2010年11月10日

ゴッホのグルグルが見たいのだ

国立新美術館で開催中の「ゴッホ展」見てきました。無名塾公演の「炎の人」に関わってから、すっかりゴッホ、どっぷりゴッホです。展覧会の感想はと言うと、良かったのは良かったんですが、驚きはしませんでした。期待が大きかった分、いまひとつな印象でした。ゴッホって怖いもの見たさの所があるんです。ゴッホの狂気が手招きしてる世界、常人が理解できない簡単には踏み込めない世界、そこが見たいわけです。テンテンウネウネグルグルがいいんです。その狂気の時代(アルル〜サン=レミ〜オーヴェール)の作品が少なくて、ちょっと肩すかしでした。
2010ゴッホ展カタログ    2005ゴッホ展カタログ
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以前2005年に見たゴッホ展が凄かった印象だったので尚更です。5年前は「夜のカフェテラス」「黄色い家」などの傑作+「糸杉と星の見える道」など、狂気のグルグルに吸い込まれそうになる名作がありました。あまりジッと見ていると、どこかに連れ去られてそうになってしまうほどです。恐ろしいナニカがあって絵の前から動けなくなりました。グルグルはなくても「黄色い家」なんかもどこかパースがちょっとおかしい。そのおかしさが底知れない魅力なんです。それに今回は他の作家の作品も今ひとつでした。ゴーガンの作品もアルル時代ものがないんです。。ゴーガンと暮らした部屋を再現するなら、その時の二人の交流がわかる作品を持って来てほしいですね。浮世絵にしてもゴッホが模写したものと本物の並列でなければあまり意味がありません。
考えて見ればゴッホ没後120年は、世界的にも没後120年。オランダに本部隊がいて各国に小部隊が派遣されていることでしょう。多くを望んではダメですね。それからお借りするのに色んな美術館の作品っを持ってくるってわけにもいかない事もあるかも。
印象派の展覧会としてみてもこないだのオルセーの方が良かったかなぁ。
オルセーカタログ
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同じテーマのものの比較にもってこいのーゴッホ全油彩画集
(印刷の絵の色が良くないのですが、なにしろ全ての絵が載っています。)
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じゃあゴッホ展でどんなんが見たいかというと…例えばルーランの家族を描いた全ての絵画とかジヌー夫人の連作+ゴーガンのジヌー夫人、そして現存するひまわり全てとかって無理なのかしらん。そういうの並べて見てみたいし、それから「オーヴェールの教会」や「カラスのいる風景」なんかの狂気のるつぼ見たいなのもなぁ。やっぱり現地に行かないといかんかな。
無名塾の「炎の人」のポスターに使わさせていただいたひまわりは、新宿の損保ジャパン東郷青児美術館にありますが、これは良いですよ。ポスターの画像は、お借りしたデュープ(コピー)ポジフィルムなので、絵具の立体感はそんなに無いですし、人物(仲代さん)と馴染ませるためにわざと黄と赤が強く出していますが、単体で見たら本物は格別です。ゴッホがひまわりに宿って狂気が手招きしています。
「炎の人」の舞台上にも実際に油絵具やアクリル絵具で描かれた、ゴッホの絵の模写が数点いくつか登場します。模写の多いゴッホの模写というわけです。その中のひとつにバックがエメラルドグリーンっぽい「ひまわり」(ゴッホ全油彩画集野表紙の絵)があり、劇中ゴッホにキャンバスを切り裂かれてしまいます。なのでこの絵だけは、全公演回数分必要になるわけです。これ、初演の頃は切り裂かれる数分を(公演回数分)毎回油絵具で描いていたそうです。しかも油だと乾くと切れなくなるので直前に半乾きの状態のモノを用意していたそうです。すごい事です。つい、絵の制作をなさっているSさんに「印刷ではダメだったんですか?」と聞いたら、
「本物の方が、絵を切り裂くゴッホ役の俳優さんの、ためらいに違いが出てくるんじゃないかしら」という答えでした。愚問でした。 
かの黒澤明が「赤ひげ」の時、ズラーっと並んだ漢方の薬箪笥の全部の引き出しにちゃんと薬を入れたそうです。一度も開けるシーンがないのにです。部屋のこもる匂いが違うからだそうです。 できるできないはあるのでしょうが、そういう気持ちは持っていたいもんですね。
事務所には今回集めたゴッホ関係本でまだ読んでないのがいくつかあるので、まだまだどっぷりゴッホです。
父親が持ってた
小林秀雄の「ゴッホの手紙」 こちらは書簡集(テオ宛)
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2010年10月26日

今年のドラマは『火の魚』

「東京ドラマアウォード2010」が25日発表され、連続ドラマ部門のグランプリに『JIN-仁-』が選ばれたようです。単発ドラマ部門のグランプリは『わが家の歴史』。普段ドラマはあんまり見ないのですが、偶然にも受賞作は全て(『龍馬伝』はトビトビですが)観てました。『JIN』は最後のぐずぐず感がちょっといただけなかったのですが、全体としては良かったです。惜しいのは美術や衣裳。『龍馬伝』の衣裳やカメラがすごくよかったので、比べてしまうと(綾瀬さんのピンクの着物とか)…?でした。主役の大沢さんは今まであまりいいと印象がなかったのですが、見直しました。しかし『SP』もそうですが、ドラマってあきらかにつづくだったり、映画を観てねだったり、そういう儲け主義見え見えのってヤですね。○○の巻でしたって感じでちゃんと終わってほしいですわ。単発ドラマの『わが家の歴史』はちょっと論外。三谷さんの作り物感がちょっと自分がダメになってきているかも。はっきりいってどこが面白いのかわからなかったです。家族に見えない。向田邦子シリーズなんかと比べると…?。面白かった方すみません。
ワタシが単発ドラマ部門のグランプリを選ぶとしたら断然『火の魚』
これはすごくよかったです。最近観たものの中では抜群。再放送と2回観ましたが、もう一度観たいですね。話が面白いんです。また、やったらぜひ!
その他の主な個人賞は
主演男優賞 大沢たかお(『JIN-仁-』)
主演女優賞 松雪泰子(『Mother』)
助演男優賞 香川照之(『龍馬伝』)
助演女優賞 尾野真千子(『火の魚』、『Mother』)
演出賞 黒崎博(『火の魚』)
脚本賞 坂元裕二(『Mother』)
アジア賞 『JIN-仁-』
特別賞 『龍馬伝』撮影チーム、芦田愛菜
『火の魚』、『Mother』、『JIN-仁-』、『龍馬伝』どれも自分が面白かったと思うものばかりです。おかしな作品が入ってなくて良かった。いいものはいいんですね。安心安心、なにに安心してるかわかりませんが…
あえて言うなら助演女優賞は田中裕子さん『Mother』ですかね。尾野真千子さんのはどちらかというと『火の魚』ですが、『火の魚』は助演というか主演だなぁ。すごく良かったですけどね。主演男優賞の大沢たかおさんは文句ないですが『火の魚』の原田芳雄さんも良かった。まぁ『火の魚』がとにかく好みなんですわ。香川照之さんは何やってもうまくって賞とっちゃうので、もうベストジーニスト賞みたいに助演賞卒業にしたらどうですかね。


