2011年03月31日

3月 その2

14日
「炎の人」に実家の愛知の母親を呼んでいたので、断りの電話をする。
「ケセラセラで行こうよ」 ずっこけた。人は一面だけではない。
11.12.13日は都内の主な劇場が中止になった。その後同じ池袋でも、野田さんは劇場を開け、仲代さんは閉じた。それぞれの考えがあるのでどちらも正解であるだろう。文化、芸術、娯楽が悪と言う風潮にはなってほしくない。それが一番恐い。ただ演劇の灯を消したくないと野田さんや三谷さんはおっしゃっていたが、舞台を天災でやめることと灯が消えることと一緒だとは思えない。仲代さんの演劇の灯は燃え続けている。
野田さんの今度の芝居は2月に観てたのだが、ピンとこなかった。先日、大きくものを創りたいとおっしゃっているので、テーマも大きいのだろうが自分には伝わってこなかった。こんな大震災が起きた後に観た人はどう感じたのだろうか?わかりやすいまとまった芝居ばっかりの今、全部は理解できないけど、ぶちのめされるような舞台が観たい。 最終的には面白いか面白くないかだけしかない。
19日
加藤健一事務所の稽古場での撮影。
「滝沢家の内乱」滝沢家とは滝沢馬琴の家のこと。馬琴と息子の嫁の二人芝居。余震はあったが計画停電もなく撮影は無事終了。
21日
春分の日。催眠術の日(321)。そして誕生日。そんなことより
9日ぶりに救出されたおばあさんとお孫さんのニュース。よかったよかった。
24日
この日は三宿のスタジオで撮影。計画停電もなかった。スタッフと話すのはやはり地震のこと。自粛のこと。被災した方々のことを考えるとぜいたくも言えないが、広告、イベントなどが軒並み中止になり業界的には誰もが不安な毎日。あるお仕事を一生懸命やるしかない。能力的なこともあるが…。
31日
ユニセフの小さな図書館に本を送る
http://www.unicef.or.jp/kinkyu/japan/2011_0327.htm
プレゼンなどで集めた事務所にある絵本や児童書、家にあった絵本を持ち寄った。少しでも役立てることが見つかってうれしい。

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今回のとんでもない大災害。100年に一度と言っているけど、ひょっとしたら日本が出来てから最大かもしれない。そしてまだ終わっていない。これから先も不安だらけだ。
ただ東北のこどもたちは、思いやりのある良い子に育っていくことだろう。それだけは間違いない。
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3月 その1

9日
前進座創立80周年記念パーティー に出かけた。
1000人近い人でごったがえしている会場で三津五郎さんを見かける。八十助さん時代、保険会社の80周年の新聞広告に出ていただいたことを思いだした。
九州の演劇観賞会の方がいらしたのでご挨拶。やはり11日の無名塾公演「炎の人」の初日にもいらっしゃるようだ。
10日
加藤健一事務所の次の作品をやることになり、衣裳合わせに東京衣裳へ。衣裳屋さんや小道具屋さんに行くのはなんだか楽しい。俳優さんと一緒に、いろんなお芝居の衣裳が詰まった段ボールの間をぬけると畳二枚くらいしかないスペースに出た。その小さな部屋で着物の衣裳合わせなのだが、入ると真っ黄色の「炎の人」のチラシが目に飛び込んできた。衣裳さんのお顔に見覚えがある。そうだ、能登でお会いした衣裳さんだ。
「いまゲネやってますよ」「明日初日行きますか」
衣裳合わせの合間に、控えめにちょこちょこ話す。
思いがけなかったので嬉しかった。
11日
いつもよりいい格好をして出勤。公演は7時。ご飯食べてダラダラしてたら、グラグラっと来た。地震だ。ストーブを消し、ドアを開けて、だるまさんがころんだ状態で待つ。「けっこう大きいな」と感じたのだが、まだ余裕ぶっこいてた。とたん、グゥオラーと凄い揺れ。猿のシンバルのおもちゃが棚から落ちて騒ぎだす。バタバタと本が落ちる。あわててスリッパのまま明治通りに飛び出した。近所のビルから何百人もの人が出て来た。余震はしばらく続いた。はじめて体験した大きな揺れだった。
それでもまだ気持ちはのんびりしていた。事務所にはテレビがないし、大惨事だとは想像できていなかった。駅まで行ったが電車は動きそうもない。
どうする初日。確率は低いが、劇場が大丈夫ならお客さんが10人でも演るかもしれない。いたる所に電話するが携帯はおろか固定もつながらない。個人のブログやHPにも出ていない。そうこうするうちに5時を過ぎた。演るのか中止か。
恵比寿〜池袋サンシャイン劇場まで10キロくらい。明治通り1本だ。歩くか。途中でバスに乗れるか、また電車が動きだすかもしれない。マラソン選手なら30分で走れる距離。なんてことない…なんてことあった。運動不足もあり2時間半かかった。2幕からでもと考えて歩いていたのだが、劇場へつくとエスカレーターも止まっていて120パー中止の雰囲気。暗い…。一応挨拶だけと思って4Fの劇場へ。
「あれっどうしたんですか? 中止ですよ」みんなの顔は落ち着いている。騒動の波が引いておさまっている感じだ。松崎さんがお茶を出してくれた。一気に飲んで、堅苦しい上着を脱いで座ったら落ち着いた。
やはり中止だったか…。津波が凄いんですよ、進藤さんがテレビを見ながら教えてくれる。携帯のワンセグではよくわからなかったが半端じゃない。
一息ついてからまわりの様子を伺うと、役者さん達はどうやって帰るか、何台かの車に誰が乗れるのか算段をしてる最中。やさしい中山さんが、僕いいですよとか言ってて、誰が書いたのかホワイトボードの○○車の名前の一番上にオレの名前が…あっちゃー。すかさず
「帰ります」といって劇場を出た。「明日やるかどうかは五分五分です」と言いながら本郷さんが出口まで送ってくれた。KY…これこそKYだったなと帰り道反省。行きは急いでいたので疲れたが帰りはそんなでもなかった。道々お茶を配っている人、トイレを貸している店があった。往復したバカモノはオレだけだろうが、みんな自分の足で帰宅した。江戸時代は普通だったんだろうか。渋谷まで来ると電車が動いていた。
13日
五分五分…11日の夜の時点ではそんな感じだった。
大地震に大津波、そして原発で0になり、仲代さんが全公演中止を決めた。決断の早さ、潔さに驚いた。78歳、そのうちまた演ればいい はない年齢だ。舞台の出来も素晴らしかっただけに残念だが、一番演りたかったのは仲代さんなのだ。
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2011年02月04日

父のフクワ〜ウチ

 すっきりと晴れた朝。真冬の暖かい日は空気が澄んでいて、いつもより鳥の声が大きく感じる。ヒヨドリとシジュウカラがひときわ騒がしいのだが、あいつらが何かよこせと五月蝿くなると春が近い。春になれば食べ物も増えるので静かになるんだが、それはそれで寂しい。今は鳥が人に近いところで騒ぐ季節なのだ。
 駅までひたすらサッサカ歩いていると、道に白くて丸いものがパラパラと落ちているのが見えてきた。見渡すとあちこちにパラパラしている。そうか、節分の豆だ。通り沿いの家の窓から次々に投げられた豆。「オニハ〜ソト」子ども達の高い声とお父さんの大きな声。「オニハ〜ソト」今度は老夫婦の落ち着いた声。昨夜の家々の嬌声が目に浮かび愉しくなった。鳥たちはその豆はもう俺たちのものだ、早く行けと上からまた騒いでいる。

