるそうです。みんな簡単に出来ちゃったら使えないですね。
パートカラー        トイカメラ
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ぼかしコントロール(右がそう)
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こんなのあると深度とか気にしなくなりますわ。まぁちゃんとレンズでぼかした方がキレイですけどね

とりあえず散歩のお供ができました。
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