タグ:火の魚
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2010年10月21日

やったモノは見に行きます

基本的にはデザインしたものは見に行き、その都度猛省しております。装丁したらば本屋に行き、ポスターやったらば貼られているのを見に行きます。もちろんチラシを作った芝居も極力観ます。写真は三茶de大道芸のフラッグ。このロゴは9年くらい前に作りました。街中がこの黄色いフラッグとポスターでいっぱいで、ウレシ、ハズカシ、クスグッタクなります。見に行かないと周囲とのバランスがわからないのです。以外と小さかったり、逆に出しゃばりすぎていたり、別のツールがあった方がいいと感じたり、現場に行けば必ず色んな発見があります。
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お芝居も観に行く時、芝居の出来上がりに対して、自分たちの作った制作物はこれで良かったのかといつも心配になります。それがプロローグとして間違ってなかったとしても、芝居の中の出来上がってきた人物と撮影時の人物の温度差は必ず出ます。なるべく差がないようにと願うばかりなのです。たとえば無名塾の場合、稽古が始まる何ヶ月も前に撮影をします。今回の場合はゴッホに扮した仲代さんの撮影。かなりゴッホを意識して、作り物っぽくならないように万全を期してやりました。ですが、あたり前のことですが舞台写真と比べると残念ながら負けています。それが役者が登場人物になりきったという事なのでしょう。
仲代さんはポスター撮影終了時には必ず
「ポスターだけが良かったって言われるな」とおっしゃいます。
ですが、思いっきり裏切られます。この裏切りは気持ちの良い裏切りです。ポスター撮影時にけっこうゴッホになってたなぁと思ってたのが、まだゴくらいだったんだと思わされるのです。芝居の面白さを再認識させてくれる事でもあります。ゴッホになりきるための7sの減量と2〜3カ月の猛稽古にかなうわけがありません。稽古をしてキャスト、スタッフ全員の前へ進む努力が人物を作り上げるのです。なので芝居作りの前に終わった自分の仕事を見ると、ちょっと取り残された気にもなります。じゃあ、例えば再演ものがあって、前の舞台写真を使いましょう と言われるとそれはそれでちょっとヤなんです。いいに決まってるからですし、自分の仕事を助けてもらった気もしちゃいます。デザイナーも偏屈ですね。
あとどーでもいい事ですが今回の「炎の人」は負けられない相手もありました。去年、色んな演劇賞を取った市村さんゴッホの「炎の人」。強敵です、来年、そちらも再演がありますし、なんと言っても塾出身の益岡さんがゴーガン。演出も栗山さんと鵜山さんという演劇界を代表する演出家が、がっぷり四つ。市村ゴッホは、他のキャストも名の知れた俳優さんが多いのに対して、無名塾は塾生、塾員だけ。意識するなと言われても意識しました。毎日、そちらのきれいでステキなチラシとパンフレットを机の端に置き悶々と考えました。こういう時に一番に考えるのは、チラシでもパンフレットでも、デザイン性ではなく、作品ならではのお客さんへの伝わり方です。伝わりやすいか?ならではになっているか? その部分ではそこそこいけたかと自分では思っているんですけどね…。
芝居の出来については、贔屓目ではなく無名塾は負けてはいませんでした。むしろ作品の力が無名塾の方にあったように感じました。今プロデュース公演ばかりですが、劇団(集団)としての力っていうのがやっぱりあるなっと思います。仲代ゴッホの集中力すさまじいですし。鵜山さんの演出もリアルで面白いです。市村ゴッホを観られた方にもぜひ観劇してほしい作品です。
写真は能登演劇堂。ゲネプロ後、舞台上に初日用に道具をセットしているところ、美術はキャンバスです。
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またまた関係ないことですが、事務所で夏から育てていたアサガオが今週になってやっと咲きました。ここ何日かあきらめて水もやらなかったのにけなげです。ベランダの中なので道行く人の目を和ませることはできませんでしたが、なに事もあきらめちゃダメですね。
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2010年08月09日

ラブリーひょうちゃん

愛知の実家にいた頃です。横浜のおばさんが買ってきてくれるお土産はいつも崎陽軒のシウマイでした。面白い顔の描いてある醤油入れと先に貝がついたようじがついていて、つめたいまま食べてました。あっためて食べたことはなかったなぁ。
顔のあるひょうたんみたいな形の醤油入れ。愛称はひょうちゃん。その当時はふたがコルクでした。ひょうちゃんは入ってないけど、今でもシウマイ弁当は好きです。タケノコやアンズにいたるまで、シウマイ以外のおかずのレパートリーも申し分ないですが、なにより経木ってとこがいいですね。ふたについたごはんつぶを割り箸でゴシゴシ。やっぱりプラスチックじゃご飯が美味しくないですわ。
さてひょうちゃんです。ひょうちゃんは大小があり、たくさん入ったシウマイ買わないと大は入ってないので小ばっかりあつまっちゃいます。ひょうちゃんの完成度、魅力は大には到底かなわないですね。
ワタシはコレクターではないのですが事務所のSさんがファンでしてコレクションしてます。最近手に入れたものから少し
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3つが大で最後のが小です。
これらは漫画家の横山隆一氏の復刻ひょうちゃんで、今発売されているものです。
このひょうひょうとしたラフさこそがひょうちゃん。愛らしい。なぜこの絵なのか全くわからないものもあり、カテゴリーにしばられない不思議さがなんともいえないですね。これが生活シーンとかバリエーションがはっきりわかるように計算されて作られてたら面白くないですね。内容が思うがままのグダグダかげんがステキです。
あくまで好みですが、2代目ひょうちゃんの原田治氏作品は、ワタクシ的にはちょっと×なんです。女子高生向けというかなんというかファンシーって奥行きや面白みにかけるように感じます。すみません。その他、2008年に100周年記念で発売されたアンクルトリスで有名な柳原良平氏モノがあります。
これは大小7種類ずつあるようですがオシャレでとってもステキですね。欲しい〜! ぜひ箸置きにしたいです。