 父は節分を率先してやる人だったが「鬼は外」が嫌いだった。鬼を忌み嫌い、追いやることがしたくないというのだ。だから家の節分は、外には豆を撒かず家の中への「福は内」だけだった。昼間、幼稚園や小学校でさんざん鬼をやっつけてきたので納得はできないが、父には兄も私も妹も絶対服従でそれに習え。しょうがなく小さな声で「フクワ〜ウチ」。見えない強敵に弱点である豆をぶつけられず、釈然としなかった。ガラガラっと窓を開け、あらん限りの大声で「オニハ〜ソト」をやりたくてうずうずする。どちらかといえば、いやどちらか迷わず節分には「鬼は外」で鬼をやっつけることが楽しみなので、大きな声がでるはずもない。父親の大きなフクワ〜ウチと弱々しい小さなフクワ〜ウチ、それが我が家の節分だった。

 暮れのある夜のことだった。裏口で何か物音がするので私が出ると、見知らぬ小さなおじさんがニコニコしながら立っていた。ピンポンしてくれればいいのにと思いながら、名前を聞いて母に告げると、一瞬顔を曇らせて父につないだ。「誰?」母に聞くと、父親の幼なじみらしい。父は外でおじさんとしばらく話をしたあと、筆で書かれた紙を持って戻ってきた。父はなんとなくばつが悪そうだったが、その紙を見て
「あいつ小学校しか行ってないのに、宜敷くなんて漢字で書いてるよ」と笑いながら母に言った。母は紙も見ずに「知らないですよ」の一言。私が知ってるのはその一度きりだが、何度か来てたのかもしれない。たぶん無心なのだろうが父は嫌そうではなかった。

 亡くなって、もう十数年経つというのに、毎年二月三日が来ると、父の「フクワ〜ウチ」の大声を思い出す。人を嫌わず、福をひたすら呼び込もうとしていた父の事がやっと少しわかってきた。
タグ:節分
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2011年01月27日

いつでも、なんでも、いくらでも

ここんとこの不況の波は我々デザイナーにも押し寄せてきているので、年賀状とかメールのお返事とかには、「今年はいつでも、なんでも、いくらでもをスローガンにやってますのでドシドシお仕事ください」なんて書いている。
マス広告やっていた若い頃は、媒体が大きくなればそれにこした事はない、という変な意識があったけど、今は全くそんな考えはない。むしろ小さいモノ、予算の少ないモノの方がやりがいを感じることが多かったりする。かえって担当者が一生懸命で、気持ちの通じ合う速度も早いのだ。なので本当に「いつでも、なんでも、いくらでも」。声をかけていただいたことに感謝し、仕事を断ったことはほとんどといってない。
でも…ほんとになんでもでいいのか。昨日恵比寿のアトレの本屋でその本を見た時に考えさせられた。例のリンゼイさん事件の犯人の手記本だ。まだ判決も出てない時になぜ出す? 刑期が終わったあと、あるいは数年後かそれ以上か、加害者が反省を刑務所の中で書いて出版されたモノなどとは明らかに違う。売れればなんでもいいとしか考えられない。編集担当者のいやらしさにムカムカする。それをPOP付きの平積みで売る書店も書店だ。装丁家の名前を見てまたショックを受けた。装丁の仕事をしたことがある人なら誰でも知っている憧れの人だ。もともとは斬新な演劇のチラシデザインで売れっ子になりいきなりフリーになった人。この人の初期のチラシはほとんど持っている。自分がチラシのデザインをはじめた頃から表も裏もためつすがめつ参考にした人。
やってほしくなかった。
オレにはこれを売ることを促進させるためのアイデアはやっぱり出せない。
昔、原発の仕事が来た時にどーしてもできないと言って断った先輩がいた。新聞の15段だったので常務は怒っていたが、「あいつの気持ちもわかるよ」とおとがめは特になく常務がやっていた。もっと昔、チェルノブイリ事故の何年か後のこと、イタリアのホールトマト缶のパッケージイラストを断ったイラストレーターがいた。万が一もない確率だったが、口に入るトマトを美味しそうに描けなかったのだ。
それよりももっと今回のは、たちが悪いと思う。
信じられないのだが加害者をカッコいいと思ったりする若者がけっこういるらしい。それは別にどーでもいいのだが、そのけっこうに便乗して売れるかもしれないと目論む出版社、その装丁のデザインをするデザイナーはどーでもよくない。
幸い今までやるやらないを悩むような仕事に出会ったことがないので、基本は「いつでも、なんでも、いくらでも」ドシドシなんですが、たとえ貧しくても心根は捨てないでおこう。
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2011年01月20日

真冬の珍客

いよいよほっぺたがピリピリするくらい寒くなってきた。帰り道にわき目もふらずチャッチャカ歩く時もあれば、ダラダラあーでもないこーでもないと、なんとなく考えて歩く時もある。この間はあーでもないの日だった。あーでもない時は冬の色んな音がよく聞こえてくる。メインは人を建物の中に押しやる冷たい風の音だ。夜10時を過ぎていたから尚更だった。風は木々の間をすり抜け、枝にふんばってついている葉っぱを落とすのに一生懸命。アスファルトの地面にはあきらめた葉っぱがクルンクルンしている。
今は枯れた生気のないコゲ茶の世界に見えているが、あと3カ月もすると全てがキミドリ色の生命力で埋め尽くされる。この繰り返しが1年なのだ。年々この繰り返しが不思議に思えてきてならない。自分が繰り返さないからだろうか。
家へは駅から一本道。最後に右へ曲がったらあとはいくらもない。
その最後の角の手前に、ものすごく大きな桜の木を囲んで建っているマンションがある。桜の幹の一番太い部分は4mくらいはあるだろうか。保存樹木クラスだ。桜の季節が楽しみなんだが、マンションが桜を囲むように出来てからはあまり楽しめなくなった。仲間はずれにされたようでなんだかシャクにさわる。
桜まで来た、あと少し。
今晩も寒風の中、桜は堂々としてるな、
そう感じた時、マンションの外にある、四角い金属のゴミ箱横の暗がりからガサコソ音がする。
「猫かな」と思って立ち止まった。
猫が年々好きになり道々の猫を見ずにはいられない。
ポケットの中から携帯を出して光を当ててみる。
小さい、子猫かな…子猫とわかるとよけい見たくなる。
今度は携帯のカメラにして撮影ライトで照らしてみた。
「額の真ん中に真っ白なラインが」
鼻立てすぎでしょ   って
「ハクビシンだ」

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一昨年の秋にいちじくを食いあさっている姿をチラッと見たことはあっても、
こんなに近くで見たのははじめてだ。
顔、手足、しっぽは黒く、胴体はグレー。体長は30cmくらい。子供だ。
「カワイイ」
しかしこんな寒空に大丈夫なんだろうか? 0度ですよ、たぶん。
田舎ではクマが人里に、都会ではハクビシンがマンションに出没する。
いやハクビシンがいる時点でもはや田舎グループに入っているのかな。
調べてみると駆除される動物らしく、嫌われものらしいが元は人間が放したものだろう。なんとか冬をどこかで乗り越えてほしい。
野良犬はいなくなり、外にいる動物といえば野良猫だけなので、違うイキモノに出会うとなんだか嬉しくなる。
帰り道はダラダラあーでもないで帰ろう。
タグ:ハクビシン
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2011年01月05日