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2010年06月26日

失敗した時思う事

毎週、何かしら入稿して、何かしら印刷して納品していると、気をつけているつもりでも失敗があります。絶対あってはいけない事なんですが、最後のチェックが足りずに失敗します。不吉な電話はたいてい朝かかってきます。起きて携帯見て、立て続けの着信履歴を見つけた時は、不吉を受け入れる覚悟が必要です。ゾッとします。デザイン段階のこともあるし印刷でのこともあります。先日も印刷段階で一つあり、刷り直しました。厳密には自分の失敗ではないんですが印刷も管理しているので責任はあります。迷惑もかけるし収入も減るので凄くショックですが、こういう失敗する度に思いだす教えられた言葉が二つあります。
一つはスポーツウェアのカタログで大失敗した時の事です。カタログが納品されて、出来をスタッフから誉められ、みんなでニマニマして刷り上がり見ている時に、一人静かに現実に引き戻されました。サッ〜と音が聞こえるくらい血の気が引きました。。ズラーッと並んだウェアの中に一つだけロゴが逆に付いているんです。思いっきりわかりやすい逆判!その時はポジフィルムでしたが、裏表逆に入稿していて色校でも気がつかなかったのです。
もちろん刷り直し。そしてクライアントに謝りに行った時のことです。なんとクライアントの社長から「いや〜申し訳ない。何度も見たのに気づかなかったよ」
と逆に謝られました。その事を戻って当時の社長に伝えると「ミスをした時に今までの付き合い方がわかる。険悪にならない付き合いをしなくちゃダメなんだ。」と教えられました。次が無くなってはオシマイだからです。
もう一つは大手広告代理店と仕事をしていた時の事。営業のオリエンの方向性を信じて時間をかけてプレゼンしたんですが、オリエンが間違っていてプレゼンがやり直しになったのです。オリエンの失敗です。時間もないのでふてくされて怒っていたら、同僚に言われました。「よかったじゃん。もう一回いい案考えられるんだから」もっといい案を考えられるチャンスだと言うんです。その同僚は若くして亡くなりましたが失敗する度に顔を思いだします。なかなかそこまではすぐ切り替えられないんですけど目が覚めました。
失敗しない方がいいに決まっています。ただ失敗した時、失敗するまでの相手との付き合い方、そして失敗した時に、前向きにもっといいモノを目指す姿勢が大切だと教えられました。
今回も刷り直す時、現場のスタッフに、「どうせ刷り直すんだから前よりよくしよう」と声をかけて、みんなで相談しながらやったんで微妙ですが良くなりました。…なった気がしています。
まぁ元来、チェックが甘くミスが多い方なんでそっちの改善が一番なんですけどね。刷り上がったモノなんて誤植や間違いが怖くてまず見ないですわ。
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2010年02月05日

横綱はハンとなれ

お相撲が子どもの時からすきなんです。以前は国技館にもちょくちょく行きました。
30年以上前のことですが、郷土の蒲郡に玉の海という早世した51代の横綱がいました。玉の海が小結の時、それまで一門同士しかあたらなかった取り組みが部屋別総当たりに変わった試合で、同じ一門の兄弟子の48代横綱大鵬を破りました。八百長や申し合わせがなかった証拠です。そしてこれが現在の部屋別総当たりを定着させたと言われています。奇しくも話題の二所ノ関一門です。それからはなかなか大鵬に勝てませんでしたが、玉の海にとって大鵬は、尊敬し慕い目標とする一門の先輩でした。玉の海が横綱になって全勝優勝を飾った7月場所後のことです。体調不良を訴え、調べると盲腸になっていることがわかりました。早急な手術が必要な状態だったのですが、横綱としての責任感と、9月場所後に大鵬の引退相撲が控えていて、休場すれば大鵬の引退相撲にも出場できなくなることから強行出場したのです。そして引退相撲のあと緊急入院、手術したのですが病状が悪化し、亡くなりました。横綱在位中のこと、まだ27才でした。
自分の病気を悪化させるまで我慢することはけっして良くないことですが、世話になった兄弟子大鵬の引退相撲に出席できないことは考えられなかったのでしょう。現在の医療技術なら助かっていたらしいので、そのことも含めて残念です。

65代横綱の貴乃花が理事になり、会見で温故知新という言葉を使っていました。彼には伝統や一門、兄弟、師弟、礼節などのいいところは残し、改革をしていってほしいです。大鵬さんに相談しているところがいいですね。全ての一門が政治の派閥なんかと混同されて、あってはいけないものだという方向にはいってほしくはないです。

68代の朝青龍は大鵬さんの言うことも聞かなかったようです。品格のことが取り出さされていますが、品格という言葉の解釈が彼には難しかったのかもしれません。一番強い横綱こそ謙虚であり、親方や先輩の言う事を素直に聞く、それが尊敬され愛される横綱になれるのではないでしょうか。
土俵上のガッツポーズも取りざたされました。これはどうなんでしょう。前にも書きましたが、東京オリンピックの柔道無差別級で日本を破り金メダルを取ったアントン・ヘーシンクは見事でした。(生で見ているわけではなく、TVの特番で見ました)勝負が決まった時、畳の上のヘーシンクに喜んでハグしようと駆け寄ったオランダの柔道関係者を、彼は右手を上げて来るなと制止したのです。その真剣な顔。喜びは顔にはありません。畳の上が神聖な場所であり、敗れたものへの礼儀こそが武道だからです。
69代の後輩横綱、白鵬の涙は真実でした。同郷の先輩横綱のことを偽りなく想っていました。彼は品格のある横綱に育っていくかもしれません。

ハンになれなかった朝青龍。ハンはモンゴルの英雄チンギスハンのことではなく範のことです。横綱は若い力士の模範、手本とならなければいけません。大相撲何百年の中でたった69人しかいない横綱、大鵬さんからでも20人しか出ていません。次の横綱はいつ出るのか、強くて模範となる人を望みます。
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2010年01月28日

キャッツとドック

朝たまたまテレビをつけたら「木更津キャッツアイ」再放送のオジーが亡くなった後をやっていて、またまた偶然一番好きなシーンでした。バンビともーこが歩いているとこの会話シーンなんです。
バンビ「ぶっさんさ〜、もーこさ〜、オジーってさ〜」
もーこ「誰?、誰の話すんの?」
すごい! クドカンのスゴさがわかるすごい台詞です。バンビが色んなことを悩んでいて頭の中をグルグルしちゃってる感じがすごくよくわかる。こりゃなかなか書ける台詞じゃないですよ。実は「木更津キャッツアイ」って最近になって知り合いからDVDボックスを借りて観たくらいのキャッツ新参者なんです。それまではクドカンのは観ても驚かなかったし、話の流れがパターン化されることが多くてそんなに好きじゃなかったんですが、「キャッツ」の面白さにはほんとビックリしました。人が亡くなる話で、その人と周りの人との関わりの話。ものすごく軽いのにものすごく重い。スゴイ。
ぶっさんほどではないけど、知り合いの中にも40代で早世された人も何人かいます。自分もだんだん年をとると、運動しないせいもありますが、体の調子も今ひとつになってきちゃってる。「お元気ですか」という年賀状の常套句見ても、つい自問しちゃいます。「元気、と胸張っては言えんな」なんて…。老眼始まったり、髪も少なくなったりも、ものすごく心配なんですが体の内部はもっと心配。
それで、年末に人間ドックやったら、腸がひっかかり、大腸内視鏡検査してきました。胃カメラの逆です。これ、検査準備のお腹を空っぽにするのが辛かった。2日に渡って下剤飲むんです。信じられない。前日飲む下剤も辛かったんですが、当日の下剤の量が半端じゃない。なにしろ水に薄めて1800cc。一升瓶です。どーでもいいことですが一升飲む関取なんかの気がしれない。無意味に半分くらい日田天領水にしてみたんだがやはり無意味でした。やっと落ち着いたお腹をなだめすかしてほうほうの体で病院に着くと
「売店でスリットパンツを買ってください」と言われます。スリットという響きにトリックの高橋ひとみがやったスリット美智子が目に浮かび、思わずニヤニヤしてしまいましたが、今はそんな悠長な時ではないのでレジ裏にあったスリットを買い求め、お尻をスリットにして、いざ内視鏡室へ。
ベッドで横になり、画像が映し出されいよいよミクロの決死圏が始まりました。
何となく気まずいので、つい「ミクロの決死圏みたいですね〜」とどーでもいいこと話したら先生がマニアらしく、よけいな水むけちゃってすごく食いついてきたんです。それで妙に気が安らぎました。 
しばらくするとちょっとお化粧の濃い目の看護婦さんが
「ガス○×▲ごにょごにょ」言ってるのが聞こえる
なんだかよくわからないので黙ってると また
「ガス○×▲ごにょごにょ」 もしかしてと思って
「オ、ナラですか〜」と聞くと
こんどははっきりした大きな声で「オナラしてください!」
「オナラ?」そういや少しもよおしてきてます。
でも出口の真ん前10cmに検査技師の先生のお顔が…こりゃ無理だろと思い
「いや〜、大丈夫です」と答えると、これには今度は先生が
「我慢しないでオナラばんばんしてください! 臭くないですから…内がキレイなんでただの空気です」と言われました。
臭くない? 空気ってことなないだろうけど、そうか一升下剤で臭くないんだ 日田天領水も入っているからちょっといい空気かも なんてまたニヤニヤ思ってたんですが結局オナラしなかったし肝心の腸も大丈夫でした。 
キャッツの話がいつの間にかオナラの話に…すみません
健康が一番ですね。
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2010年01月06日

野口久光さんで暮れて、柏原竜二くんで明けました。

平成が22年になりました。西暦が2010年。末尾がいつもわかんなくなります。ジャンボの億の間には残念ながら、招待されませんでしたので正月から別人になることも叶わず、いつもと同じ毎日が始まります。いいこともありました。母校の東洋大が柏原君の快走で箱根2連覇。彼は高校時代、高校駅伝やインターハイ、国体に出たことのない無名の選手です。そこがいいですね。お仕事関係仲間で東洋大出身のイラストレーターの、アミーゴさん、伊野さん、喜びましょう。祝いましょう。東洋といえばいまや坂口安吾、植木等そして箱根の山は天下の柏原竜二です。彼のいる、あと2年は安泰ですな。

イラストレーターといえば、暮れにワタシにとってのカリスマ、最も尊敬する野口久光氏のポスター展に行ってまいりました。トリュフォー監督が絶賛した「大人は判ってくれない」の現物ありましたよ。トリハダもんです。いつか手に入れたいです。
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やはり野口久光展は良かったですわ〜。究極の手書きポスターに囲まれて幸せな時間でしたよ。なにが良いって彼の映画に対する愛情がすごく伝わってくる、それがいい。描いてある映画の一番魅力的な部分が美しく美しく描かれています。そしてあたたかい。やはりデジタルはアナログに敵いっこないです。全て手書き、これにつきますね。すんばらしい。

ジュラール・フィリップの代表作。
画家モジリアニの一生を描いた傑作「モンパルナスの灯」
冒険者たちで有名な強面No1リノ・バンチェラが画商役、いい味だしてます。
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ペペルモコ、ジャン・ギャバンです。印象的なラスト、感動もんです。
ジャン・ギャバンに影響されてゴロワーズを吸い始めた
エエカッコシのお父さんも多かったとか…フィルターないんでペッペしないと
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ジャン・ギャバンは渋く、バルドーは可愛く
見事に魅力を描き分けてらっしゃいます
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1点だけ「旅情」の原画も展示されていました。原画はB2のポスターと全く同じサイズで描かれていました。2枚の同じ絵。1枚がポスター、1枚が原画。色はやはり原画の方が良かったです。あたり前のことですがポスターと同じサイズで描くという事そのものが原点だと改めて感じました。我々はポスターを作る時、パソコンの画面上で作業しているので、B2の原寸に拡大出力して、張り合わせ、壁に貼り「あ〜もすこし大きくだな」とか「名前デカッ」とか言いながら、あーだこーだ試行錯誤するんですが、最初から貼られる大きさで作るっていうのが素晴らしい。
図録も、もちろん買いましたが色がいまひとつ。ポスターという印刷物のまた印刷になるので画質が落ちちゃうのはしょうがないんですが、もう少し丁寧にやってほしかった。と思っているのはワタシだけでしょう。
オレにやらせてくれ〜
タグ:野口久光
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2009年12月18日

宝くじで買った史上最低のお宝

ジャンボは必ず買っています。扉はノックしないと開かないからね。ロト6もほぼ一年同じ番号を買っています。買わない日に限って来るような脅迫観念に捕らわれてるからです。それでも忘れる日はままあって「あ〜当たってたらどうしよう。あ〜2億が〜」とくやしがりながら当選番号見るんですが、これまた見当外れな番号ばかり。ロト6なんて買っても買わなくてもめったに当たるもんじゃありません。もちろんジャンボだってめったにどころか万が一なんですが、これがどうしたことか知り合いの知り合いくらいに300万〜1000万くらいも高額当選者がチラホラいらっしゃいます。うらやましい限りです。かく言うワタシも何年か前のサマージャンボで10万円当たりました。何等か忘れましたが前後とかじゃなく番号が全部当たってなくちゃいけないヤツでした。
夜中の2時頃でしたか、新聞の当選番号案内をだらだらな〜んとなく見てたんですが、思わず立ち上がって「オッー」って声出ちゃいました。全部の番号が合っているっていうのは格別ですね。で、そのお金にいくばくか足して買ったのがコレ、エド・ウッドコレクションという映画チラシの原画です。天才スズキコージ画伯の本物です。迫力が半端ないです。
原画
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この絵を買う前にチラシの方を何年か前に見ていました。チラシの絵がとてもステキだったからです。
ティム・バートン監督でジョニーデップ主演の映画「エド・ウッド」は、史上最低の映画監督エド・ウッドの自伝映画でとってもいい映画でしたが、こっちは本家のダメ監督エド・ウッドの映画の3本立ての映画。「エド・ウッド」公開の後、本家も観よう上映がユーロスペース系でありまして吉祥寺で観ました。「プラン9フロム・アウタースペース」、「グレンとグレンダ」、「怪物の花嫁」というキワモノ代表作3本。面白かったです。登場人物が真夜中に森に入ったのに、出てくると時間が経ったとかでもなく昼になってる。まさにムチャクチャ。セットもちゃっちい。でもこの元を観るとティム・バートンの「エド・ウッド」がもっと面白くなります。そしてこの時のスズキコージさんが描いたチラシがすばらしくてチラシもコレクションし、絵もずっと頭に残っていました。
チラシ
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それからジャンボが当たり、その10日くらい後に偶然近所でやっていたスズキコージさんの個展で本物にお目にかかり、うれしくてうれしくて、ジャンボが当たったんだからと自分にいいきかせ清水から飛び降りたわけです。部屋に飾るタイプの絵ではないし、そもそも絵画とは違いますが、とっても気に入っています。それで誰か家に来た時に特別展示するんですが、いまんとこ誰〜も興味しめさないんだなぁ。
まっみんなが好きになっちゃうのも史上最低の価値が上がっちゃうようでつまらないからいいんですけどね。
今年また当たったらどうしようかしら…。
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2009年12月11日

さんぼますたー?