2011年が明けました。おめでとうございます。

2000も11年になりました。母校の東洋大は惜しくも負けました。来年はやってくれるでしょう。しかしなんですなぁ。小学生の時に思った2011年はこんな感じじゃなかったです。宇宙旅行は当たり前、少なくとも車は空をビュンビュン飛んでいるはずでした。今から43年前の1968年に公開された映画、「2001年宇宙の旅」を観た時に2001年にはこうなるのかと真剣に思っていた。(自分が観たのは1970年代後半の完全版)なのでさらに10年経った2011年なんて想像も出来ないくらい進んでいるに違いなかったんです。それが…徐々に進化しているのでわからないかもしれないですが…そんなには40年前とは変わってないですね。近未来なデザインよりも古いもの好きなんでむしろ嬉しいんですけどね。
そもそも機能とデザインは一致する必要があるのか、と考えています。電気自動車はなぜ丸っこいのか?昭和な車で中だけハイテクでいいんじゃないかと思うんです。ちょっと前にキムタクのカローラのCMがあって過去と現在のデザイン比較みたいなことやってましたが(前に書いたかも)、断然昔の方がカッコいい。
家電なんかでも丸くてボタンや文字も丸くてでかすぎるっていうのがイヤなんです。ユニバーサルデザインを簡単だけに考えてはいけないとも思います。たとえば先端デザインぽくなくってクラシックなデザインなのに、中身はすんごい能力という風になったらいいのにという風にです。
ただすべてがそうなっていくと、外側だけみたらいつの時代かわからなくなるのが難ですね。

年初めのご挨拶というと年賀状。いつも拙いオリジナルでご挨拶させていただいてます。作る時の自分の中のルールみたいなのがあって、基本は写真。アイデアは干支を匂わせる事と、ものすごくお仕事頑張りますよ〜な感じを出す事。できれば干支の動物はださないでおきたいんですが、思いっきり出ちゃう時もあります。
今年は月うさぎの餅つき。アイデアは今一つなんですが力技で押し切りました。
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撮影には小道具探しから。まずちっちゃい臼がどこかにあるんじゃないかと思って探しました。北海道の臼屋さんが「笑うっす」というミニチュアの臼を作っているのを見つけ臼を注文。完成品は座布団、目、はちまきなんかがついてます。そして餅は自由が丘にある昭和な商店街、自由が丘ひかり街にある和菓子屋さん「大文字」さんに協力いただき、撮影当日できるだけこんもり丸形につくってもらったものをクネクネコネコネ、手を思いっきりベタベタネトネトあーだこーだいいながら撮影。撮影は自信がなかったのでカメラマンに頼んじゃいました。あ〜こんなことに申し訳ない。
ちなみに去年のは、ちびくろさんぼのバターになっちゃった虎。
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思いっきりバターになるまで頑張りまっす!の意が込められていたのですが…仕事的にはバターまではならなかったかなぁ。もっと走らないとダメですね。逆にお腹にバターがついてきちゃってますわ。このバターもCGではなく、2つの液体を合わせるとニャラニャラになる樹脂でつくりました。今見るとCGでも全然大丈夫な感じ。CGでやったのでいうと何年か前の酉年のコレ。
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ひよこにトサカが生えて順調のはずだったのに、厳しくていまだにピヨピヨ喘いでおります。
こんなのも出てきました。事務所を始めた頃の10年前、蛇年のヤツ。
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恵比寿神社で撮りました。懐かしいなぁ。
さてさて、今年のうさぎ年。皆様にはつきがいっぱいありますように…
いつもより多めにつかさせていただいております!
いつでも、なんでも、お手伝いできそうなことあったら声かけてください。
今年も宜しくお願いいたします。
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2010年12月14日

気になったらすぐ聞く、聞く

街を歩いていてお店屋さんに入った時なんですが、気になった曲があると、割とためらいも恥じらいなく、すぐ聞きます。おセンスいい方の耳の関所をくぐり抜けているのでけっこう当たりがあります。そんでもってすぐ密林へ

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まずはPSAPP 代官山を歩いていた時のこと。脇道のコジャレタSHOPからオモシロコジャレ系の曲が流れていて、ついつい誘われるようにお店の中へ…曲名はお店の中をぐるりとひやかしてから聞きました。。
流れていたのは「PSAPP」の7曲目「curuncula」。この遊牧の曲芸団を想わせるメロディが好きになり最近また「PSAPP」の別のアルバムを買いました。SHOPでは聞くだけではなんなのでTシャツを買いました。襟がノビるのが嫌いなのです。だから「このTシャツ、襟ノビないですか、大丈夫ですか」としつこく聞き、「これは大丈夫です!」と言ってたのにノビたので今や寝間着に格下げになっちゃいました。

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次はAKIKOさんの「Little Miss Jazz And Jive」これは横浜のランドマーク近くの地下街のSHOP。6曲目の「MR.SANDMAN」がかかってました。、パット・バラードの1954年の作品。四人組女性コーラスグループのザ・コーデッツが歌って大ヒットしたナンバーです。コーデッツの「MR.SANDMAN」もかなりオシャレ。曲は前から知っていて好きな曲だったのですが、ますます好きになりました。お店では黄色いTシャツをゲット。「炎の人」のデザインをしている時、モチベーション上げるためにけっこう着ていたのですが、ちょうどその頃やってた24時間テレビとモロかぶりなことに気づき急速にテンションが落ちました。

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「DAY&NAIGHT」と「cure jazz」は自由が丘の愛すべきラーメン屋「ひぶすま屋」さんで聞いたもの。お店にはhibu jazzという名の付いたおセンスが良いCDが何枚かあり、2曲ともその中に入ってました。これおきゃくさんがセレクトして作ってくれたそうです。おそるべき、ひぶすま常連。
「DAY&NAIGHT」の方で流れていたのは、achordionの9曲目「night&day」。ご存知コール・ポーターの名曲です。night&dayなんですが、なぜか日差しが入り込むぬくぬくした朝に合います。
「cure jazz」はUAと天才ジャズサックス奏者の菊地成孔のコラボアルバム。オシャレです。流れていたのは6曲目「Ordinary fool」。映画「ダウンタウン物語」でヒロインが歌った曲だそうです。最終曲の「Nature d’eau」も好み。
この4枚見てみるとリラックスしたコジャレタJAZZっぽいものばかり。暑苦しいのは苦手なのよねぇ。
ちなみに「ひぶすま屋」さんはおつまみもラーメンも美味しいんですが、Tシャツは売ってません。
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2010年12月09日

「冬の詩」に想う

松田龍平さんと黒木メイサさんが詩を読むCMが流れていて気になった。
言葉が、文体が、体温を持っている。あたたかい生きた言葉だ。
商品が背景にあって、何かにもたれかかっている広告の言葉とはあきらかに違う。調べたら、高村光太郎の「冬の詩」だった。