今年も年賀状作りという憂うつな時期がやってきました。いいアイデアがなかなか出なくって、12月入ったらもう気分が落ちこんじゃってダメ。仕事のことより悩みの種です。来年の干支の虎のモチーフに絞って考えてるんですがダメ。願わくば虎を出さずに虎をイメージさせて、なおかつ前向きなり、やる気が出してる感があるようなのが望ましいんですけどね。
色々考えたり、ボーッっとしたり、ボーッっとしながら考えたりしてたんですが、ふと「ちびくろ・さんぼ」のバターになったトラはどうだ!とヒラメキました。そう、さんぼますたーとはバンドではなく絵本の事なんです。すみません。そんで、なんとなくいけるような錯覚がして、さっそく原本をヤフオクで買いました。絶版前のと復刻のと2冊です。
「ちびくろ・さんぼ」は、もともとはスコットランド人のヘレン・バンナーマンという人が、インドに滞在していた時に自分の子供たちのために書いた手作りの絵本だったそうです。それが1899年に知人によってイギリスでバンナーマンの書いた絵のままで出版されたのですが、またたく間にいろんな海賊版が出回ってしまいました。

バンナーマンの描いたさんぼ、ギャグ漫画っぽいですな
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その当時はちゃんとしてなくって、「ちびくろ・さんぼ」は著作権がないとみなされてしまったからです─悲しいですなぁ。私たちが知っている岩波書店から(昭和28年、初版)出版されてたのもその中の一つ。岩波版の売り上げが120万部とものすごかったもんだから、海賊版なのに定本オリジナルになってしまいました。それから月日が経って、差別やらなんやらで問題になり、1988年に岩波版はじめ他の「さんぼ」もすべて自主絶版となったわけです。
なんで大丈夫になったのかわかりませんが、岩波版の復刻版は瑞雲舎から2005年に出てました。今回その二つを取り寄せてわかったんですが、面白いことに違ってる所があるんです。
まずタイトルのロゴ書体が違う。昔の方がいいですねぇ。

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あと文章が微妙に違っているとこが何カ所かあります。例をあげると
おなかが へっていましたのでね。→おなかが すいていたのでね。
そんな表現の違いを見ながら、翻訳家に許可取ってちゃんと変えているのかな、なんて思ってたらすごいのがありました。
さんぼの食べたホットケーキの数が違う!

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196?169?これは大問題じゃないですか〜
そもそも食べ過ぎも食べ過ぎなんですけどね。これがホットケーキ屋の一日の売り上げだったら大繁盛ですよ。ちなみにホットケーキの1枚あたりのカロリー調べると約280キロカロリー、196枚だと54880キロカロリー、169枚に減ると47320キロカロリー。どうでもいいことですが、7560キロカロリー減です。ギャル曽根さんにいつか挑戦してもらいたいものです。169枚は無理だと思うけどどうだろ。そんで、この違いがどうしても気になって瑞雲舎に電話かけて聞いたところ「岩波さんが間違えてたんだよ〜」とのことでした。まっそんなことかなとは思ってましたが面白かったです。
しかし、改めて読んで見ると、この「ちびくろ・さんぼ」、話自体面白いんですけど、どこに共感もったらいいのかわからないへんてこなお話ですよね。トラがバターになるわっきゃないし、169枚もホットケーキ食べるわっきゃない。冗談ですがホットケーキ食べ過ぎでお腹こわすこどもが出やしないか心配にすらなりますよ。自分が読んだ時のことは忘れているので、こどもが初めて読んだらどう感じるのかどこが面白いのか気になりますわ。姪っ子に聞いてみようかな。
さて肝心の年賀状はいまひとつの感じなんですが、さんぼますたーになったのでヨシとしますかね。
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2009年12月06日

還暦ムーンライダーズ

こないだ水道橋のJCBホールのムーンライダーズライブに行ってまいりました。新しいアルバム「TOKYO 7」のナンバー中心です。

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ライダーズは結成33年でメンバーはほぼ全員還暦。ワタシは15年くらい通っとります。こうなったら古希くらいまではやって欲しいですわ。ライブっつってもライダーズオジサンたちのちょっと下のオジサンオバサンが座って見られる楽なコンサートです。雰囲気はくせ者ですかね。ライブ自体は「白井良明とムーンライダーズ」って呼んでもいいくらい良明色が強くなりすぎててその辺がもひとつワタクシの趣味と違いました。まあ一番演奏がうまいからしょうがないんですけど良明さんの盛り上げなしのも見てみたいです。
今回アリーナに張り出し舞台があり、その近くの席だったんです。そこでメンバーが1フレーズごとに回して歌い繋いでいく「6つの来し方行く末」というアルバムのラストを飾る曲があったんです。いやぁこんなに近くで見られてラッキーって思ってたら、なにやら歌いながらみんな携帯見てるんです。一瞬このいいとこで何を不謹慎なと思ったんですが、携帯で歌詞見ながら歌ってたんです。慶一さんは黒、博文さんはグレーの携帯でした。多分文字最大にしてることでしょう。携帯持つ腕はいっぱいいっぱいのびきってました。
新しいアルバムのメイン曲なんで覚えてほしいところですけど面白かったです。まあ全体として肩のこらない楽しいライブでした。と書きたいとこですがぁ、隣に非常識で自分勝手なオヤジがいて実はハラタツノリでしたわ。なにしろ酔っ払ってるのかガンガンぶつかってくる。やたらウルサい。知ってる曲は全歌詞耳元で大声で歌う。お前の歌なんて聞きたくないんだよマッタク。
慶一さん頼むから知ってる曲あったら一緒に歌いましょうって言わないでください。ああいう手合いは図にのって迷惑なんですよう。
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2009年11月17日

恵比寿でお昼、その2と恵比寿でもお昼でもない話 

基本的にお昼は外で食べたいんですが、朝が遅いので、また外に出かけるのがはばかられ、やむなくお弁を買って出勤する時が少なからずあります。
そんな時のオススメがアトレ3階のつばめグリルのハンバーグ弁当。ハンバーグが美味しいことはもちろんですがご飯が美味しいです。しかも735円とリーズナブル。その隣の成城石井で売ってるのり弁と三色弁もけっこう美味しいです。同じ階にお惣菜屋さんがあるんですがビックリするくらい高くなったのであまり買わなくなりました。魚系だと駒沢通りを代官山に向かった所にあるお弁当屋さんも人気があります。お昼の話ではないのですが駒沢通りを代官山方向に向かった左側に小林防火服があります。

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その名の通り防火服の会社なのですが近年はデザイナーとコラボしたTシャツなんかで有名になりました。これは今年の夏に撮った盆踊りのやぐらの写真。

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いくら有名だと言ってもこの三並びすごいですよね。
脱線しました。もどしてお昼の話、どうせなら代官山まで行っちゃって代官山の駅前郵便局の2階のおにぎり屋さん田田でお弁当にしてもらうのもいいですね。竹の皮に包んであるので時間が経っても美味しいです。田田は小さなお店で10人入ればいっぱいなのですが、歩いて買いに行ったものの、逆にお腹がすいて中で食べることもあります。やっぱり握り立てを食べたくなりますからねぇ。ちょっと前の話です。いつ行っても店主に怒られている女の子がいたのです。確かにちょっと無駄のある動きが多くしかられてもやむなしのところがありました。ある日、久しぶりに田田にいくと店主は留守でその子が厨房の中に入ってたのです。「どうしたのかな?店主は出かけていてちょっと待つようかな」なんて思っていると、その子のが注文を聞き、おにぎりを握りだしたんです。なんだかその一生懸命な姿がほほえましく嬉しかったです。もちろんおにぎりも美味しかったです、店主より良かったかも。


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2009年11月02日

恵比寿でお昼-その一

ワタシんとこの事務所は恵比寿にあります。ほんで昔っからなんですがお昼は大体外食です。たまにお弁もありますが、まず出ます。コンビニ弁当があまり好きではないのと事務所にこもりっきりはイヤなので出ます。出勤がゆっくりなんでお昼も2時すぎちゃうことも多くランチタイムを逃してます。
恵比寿にはものすごい数の食べ物屋さんがあって、行けるのはほんの一握りですがそんななかでよく行くのが徒歩50歩圏の「松玄」。恵比寿のオサレ蕎麦屋であります。松なんとかグループらしく松なんとかのお店が恵比寿にチラホラあります。店の雰囲気は正直いってあまり好きじゃありません。「松玄」さんは純粋なお蕎麦屋さんとは違うんですけど、蕎麦屋は蕎麦屋らしくオサレである必要はないと思っているからです。フロアの女の子がみんな美人すぎるのも落ち着かない。いいんですけどお蕎麦屋さんて無防備でくつろぎたい感じあるんですよね。それから目が悪いもんですから店内暗いのも苦手でいつも比較的明るい大テーブルのはしっこ(お父さん席)に座ります。
たぶん女の子たちに「はしっこさんがまた来たよ」とか言われていることでしょう。
ただ蕎麦は美味しいです。そして蕎麦湯が白濁してます。これがすんごく重要。ワタシの場合、この蕎麦湯を飲むために蕎麦食べているようなとこがありまして、お湯みたいな蕎麦湯出すとこはそれだけで落第です。注文はというと、たいてい色んな薬味が乗った「ぶっかけ」を頼みます。岩のり、紫蘇、ミョウガ、きゅうり、ネギ、ごま、なんかがグルリと周囲にあり、真ん中にのりとやまいもと卵の黄身がのっています。いつだったかグチャグチャにぶっかけちゃっわなく食べたい時がありまして、薬味が別にしてもらって「ぶっかけない」を頼んだんですが、なんとなく寂しかったです。お蕎麦屋さんは「慈玄」もオススメです。ここは普通のお蕎麦屋さん。オジサンも落ち着きますよ。週に一回は蕎麦食べなきゃイライラしますわ。
うどんも好きなんですがあまりコレっという店がないですね。古くからあるのも新しくできたのも、もひとつです。
中華は駅ビルのアトレにある「彪琳」が美味しいです。アトレの中では一番ですね。この間、「黒胡麻担々麺」食べたんですがヤル味でしたよ。
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2009年10月14日

三茶といえば大道芸

三軒茶屋といえば三茶、三茶で秋のイベントといえば大道芸。今月の24日(土)25日(日)、三茶は大道芸で盛り上がりに上がります、上がりすぎちゃいます。いまや世界的スター「がーまるちょば」もここの常連でした。例のかばんが止まってるネタもよく見たなぁ。あの頃はトサカの兄ちゃんマイムうまいじゃん くらいに思ってたんですが、遠く高いところにいかれました。すごいこってす。いつかまた三茶に凱旋してくれるとうれしいですわ。
この大道芸のお仕事も10年近くやらさせていただいております。感謝感謝。イラストはイギリス人のジョン・シェリーさん。今はロンドンに住んでいらっしゃいますが20年以上日本にいらしたので日本語ペラペラ、メールも漢字まじっても大丈夫です。シェリーさんからの返信でたま〜にちょっとおかしなとこありますが雰囲気でわかります。だからラフも入稿もメールでやりとり、問題なくスムーズにやれてます。コレ20年くらい前だったら信じられないですよホント。

タッチの違うペン画の作品もステキです
http://www.jshelley.com/

シェリーさんがずっと絵の中に描いていたパフォーマーのオジサンに相棒が加わって、2005年にキャラクター、サンチャとダイドが出来ました。

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この名前ベタですよねぇ。ベタすぎる。そもそもはシェリーさんが候補として(サンチャとダイド)って名前つけてきたんですが、あまりにもなんで公募したんです。ところが一番多かったのが(サンチャとダイド)。で、結局(サンチャとダイド)。あらためてキャラクター見ると違和感ないんですよねぇ。はまってます。ベタ大正解だったわけです。

今年のポスターはダイドのアップ。インパクトがあってすごくいいポスターに仕上がりました。サンチャは帽子の穴からのぞいています。いつか着ぐるみ人形ができるといいなぁ。

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パンフレット見ますと今年初のパフォーマーが何組かいます。
「セレストロイ」  「ファミーユ・ゴルディーニ」
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「セレストロイ」、巨大な三人組で中世の楽曲を演奏するって書いてあります。やっぱ大道芸はでかいとポイント高いですねぇ。「ファミーユ・ゴルディーニ」は大きな女の人と小さな男の人のアクロバット。かっちょいいオシャレですわ。これまた楽しそうです。お天気なら二日間で15万人以上の観客でごったがえします。お客さんは年々増えてますから見たいパフォーマーがいたら早めにいって(お目当ての前のパフォーマーから)待ってることオススメしまっす。街歩いてるだけでもけっこう楽しめますよ。
http://www.setagaya-ac.or.jp/arttown/
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2009年10月08日