冬だ、冬だ、何処もかも冬だ
見わたすかぎり冬だ
再び僕に会ひに来た硬骨な冬
冬よ、冬よ
躍れ、叫べ、僕の手を握れ

このあとずっと冬の情景を掴みとっていく長い詩だ。

広告としてはズルい。でも敵わないと感じた。
ちょっと前に浅葉克美さんが「くわさわ生活」と書かれた筆文字を持っているポスターがあった。これはパロディで、元ネタは西武の広告。ウッディ・アレンが「おいしい生活」と書いた筆文字を持っているヤツだ。糸井さんのコピーで当時は画期的であった。ただ今それをもじられても誰も覚えちゃいないし感慨もない。普通の人は見てもわからないし、業界の人だってピンとこないだろう。そもそも今「おいしい生活」というコピーがあっても驚かないかもしれない。コピーはその時代の一瞬に強烈に表現されるが、長くは持たない。言葉が独り立ちすることはないような気がする。

それに比べて詩人の詩は何十年経ってもあせることなく心の深い所にジンワリジンワリ溜まっていく。
何年か前にネスカフェのCMが谷川俊太郎さんの詩を使ったことがあった。
商品の記憶はもう遠くなったが、情景を持った言葉はいつまでも残っている。

「朝のリレー」谷川俊太郎

カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる

それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ
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2010年11月12日

瓦礫になったタコ

恵比寿の事務所から歩いてすぐ、ほんとに1分の所に公園がある。公園に向かう角を曲がるとピンクのタコが腕をにょろにょろのばしていて腕の中を子どもたちが遊んでいる。通称タコ公園だ。恵比寿に住んでたり仕事している人なら誰でも知っているタコ公園。ガーデンプレイスや恵比寿像とまではいかないが、ちっちゃなランドマークであることには間違いない。メーデーの時なんか、「集合タコ公園」なんて張り紙がしてあったりする。当然子どもに大人気。登ったりすべったりもぐったりしていて、子どもたちの基地になっていた。
その公園の前を昼間通ったら、毎日必ず目入っていたタコの姿が見えない。タコが瓦礫になっていたのだ。なんだかとても切ない気持ちになった。リニューアルの為の工事らしいが、こんな壊し方でいいのか腹が立ってくる。昭和33年の開園当時からシンボルだったタコ。実に50年以上、僕が生まれる前からここにいたわけだ。
よくロケをやってた。よくお花見をやってた。よくいろんな人がお弁当食べてた。本当に壊さなければならなかったのか。新しいタコが出来るようだが壊したものはもう戻らない。へんなキャラクタータコになるような気がしてならない。昭和の匂いも消えるだろう。ピカピカしてれば喜ぶだろう的な傲慢さがまたここにも見える。もしどうしても壊さなければならないとしたら、ちゃんと告知をしてお別れの猶予期間をとるべきではなかったのか。子どもじみてるかもしれないが、文化はこういう所から滅び、確実につまらなくなっていく。

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2010年11月10日

ゴッホのグルグルが見たいのだ

国立新美術館で開催中の「ゴッホ展」見てきました。無名塾公演の「炎の人」に関わってから、すっかりゴッホ、どっぷりゴッホです。展覧会の感想はと言うと、良かったのは良かったんですが、驚きはしませんでした。期待が大きかった分、いまひとつな印象でした。ゴッホって怖いもの見たさの所があるんです。ゴッホの狂気が手招きしてる世界、常人が理解できない簡単には踏み込めない世界、そこが見たいわけです。テンテンウネウネグルグルがいいんです。その狂気の時代(アルル〜サン=レミ〜オーヴェール)の作品が少なくて、ちょっと肩すかしでした。
2010ゴッホ展カタログ    2005ゴッホ展カタログ
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以前2005年に見たゴッホ展が凄かった印象だったので尚更です。5年前は「夜のカフェテラス」「黄色い家」などの傑作+「糸杉と星の見える道」など、狂気のグルグルに吸い込まれそうになる名作がありました。あまりジッと見ていると、どこかに連れ去られてそうになってしまうほどです。恐ろしいナニカがあって絵の前から動けなくなりました。グルグルはなくても「黄色い家」なんかもどこかパースがちょっとおかしい。そのおかしさが底知れない魅力なんです。それに今回は他の作家の作品も今ひとつでした。ゴーガンの作品もアルル時代ものがないんです。。ゴーガンと暮らした部屋を再現するなら、その時の二人の交流がわかる作品を持って来てほしいですね。浮世絵にしてもゴッホが模写したものと本物の並列でなければあまり意味がありません。
考えて見ればゴッホ没後120年は、世界的にも没後120年。オランダに本部隊がいて各国に小部隊が派遣されていることでしょう。多くを望んではダメですね。それからお借りするのに色んな美術館の作品っを持ってくるってわけにもいかない事もあるかも。
印象派の展覧会としてみてもこないだのオルセーの方が良かったかなぁ。
オルセーカタログ
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同じテーマのものの比較にもってこいのーゴッホ全油彩画集
(印刷の絵の色が良くないのですが、なにしろ全ての絵が載っています。)
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じゃあゴッホ展でどんなんが見たいかというと…例えばルーランの家族を描いた全ての絵画とかジヌー夫人の連作+ゴーガンのジヌー夫人、そして現存するひまわり全てとかって無理なのかしらん。そういうの並べて見てみたいし、それから「オーヴェールの教会」や「カラスのいる風景」なんかの狂気のるつぼ見たいなのもなぁ。やっぱり現地に行かないといかんかな。
無名塾の「炎の人」のポスターに使わさせていただいたひまわりは、新宿の損保ジャパン東郷青児美術館にありますが、これは良いですよ。ポスターの画像は、お借りしたデュープ(コピー)ポジフィルムなので、絵具の立体感はそんなに無いですし、人物(仲代さん)と馴染ませるためにわざと黄と赤が強く出していますが、単体で見たら本物は格別です。ゴッホがひまわりに宿って狂気が手招きしています。
「炎の人」の舞台上にも実際に油絵具やアクリル絵具で描かれた、ゴッホの絵の模写が数点いくつか登場します。模写の多いゴッホの模写というわけです。その中のひとつにバックがエメラルドグリーンっぽい「ひまわり」(ゴッホ全油彩画集野表紙の絵)があり、劇中ゴッホにキャンバスを切り裂かれてしまいます。なのでこの絵だけは、全公演回数分必要になるわけです。これ、初演の頃は切り裂かれる数分を(公演回数分)毎回油絵具で描いていたそうです。しかも油だと乾くと切れなくなるので直前に半乾きの状態のモノを用意していたそうです。すごい事です。つい、絵の制作をなさっているSさんに「印刷ではダメだったんですか?」と聞いたら、
「本物の方が、絵を切り裂くゴッホ役の俳優さんの、ためらいに違いが出てくるんじゃないかしら」という答えでした。愚問でした。 
かの黒澤明が「赤ひげ」の時、ズラーっと並んだ漢方の薬箪笥の全部の引き出しにちゃんと薬を入れたそうです。一度も開けるシーンがないのにです。部屋のこもる匂いが違うからだそうです。 できるできないはあるのでしょうが、そういう気持ちは持っていたいもんですね。
事務所には今回集めたゴッホ関係本でまだ読んでないのがいくつかあるので、まだまだどっぷりゴッホです。
父親が持ってた
小林秀雄の「ゴッホの手紙」 こちらは書簡集(テオ宛)
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2010年10月26日

今年のドラマは『火の魚』

「東京ドラマアウォード2010」が25日発表され、連続ドラマ部門のグランプリに『JIN-仁-』が選ばれたようです。単発ドラマ部門のグランプリは『わが家の歴史』。普段ドラマはあんまり見ないのですが、偶然にも受賞作は全て(『龍馬伝』はトビトビですが)観てました。『JIN』は最後のぐずぐず感がちょっといただけなかったのですが、全体としては良かったです。惜しいのは美術や衣裳。『龍馬伝』の衣裳やカメラがすごくよかったので、比べてしまうと(綾瀬さんのピンクの着物とか)…?でした。主役の大沢さんは今まであまりいいと印象がなかったのですが、見直しました。しかし『SP』もそうですが、ドラマってあきらかにつづくだったり、映画を観てねだったり、そういう儲け主義見え見えのってヤですね。○○の巻でしたって感じでちゃんと終わってほしいですわ。単発ドラマの『わが家の歴史』はちょっと論外。三谷さんの作り物感がちょっと自分がダメになってきているかも。はっきりいってどこが面白いのかわからなかったです。家族に見えない。向田邦子シリーズなんかと比べると…?。面白かった方すみません。
ワタシが単発ドラマ部門のグランプリを選ぶとしたら断然『火の魚』
これはすごくよかったです。最近観たものの中では抜群。再放送と2回観ましたが、もう一度観たいですね。話が面白いんです。また、やったらぜひ!
その他の主な個人賞は
主演男優賞 大沢たかお(『JIN-仁-』)
主演女優賞 松雪泰子(『Mother』)
助演男優賞 香川照之(『龍馬伝』)
助演女優賞 尾野真千子(『火の魚』、『Mother』)
演出賞 黒崎博(『火の魚』)
脚本賞 坂元裕二(『Mother』)
アジア賞 『JIN-仁-』
特別賞 『龍馬伝』撮影チーム、芦田愛菜
『火の魚』、『Mother』、『JIN-仁-』、『龍馬伝』どれも自分が面白かったと思うものばかりです。おかしな作品が入ってなくて良かった。いいものはいいんですね。安心安心、なにに安心してるかわかりませんが…
あえて言うなら助演女優賞は田中裕子さん『Mother』ですかね。尾野真千子さんのはどちらかというと『火の魚』ですが、『火の魚』は助演というか主演だなぁ。すごく良かったですけどね。主演男優賞の大沢たかおさんは文句ないですが『火の魚』の原田芳雄さんも良かった。まぁ『火の魚』がとにかく好みなんですわ。香川照之さんは何やってもうまくって賞とっちゃうので、もうベストジーニスト賞みたいに助演賞卒業にしたらどうですかね。


タグ:火の魚
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2010年10月21日

やったモノは見に行きます

基本的にはデザインしたものは見に行き、その都度猛省しております。装丁したらば本屋に行き、ポスターやったらば貼られているのを見に行きます。もちろんチラシを作った芝居も極力観ます。写真は三茶de大道芸のフラッグ。このロゴは9年くらい前に作りました。街中がこの黄色いフラッグとポスターでいっぱいで、ウレシ、ハズカシ、クスグッタクなります。見に行かないと周囲とのバランスがわからないのです。以外と小さかったり、逆に出しゃばりすぎていたり、別のツールがあった方がいいと感じたり、現場に行けば必ず色んな発見があります。
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お芝居も観に行く時、芝居の出来上がりに対して、自分たちの作った制作物はこれで良かったのかといつも心配になります。それがプロローグとして間違ってなかったとしても、芝居の中の出来上がってきた人物と撮影時の人物の温度差は必ず出ます。なるべく差がないようにと願うばかりなのです。たとえば無名塾の場合、稽古が始まる何ヶ月も前に撮影をします。今回の場合はゴッホに扮した仲代さんの撮影。かなりゴッホを意識して、作り物っぽくならないように万全を期してやりました。ですが、あたり前のことですが舞台写真と比べると残念ながら負けています。それが役者が登場人物になりきったという事なのでしょう。
仲代さんはポスター撮影終了時には必ず
「ポスターだけが良かったって言われるな」とおっしゃいます。
ですが、思いっきり裏切られます。この裏切りは気持ちの良い裏切りです。ポスター撮影時にけっこうゴッホになってたなぁと思ってたのが、まだゴくらいだったんだと思わされるのです。芝居の面白さを再認識させてくれる事でもあります。ゴッホになりきるための7sの減量と2〜3カ月の猛稽古にかなうわけがありません。稽古をしてキャスト、スタッフ全員の前へ進む努力が人物を作り上げるのです。なので芝居作りの前に終わった自分の仕事を見ると、ちょっと取り残された気にもなります。じゃあ、例えば再演ものがあって、前の舞台写真を使いましょう と言われるとそれはそれでちょっとヤなんです。いいに決まってるからですし、自分の仕事を助けてもらった気もしちゃいます。デザイナーも偏屈ですね。
あとどーでもいい事ですが今回の「炎の人」は負けられない相手もありました。去年、色んな演劇賞を取った市村さんゴッホの「炎の人」。強敵です、来年、そちらも再演がありますし、なんと言っても塾出身の益岡さんがゴーガン。演出も栗山さんと鵜山さんという演劇界を代表する演出家が、がっぷり四つ。市村ゴッホは、他のキャストも名の知れた俳優さんが多いのに対して、無名塾は塾生、塾員だけ。意識するなと言われても意識しました。毎日、そちらのきれいでステキなチラシとパンフレットを机の端に置き悶々と考えました。こういう時に一番に考えるのは、チラシでもパンフレットでも、デザイン性ではなく、作品ならではのお客さんへの伝わり方です。伝わりやすいか?ならではになっているか? その部分ではそこそこいけたかと自分では思っているんですけどね…。
芝居の出来については、贔屓目ではなく無名塾は負けてはいませんでした。むしろ作品の力が無名塾の方にあったように感じました。今プロデュース公演ばかりですが、劇団(集団)としての力っていうのがやっぱりあるなっと思います。仲代ゴッホの集中力すさまじいですし。鵜山さんの演出もリアルで面白いです。市村ゴッホを観られた方にもぜひ観劇してほしい作品です。
写真は能登演劇堂。ゲネプロ後、舞台上に初日用に道具をセットしているところ、美術はキャンバスです。
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またまた関係ないことですが、事務所で夏から育てていたアサガオが今週になってやっと咲きました。ここ何日かあきらめて水もやらなかったのにけなげです。ベランダの中なので道行く人の目を和ませることはできませんでしたが、なに事もあきらめちゃダメですね。
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2010年08月09日