東京で味噌煮込みうどん

お味噌といえば地方によってさまざまですがワタクシの故郷の東三河では基本的に赤。朝ドラの宮崎あおいちゃんのお味噌屋さんのあるのが東三河のど真ん中の岡崎。母親の出身地であります。関係ないですが大関琴光喜の出身地でもあります。
うちのは合わせが多かったんですが基本は赤、だから大学で東京出てきた時、白に馴染めなかったなぁ。なんか甘ったるくてね。学食が白一辺倒で途方にくれましたわ。
そんな時、渋谷で見つけた故郷の赤味噌味が三河うどんの「ちた屋」。ここの味噌煮込みうどんは美味しかったです。ハンズをちょい越えた左側にありましたが、何年か前になくなってコンビニになってます。そこの女主人と話したことがあったんですが手を広げて店を増やすと目が届かなくなりダメになると言ってました。ローカルな話ですが愛知御津の方でした。ご主人が西小坂井だったかな。故郷の近所、三河も三河、東三河ど真ん中です。一軒だけ息子さんだかが市ヶ谷でやってるようです。いまもあるようなので今度行ってみようかな。
「ちた屋」がなくなったあと見つけたのが旗の台の「でら打ち」。

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ワタクシ咳喘息の持病がありまして検査で2ヶ月に一回旗の台にある病院にいくもんですからその都度通ってます。
美味しいです。
名古屋には山本屋という名店がありますがでら打ちはちた屋と同じで名古屋というより三河の味に近い気がします。店主と話す機会があったんですが、なんと高校の後輩でした。
その高校とは、げに恐ろしき 
1学年19クラス950人のマンモス男子校であった…
その暗い時代の話はまた後日。

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2009年09月11日

GO! マリナーズ!

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イチローの所属しているマリナーズを毎年応援してます。マリナーズが好きになったのは佐々木やイチローが行ってからなので8、9年のファンです。基本的にオリンピックでもそうですが日本人が活躍するのがみたいのでマリナーズから日本人がいなくなったら応援するかどうか微妙です。ですが試合を見ているうちに他の選手も好きになりました。ヤニバットで勝負強かったエドガー、小さな体で振り回すブーン、教師のようなインテリ顔で出塁してもヘルメットかぶっていたオルルッド、老獪な二枚目最年長モイヤー、みんな懐かしいです。メジャー見ていても好きな部分と嫌いな部分がありますが、嫌いな部分というか馴染めないのがトレードの多さ。ファンタジーベースボールと言うそうですが、ファンの間でも選手をの組み合わせを楽しむ見方が流行っています。今のマリナーズなんて子飼いで数年いるのはロペスだけ、一番長くいるのはイチローです。ドラフトで取った優秀な選手をトレードで出しちゃって、だめなロートル(古い!)取ったかと思うとそれもまた出して、そこそこの若手とって結局だめ。悪循環…ヤレヤレ、動かなければいい選手いっぱいいたのに…。
さてイチローです。イチローの9年連続200本安打が迫っています。今年のイチローは体調不良やふくらはぎのケガで苦しんだので喜びもひとしおでしょう。あんまり喜ばないかもしれないですね。所属するマリナーズが惜しくもプレーオフ進出を逃しそうだからです。奇跡でもない限り無理でしょう。ただ今年は奇跡でもない限りのとこまでいったのでイチローとしても自分の記録より惜しかった試合、足りなかった何かのことを考えるのではないかと思います。
来年こそは10月まで戦うマリナーズが見たいものです。
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2009年08月13日

WORLD HAPPINESS で完全アウェイ

ここ15年くらいムーンライダーズのコンサート行ってます。20周年も行ったなぁっと話していたら今年33周年ですって…メンバー四捨五入すれば60歳ですよ。四捨五入しなくても、もう赤チャンチャンコの方もいらっしゃいます。ヒット曲こそありませんがステキなバンドです。普通は1曲ヒットあって20年持たせる、なんて人がいますがヒットなしで33年、他にはないでしょう。そのムーンライダーズがWORLD HAPPINESS 2009という夏フェスに出るっつうんで夢の島に行ってきました。
夏フェスの中では後発で出演者も観客も年齢層が高めなんだそうです。そして、なんとワールドハピネスののキャラクターは子供シェイでお世話になっている100%ORANGEさんのハピネス坊や、なぜ坊やなのかはわかりませんがカワイイですねぇ。うちわやTIME TABLE 、レジャーシート、すっかりORANGEワールドでした。
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そのほかの出演者はコトリンゴ、ラブ・サイケデリコ、スチャラダパー、Chara、相対性理論、そしてYMOなどです。知らなかったんですが相対性理論、人気あるんですね。不思議ちゃんでした。デリコやCharaも流石!そしてお若い方たちもそれなりの方も一斉に前に押し寄せスタンディングだったのがスチャラダパー。やっぱり盛り上がりますよ。しゃべりも営業向き、慣れてます。
そこいくと我らがムーンライダーズ。ちょっと1万4千人はきつかったのか、曲の構成、流れがあってなかったのか、あきらかに完全アウェイ。後ろのパナマ帽カップルなんて、スチャラダパーの時はノリノリで通路の前の方にかけてったのに膝まくらで寝てる。隣の女子大生コンビはお手洗い、気がつくと我々の周りはみ〜んなシットダ〜ン。そんならそうでやりたい曲いい曲オンパレードでアッっといわせりゃいいんですが、中途半端に盛り上げ曲入れたもんだから益々ションボリしちゃいました。ムーンライダーズのコンサートなら盛り上げ曲で盛り上がるんですがここじゃ無理だって…知らないんだから〜。悪いことにムーンライダーズの後が相対性理論なんです。代わった途端にスタンディングだったから余計に ね。
そんなムーンライダーズでも秀逸だったのが『くれない埠頭』、泣きそうでした。夏の夕暮れにピッタリ。詩がいいんですわ〜愛だの恋だのへっちゃのって安直な詩がはびこる中、これは名曲ですよ。
膝まくらだのトイレだのいってる場合じゃないですよ。直立不動か正座して聞きなさい。

吹きっさらしの夕陽のドックに 
海はつながれて風をみている

どうなの? 皆さん!たまたま実力発揮出来なかったけど興味のある方YOU TUBEなんかで聞いてください。アルバムは『青空百景』に入ってます。
そんで、トリがYMO。大好きってわけじゃないけど、凄かった。モノが違った。音がいいのがわかった。やっぱ世界レベルだと思いましたよ。
ちょっとキロキロしたアレンジでしたが『ライディーン』で鳥肌立ちました。
なのになのにですよYMOになったら帰りが混むからでしょうか、なんと帰っちゃうふとどきモノがけっこういました。ビックリです。コレ聞かないで何聞くの?ナマ坂本龍一興味ないの? あっそう もう付き合わないアンタとは って感じ。
自分の好きなモノだけ聞くんじゃなくて面白いモノを見つける場でもあるんじゃないのかな夏フェスは。
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2009年08月07日