ラブリーひょうちゃん

愛知の実家にいた頃です。横浜のおばさんが買ってきてくれるお土産はいつも崎陽軒のシウマイでした。面白い顔の描いてある醤油入れと先に貝がついたようじがついていて、つめたいまま食べてました。あっためて食べたことはなかったなぁ。
顔のあるひょうたんみたいな形の醤油入れ。愛称はひょうちゃん。その当時はふたがコルクでした。ひょうちゃんは入ってないけど、今でもシウマイ弁当は好きです。タケノコやアンズにいたるまで、シウマイ以外のおかずのレパートリーも申し分ないですが、なにより経木ってとこがいいですね。ふたについたごはんつぶを割り箸でゴシゴシ。やっぱりプラスチックじゃご飯が美味しくないですわ。
さてひょうちゃんです。ひょうちゃんは大小があり、たくさん入ったシウマイ買わないと大は入ってないので小ばっかりあつまっちゃいます。ひょうちゃんの完成度、魅力は大には到底かなわないですね。
ワタシはコレクターではないのですが事務所のSさんがファンでしてコレクションしてます。最近手に入れたものから少し
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3つが大で最後のが小です。
これらは漫画家の横山隆一氏の復刻ひょうちゃんで、今発売されているものです。
このひょうひょうとしたラフさこそがひょうちゃん。愛らしい。なぜこの絵なのか全くわからないものもあり、カテゴリーにしばられない不思議さがなんともいえないですね。これが生活シーンとかバリエーションがはっきりわかるように計算されて作られてたら面白くないですね。内容が思うがままのグダグダかげんがステキです。
あくまで好みですが、2代目ひょうちゃんの原田治氏作品は、ワタクシ的にはちょっと×なんです。女子高生向けというかなんというかファンシーって奥行きや面白みにかけるように感じます。すみません。その他、2008年に100周年記念で発売されたアンクルトリスで有名な柳原良平氏モノがあります。
これは大小7種類ずつあるようですがオシャレでとってもステキですね。欲しい〜! ぜひ箸置きにしたいです。

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2010年06月26日

失敗した時思う事

毎週、何かしら入稿して、何かしら印刷して納品していると、気をつけているつもりでも失敗があります。絶対あってはいけない事なんですが、最後のチェックが足りずに失敗します。不吉な電話はたいてい朝かかってきます。起きて携帯見て、立て続けの着信履歴を見つけた時は、不吉を受け入れる覚悟が必要です。ゾッとします。デザイン段階のこともあるし印刷でのこともあります。先日も印刷段階で一つあり、刷り直しました。厳密には自分の失敗ではないんですが印刷も管理しているので責任はあります。迷惑もかけるし収入も減るので凄くショックですが、こういう失敗する度に思いだす教えられた言葉が二つあります。
一つはスポーツウェアのカタログで大失敗した時の事です。カタログが納品されて、出来をスタッフから誉められ、みんなでニマニマして刷り上がり見ている時に、一人静かに現実に引き戻されました。サッ〜と音が聞こえるくらい血の気が引きました。。ズラーッと並んだウェアの中に一つだけロゴが逆に付いているんです。思いっきりわかりやすい逆判!その時はポジフィルムでしたが、裏表逆に入稿していて色校でも気がつかなかったのです。
もちろん刷り直し。そしてクライアントに謝りに行った時のことです。なんとクライアントの社長から「いや〜申し訳ない。何度も見たのに気づかなかったよ」
と逆に謝られました。その事を戻って当時の社長に伝えると「ミスをした時に今までの付き合い方がわかる。険悪にならない付き合いをしなくちゃダメなんだ。」と教えられました。次が無くなってはオシマイだからです。
もう一つは大手広告代理店と仕事をしていた時の事。営業のオリエンの方向性を信じて時間をかけてプレゼンしたんですが、オリエンが間違っていてプレゼンがやり直しになったのです。オリエンの失敗です。時間もないのでふてくされて怒っていたら、同僚に言われました。「よかったじゃん。もう一回いい案考えられるんだから」もっといい案を考えられるチャンスだと言うんです。その同僚は若くして亡くなりましたが失敗する度に顔を思いだします。なかなかそこまではすぐ切り替えられないんですけど目が覚めました。
失敗しない方がいいに決まっています。ただ失敗した時、失敗するまでの相手との付き合い方、そして失敗した時に、前向きにもっといいモノを目指す姿勢が大切だと教えられました。
今回も刷り直す時、現場のスタッフに、「どうせ刷り直すんだから前よりよくしよう」と声をかけて、みんなで相談しながらやったんで微妙ですが良くなりました。…なった気がしています。
まぁ元来、チェックが甘くミスが多い方なんでそっちの改善が一番なんですけどね。刷り上がったモノなんて誤植や間違いが怖くてまず見ないですわ。
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2010年02月05日

横綱はハンとなれ

お相撲が子どもの時からすきなんです。以前は国技館にもちょくちょく行きました。
30年以上前のことですが、郷土の蒲郡に玉の海という早世した51代の横綱がいました。玉の海が小結の時、それまで一門同士しかあたらなかった取り組みが部屋別総当たりに変わった試合で、同じ一門の兄弟子の48代横綱大鵬を破りました。八百長や申し合わせがなかった証拠です。そしてこれが現在の部屋別総当たりを定着させたと言われています。奇しくも話題の二所ノ関一門です。それからはなかなか大鵬に勝てませんでしたが、玉の海にとって大鵬は、尊敬し慕い目標とする一門の先輩でした。玉の海が横綱になって全勝優勝を飾った7月場所後のことです。体調不良を訴え、調べると盲腸になっていることがわかりました。早急な手術が必要な状態だったのですが、横綱としての責任感と、9月場所後に大鵬の引退相撲が控えていて、休場すれば大鵬の引退相撲にも出場できなくなることから強行出場したのです。そして引退相撲のあと緊急入院、手術したのですが病状が悪化し、亡くなりました。横綱在位中のこと、まだ27才でした。
自分の病気を悪化させるまで我慢することはけっして良くないことですが、世話になった兄弟子大鵬の引退相撲に出席できないことは考えられなかったのでしょう。現在の医療技術なら助かっていたらしいので、そのことも含めて残念です。

65代横綱の貴乃花が理事になり、会見で温故知新という言葉を使っていました。彼には伝統や一門、兄弟、師弟、礼節などのいいところは残し、改革をしていってほしいです。大鵬さんに相談しているところがいいですね。全ての一門が政治の派閥なんかと混同されて、あってはいけないものだという方向にはいってほしくはないです。

68代の朝青龍は大鵬さんの言うことも聞かなかったようです。品格のことが取り出さされていますが、品格という言葉の解釈が彼には難しかったのかもしれません。一番強い横綱こそ謙虚であり、親方や先輩の言う事を素直に聞く、それが尊敬され愛される横綱になれるのではないでしょうか。
土俵上のガッツポーズも取りざたされました。これはどうなんでしょう。前にも書きましたが、東京オリンピックの柔道無差別級で日本を破り金メダルを取ったアントン・ヘーシンクは見事でした。(生で見ているわけではなく、TVの特番で見ました)勝負が決まった時、畳の上のヘーシンクに喜んでハグしようと駆け寄ったオランダの柔道関係者を、彼は右手を上げて来るなと制止したのです。その真剣な顔。喜びは顔にはありません。畳の上が神聖な場所であり、敗れたものへの礼儀こそが武道だからです。
69代の後輩横綱、白鵬の涙は真実でした。同郷の先輩横綱のことを偽りなく想っていました。彼は品格のある横綱に育っていくかもしれません。

ハンになれなかった朝青龍。ハンはモンゴルの英雄チンギスハンのことではなく範のことです。横綱は若い力士の模範、手本とならなければいけません。大相撲何百年の中でたった69人しかいない横綱、大鵬さんからでも20人しか出ていません。次の横綱はいつ出るのか、強くて模範となる人を望みます。
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2010年01月28日

キャッツとドック

朝たまたまテレビをつけたら「木更津キャッツアイ」再放送のオジーが亡くなった後をやっていて、またまた偶然一番好きなシーンでした。バンビともーこが歩いているとこの会話シーンなんです。
バンビ「ぶっさんさ〜、もーこさ〜、オジーってさ〜」
もーこ「誰?、誰の話すんの?」
すごい! クドカンのスゴさがわかるすごい台詞です。バンビが色んなことを悩んでいて頭の中をグルグルしちゃってる感じがすごくよくわかる。こりゃなかなか書ける台詞じゃないですよ。実は「木更津キャッツアイ」って最近になって知り合いからDVDボックスを借りて観たくらいのキャッツ新参者なんです。それまではクドカンのは観ても驚かなかったし、話の流れがパターン化されることが多くてそんなに好きじゃなかったんですが、「キャッツ」の面白さにはほんとビックリしました。人が亡くなる話で、その人と周りの人との関わりの話。ものすごく軽いのにものすごく重い。スゴイ。
ぶっさんほどではないけど、知り合いの中にも40代で早世された人も何人かいます。自分もだんだん年をとると、運動しないせいもありますが、体の調子も今ひとつになってきちゃってる。「お元気ですか」という年賀状の常套句見ても、つい自問しちゃいます。「元気、と胸張っては言えんな」なんて…。老眼始まったり、髪も少なくなったりも、ものすごく心配なんですが体の内部はもっと心配。
それで、年末に人間ドックやったら、腸がひっかかり、大腸内視鏡検査してきました。胃カメラの逆です。これ、検査準備のお腹を空っぽにするのが辛かった。2日に渡って下剤飲むんです。信じられない。前日飲む下剤も辛かったんですが、当日の下剤の量が半端じゃない。なにしろ水に薄めて1800cc。一升瓶です。どーでもいいことですが一升飲む関取なんかの気がしれない。無意味に半分くらい日田天領水にしてみたんだがやはり無意味でした。やっと落ち着いたお腹をなだめすかしてほうほうの体で病院に着くと
「売店でスリットパンツを買ってください」と言われます。スリットという響きにトリックの高橋ひとみがやったスリット美智子が目に浮かび、思わずニヤニヤしてしまいましたが、今はそんな悠長な時ではないのでレジ裏にあったスリットを買い求め、お尻をスリットにして、いざ内視鏡室へ。
ベッドで横になり、画像が映し出されいよいよミクロの決死圏が始まりました。
何となく気まずいので、つい「ミクロの決死圏みたいですね〜」とどーでもいいこと話したら先生がマニアらしく、よけいな水むけちゃってすごく食いついてきたんです。それで妙に気が安らぎました。 
しばらくするとちょっとお化粧の濃い目の看護婦さんが
「ガス○×▲ごにょごにょ」言ってるのが聞こえる
なんだかよくわからないので黙ってると また
「ガス○×▲ごにょごにょ」 もしかしてと思って
「オ、ナラですか〜」と聞くと
こんどははっきりした大きな声で「オナラしてください!」
「オナラ?」そういや少しもよおしてきてます。
でも出口の真ん前10cmに検査技師の先生のお顔が…こりゃ無理だろと思い
「いや〜、大丈夫です」と答えると、これには今度は先生が
「我慢しないでオナラばんばんしてください! 臭くないですから…内がキレイなんでただの空気です」と言われました。
臭くない? 空気ってことなないだろうけど、そうか一升下剤で臭くないんだ 日田天領水も入っているからちょっといい空気かも なんてまたニヤニヤ思ってたんですが結局オナラしなかったし肝心の腸も大丈夫でした。 
キャッツの話がいつの間にかオナラの話に…すみません
健康が一番ですね。
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2010年01月06日

野口久光さんで暮れて、柏原竜二くんで明けました。

平成が22年になりました。西暦が2010年。末尾がいつもわかんなくなります。ジャンボの億の間には残念ながら、招待されませんでしたので正月から別人になることも叶わず、いつもと同じ毎日が始まります。いいこともありました。母校の東洋大が柏原君の快走で箱根2連覇。彼は高校時代、高校駅伝やインターハイ、国体に出たことのない無名の選手です。そこがいいですね。お仕事関係仲間で東洋大出身のイラストレーターの、アミーゴさん、伊野さん、喜びましょう。祝いましょう。東洋といえばいまや坂口安吾、植木等そして箱根の山は天下の柏原竜二です。彼のいる、あと2年は安泰ですな。

イラストレーターといえば、暮れにワタシにとってのカリスマ、最も尊敬する野口久光氏のポスター展に行ってまいりました。トリュフォー監督が絶賛した「大人は判ってくれない」の現物ありましたよ。トリハダもんです。いつか手に入れたいです。
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やはり野口久光展は良かったですわ〜。究極の手書きポスターに囲まれて幸せな時間でしたよ。なにが良いって彼の映画に対する愛情がすごく伝わってくる、それがいい。描いてある映画の一番魅力的な部分が美しく美しく描かれています。そしてあたたかい。やはりデジタルはアナログに敵いっこないです。全て手書き、これにつきますね。すんばらしい。

ジュラール・フィリップの代表作。
画家モジリアニの一生を描いた傑作「モンパルナスの灯」
冒険者たちで有名な強面No1リノ・バンチェラが画商役、いい味だしてます。
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ペペルモコ、ジャン・ギャバンです。印象的なラスト、感動もんです。
ジャン・ギャバンに影響されてゴロワーズを吸い始めた
エエカッコシのお父さんも多かったとか…フィルターないんでペッペしないと
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ジャン・ギャバンは渋く、バルドーは可愛く
見事に魅力を描き分けてらっしゃいます
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1点だけ「旅情」の原画も展示されていました。原画はB2のポスターと全く同じサイズで描かれていました。2枚の同じ絵。1枚がポスター、1枚が原画。色はやはり原画の方が良かったです。あたり前のことですがポスターと同じサイズで描くという事そのものが原点だと改めて感じました。我々はポスターを作る時、パソコンの画面上で作業しているので、B2の原寸に拡大出力して、張り合わせ、壁に貼り「あ〜もすこし大きくだな」とか「名前デカッ」とか言いながら、あーだこーだ試行錯誤するんですが、最初から貼られる大きさで作るっていうのが素晴らしい。
図録も、もちろん買いましたが色がいまひとつ。ポスターという印刷物のまた印刷になるので画質が落ちちゃうのはしょうがないんですが、もう少し丁寧にやってほしかった。と思っているのはワタシだけでしょう。
オレにやらせてくれ〜
タグ:野口久光
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2009年12月18日

宝くじで買った史上最低のお宝

ジャンボは必ず買っています。扉はノックしないと開かないからね。ロト6もほぼ一年同じ番号を買っています。買わない日に限って来るような脅迫観念に捕らわれてるからです。それでも忘れる日はままあって「あ〜当たってたらどうしよう。あ〜2億が〜」とくやしがりながら当選番号見るんですが、これまた見当外れな番号ばかり。ロト6なんて買っても買わなくてもめったに当たるもんじゃありません。もちろんジャンボだってめったにどころか万が一なんですが、これがどうしたことか知り合いの知り合いくらいに300万〜1000万くらいも高額当選者がチラホラいらっしゃいます。うらやましい限りです。かく言うワタシも何年か前のサマージャンボで10万円当たりました。何等か忘れましたが前後とかじゃなく番号が全部当たってなくちゃいけないヤツでした。
夜中の2時頃でしたか、新聞の当選番号案内をだらだらな〜んとなく見てたんですが、思わず立ち上がって「オッー」って声出ちゃいました。全部の番号が合っているっていうのは格別ですね。で、そのお金にいくばくか足して買ったのがコレ、エド・ウッドコレクションという映画チラシの原画です。天才スズキコージ画伯の本物です。迫力が半端ないです。
原画
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この絵を買う前にチラシの方を何年か前に見ていました。チラシの絵がとてもステキだったからです。
ティム・バートン監督でジョニーデップ主演の映画「エド・ウッド」は、史上最低の映画監督エド・ウッドの自伝映画でとってもいい映画でしたが、こっちは本家のダメ監督エド・ウッドの映画の3本立ての映画。「エド・ウッド」公開の後、本家も観よう上映がユーロスペース系でありまして吉祥寺で観ました。「プラン9フロム・アウタースペース」、「グレンとグレンダ」、「怪物の花嫁」というキワモノ代表作3本。面白かったです。登場人物が真夜中に森に入ったのに、出てくると時間が経ったとかでもなく昼になってる。まさにムチャクチャ。セットもちゃっちい。でもこの元を観るとティム・バートンの「エド・ウッド」がもっと面白くなります。そしてこの時のスズキコージさんが描いたチラシがすばらしくてチラシもコレクションし、絵もずっと頭に残っていました。
チラシ
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それからジャンボが当たり、その10日くらい後に偶然近所でやっていたスズキコージさんの個展で本物にお目にかかり、うれしくてうれしくて、ジャンボが当たったんだからと自分にいいきかせ清水から飛び降りたわけです。部屋に飾るタイプの絵ではないし、そもそも絵画とは違いますが、とっても気に入っています。それで誰か家に来た時に特別展示するんですが、いまんとこ誰〜も興味しめさないんだなぁ。
まっみんなが好きになっちゃうのも史上最低の価値が上がっちゃうようでつまらないからいいんですけどね。
今年また当たったらどうしようかしら…。
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2009年12月11日

さんぼますたー?

今年も年賀状作りという憂うつな時期がやってきました。いいアイデアがなかなか出なくって、12月入ったらもう気分が落ちこんじゃってダメ。仕事のことより悩みの種です。来年の干支の虎のモチーフに絞って考えてるんですがダメ。願わくば虎を出さずに虎をイメージさせて、なおかつ前向きなり、やる気が出してる感があるようなのが望ましいんですけどね。
色々考えたり、ボーッっとしたり、ボーッっとしながら考えたりしてたんですが、ふと「ちびくろ・さんぼ」のバターになったトラはどうだ!とヒラメキました。そう、さんぼますたーとはバンドではなく絵本の事なんです。すみません。そんで、なんとなくいけるような錯覚がして、さっそく原本をヤフオクで買いました。絶版前のと復刻のと2冊です。
「ちびくろ・さんぼ」は、もともとはスコットランド人のヘレン・バンナーマンという人が、インドに滞在していた時に自分の子供たちのために書いた手作りの絵本だったそうです。それが1899年に知人によってイギリスでバンナーマンの書いた絵のままで出版されたのですが、またたく間にいろんな海賊版が出回ってしまいました。

バンナーマンの描いたさんぼ、ギャグ漫画っぽいですな
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その当時はちゃんとしてなくって、「ちびくろ・さんぼ」は著作権がないとみなされてしまったからです─悲しいですなぁ。私たちが知っている岩波書店から(昭和28年、初版)出版されてたのもその中の一つ。岩波版の売り上げが120万部とものすごかったもんだから、海賊版なのに定本オリジナルになってしまいました。それから月日が経って、差別やらなんやらで問題になり、1988年に岩波版はじめ他の「さんぼ」もすべて自主絶版となったわけです。
なんで大丈夫になったのかわかりませんが、岩波版の復刻版は瑞雲舎から2005年に出てました。今回その二つを取り寄せてわかったんですが、面白いことに違ってる所があるんです。
まずタイトルのロゴ書体が違う。昔の方がいいですねぇ。

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あと文章が微妙に違っているとこが何カ所かあります。例をあげると
おなかが へっていましたのでね。→おなかが すいていたのでね。
そんな表現の違いを見ながら、翻訳家に許可取ってちゃんと変えているのかな、なんて思ってたらすごいのがありました。
さんぼの食べたホットケーキの数が違う!

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196?169?これは大問題じゃないですか〜
そもそも食べ過ぎも食べ過ぎなんですけどね。これがホットケーキ屋の一日の売り上げだったら大繁盛ですよ。ちなみにホットケーキの1枚あたりのカロリー調べると約280キロカロリー、196枚だと54880キロカロリー、169枚に減ると47320キロカロリー。どうでもいいことですが、7560キロカロリー減です。ギャル曽根さんにいつか挑戦してもらいたいものです。169枚は無理だと思うけどどうだろ。そんで、この違いがどうしても気になって瑞雲舎に電話かけて聞いたところ「岩波さんが間違えてたんだよ〜」とのことでした。まっそんなことかなとは思ってましたが面白かったです。
しかし、改めて読んで見ると、この「ちびくろ・さんぼ」、話自体面白いんですけど、どこに共感もったらいいのかわからないへんてこなお話ですよね。トラがバターになるわっきゃないし、169枚もホットケーキ食べるわっきゃない。冗談ですがホットケーキ食べ過ぎでお腹こわすこどもが出やしないか心配にすらなりますよ。自分が読んだ時のことは忘れているので、こどもが初めて読んだらどう感じるのかどこが面白いのか気になりますわ。姪っ子に聞いてみようかな。
さて肝心の年賀状はいまひとつの感じなんですが、さんぼますたーになったのでヨシとしますかね。
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2009年12月06日

還暦ムーンライダーズ

こないだ水道橋のJCBホールのムーンライダーズライブに行ってまいりました。新しいアルバム「TOKYO 7」のナンバー中心です。

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ライダーズは結成33年でメンバーはほぼ全員還暦。ワタシは15年くらい通っとります。こうなったら古希くらいまではやって欲しいですわ。ライブっつってもライダーズオジサンたちのちょっと下のオジサンオバサンが座って見られる楽なコンサートです。雰囲気はくせ者ですかね。ライブ自体は「白井良明とムーンライダーズ」って呼んでもいいくらい良明色が強くなりすぎててその辺がもひとつワタクシの趣味と違いました。まあ一番演奏がうまいからしょうがないんですけど良明さんの盛り上げなしのも見てみたいです。
今回アリーナに張り出し舞台があり、その近くの席だったんです。そこでメンバーが1フレーズごとに回して歌い繋いでいく「6つの来し方行く末」というアルバムのラストを飾る曲があったんです。いやぁこんなに近くで見られてラッキーって思ってたら、なにやら歌いながらみんな携帯見てるんです。一瞬このいいとこで何を不謹慎なと思ったんですが、携帯で歌詞見ながら歌ってたんです。慶一さんは黒、博文さんはグレーの携帯でした。多分文字最大にしてることでしょう。携帯持つ腕はいっぱいいっぱいのびきってました。
新しいアルバムのメイン曲なんで覚えてほしいところですけど面白かったです。まあ全体として肩のこらない楽しいライブでした。と書きたいとこですがぁ、隣に非常識で自分勝手なオヤジがいて実はハラタツノリでしたわ。なにしろ酔っ払ってるのかガンガンぶつかってくる。やたらウルサい。知ってる曲は全歌詞耳元で大声で歌う。お前の歌なんて聞きたくないんだよマッタク。
慶一さん頼むから知ってる曲あったら一緒に歌いましょうって言わないでください。ああいう手合いは図にのって迷惑なんですよう。
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