赤プリ旧館

先日、無名塾マクベスのパンフレットの対談のお仕事で赤プリへ行きました。
今はグランドプリンスホテル赤坂というそうな。でもグラ赤じゃなくて赤プリ。赤プリの旧館。そこで仲代さんと石川県知事さんと対談があったんです。お二人の波長があって盛り上がりとても楽しい対談でした。そしてなによりこの建物、ステキですわ〜うっとり。ワタクシ好みの昭和洋風建築。
やっぱり洋風は昭和初期が最高ですね。

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仲代さんはTBSの『海は甦える』というドラマの撮影のロケで来たことがあるそうです。調べて見ると1977年の作品。3時間ドラマで、加藤剛さん吉永小百合さんはじめ豪華キャスト、中身もすばらしく数々の賞に輝いた名作のようです。見てみたいですね。
建物の話に戻りますが、この赤プリ旧館はそもそも1930年(昭和5年)に李垠の邸宅として造られたものだったようです。それが1952年に売却され、1955年に客室35室を整備して赤坂プリンスホテルが開業したようです。今は泊まれませんが寝室や書斎などの内装は造り付けの調度品も含めて当初の状態で残されていてレストランの個室などに使用されてます。
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李垠(イ・ウン)さんというのは韓国の皇太子で、日本の皇族の方子(まさこ)さんと政略結婚させられています。ヒドい話です。満州の溥儀だけじゃなく韓国に対しても戦国時代みたいなことやってたんですね。お市さんの頃とちっとも変わってない。知りませんでした。しかも、はしかもですよ方子さんは、自分が旅行中に旅行先で新聞見て自分が結婚させられることを知ったんですって。ヒドい話です。結婚してからお二人の仲はよかったようです。なのに二人の子供(第一王子)は亡くなってしまいます。日本軍部・朝鮮軍部どちらかに毒殺されたという説もあります。ヒドいヒドすぎる。
方子さんは、夫の死後も韓国に残り、帰化して知的障害児施設を造ったり、韓国に住む日本人妻たちのために尽力をつくされたようです。頭が下がります。政略結婚させた人達は彼女の活動をどんな風に感じたのでしょうか?
いい話だなぁと思ってたら案の定オカジュンとカンノミホでドラマ化されていました。それも知らなかった。李垠一家が暮らした家としての改めて見る赤プリもまた感慨深いですね。ずっとこのまま残して欲しいです。

話は全く違いますが、この赤プリで20才ちょっとくらいの頃、子どものクリスマスディナーショーに、かぶりモノで出たことがあります。「鉄腕アトムショー」お茶の水博士やりました。鼻が50cmくらいあったかなぁ。鼻で前が見えにくく芝居がしずらかったです。それでも役付きだって喜んでいたら、役付きって子どもと写真撮影あるからショーが終わってもなかなか休めなくて大変なんです。汗ダラダラ。
子どもがステーキ食べてるのにオレ達ピラフだったし…しかもバットごと…ヒドい。
同じ赤プリでも方子さんに比べてちっちゃいなぁ〜オレ
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2009年07月30日

川村カオリさん

1991年のJALアイルのコマーシャルは衝撃的でした。

http://www.youtube.com/watch?v=WFld9O2ilns

カッコイイのなんのって凄かったです。
似てるっていえばツチヤアンナにちょっと似てますが
彼女が親しみ安いアバズレ感がるのに比べると(そこがいいとこですが)川村かおりは軟弱を寄せつけないシャープさや明るさがあり、キレキレにキレて光ってるように感じました。
あくまでこのCMの印象ですが…音楽の方とかは専門外でよくは知らないので実際は違うのかもしれません。

当時はマス広告の仕事を始めたばかりで、彼女のアイルのCMやポスターを同僚とよく話題にしました。
「こんなカッコイイのがやりたいよね」
「川村カオリだからだよ」
川村カオリが遠い目標でした。
その同僚も若くして鬼籍に入りました。
川村カオリさんが亡くなくなったことで同僚のことも思いだしました。
時代時代で、感じたモノ、すれ違ったヒト、話したコト
やはり刹那刹那のつながりがヒトの歴史になるようです。
あまりにも短かかった一生のことを思うと残念でなりません。
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2009年07月17日

蒲郡ホテルと常磐館

故郷は愛知県の蒲郡。前にもふれましたが蒲郡ホテル(今は蒲郡プリンスホテル)というステキなホテルが海に面した丘の上にあります。いまはないんですが、かつては常磐館という純日本旅館が丘の下にあり、ホテルの前庭から常磐館まで渡り廊下でつながっていて行き来ができました。ホテルには子供の頃よくに連れて行ってもらいました。展望台はその当時はのぼれて、お城の天守閣に登ったようでワクワクしたものです。
蒲郡のある三河湾の周辺は国定公園に指定されていて、その中心に島全体が天然記念物の竹島があります。例の紛争のアレとは違います。
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その竹島の対岸に蒲郡ホテルと常磐館は建っていました。竹島と青い海だけ見える絶好の場所です。

ホテルから竹島をのぞむ    渡り廊下が見えます     
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昭和50年頃の絵はがき  

ホテルと常磐館は、どちらもよく映画、演劇、小説の舞台になっています。
岸田国士の舞台『驟雨』は蒲郡に新婚旅行にいった妹から絵葉書が届くところから始まります。
gama 0.jpg こんな絵葉書か(おそらく昭和初期)

その妹の新婦は新郎に腹を立て葉書を追っかけるように帰ってきてしまうんですが、昭和30年くらいまでは蒲郡は風光明媚な観光地で有名で、新婚旅行に訪れる人も多かったようです。三島由紀夫の『宴のあと』も主人公の新婚旅行先が蒲郡です。また『細雪』では雪子が見合いの帰りに旅行してますし、小津安二郎の映画『彼岸花』では常磐館が同窓会に使われています。

昭和初期の常磐館
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池波正太郎のエッセイ集『よい匂いのする一夜』にも登場します。池波さんは廃業する直前に建物を写真に残しておきたいという気持ちから訪れていて、何度も宿泊した思い出とともに書かれています。その時撮られた写真を見たいですね。
池波さんが初めてホテルに宿泊したのは戦前、まだ少年だった頃に知り合いの三井さんという老人に
「正ちゃん、いいところへ連れて行ってあげましょう」と誘われ、本物の洋式ホテルを教えてくれたそうです。蒲郡まで連れてきて若者の面倒を見るなんて…昔の大人はゆとりがあっていいですね。
三井老人はこの部屋数も少なく、どこかのんびりしている蒲郡ホテルが好きだったようです。その三井老人の口ぐせが
「切羽つまった生き方をしてはいけませんよ。たとえ気分だけでもゆとりの皮1枚残しておかなくてはいけません」 身にしみます。
大正二年創業の常磐館、どうして残せなかったのだろう。市が一度買い取ったわけなのでゆとりがあればなんとか出来たでしょう。今、跡地には古い病院を移築した海辺の文学館が建っていて当時の常磐館の家具なんか飾ってあります。
物は壊れます。ですが壊したら繕っても取りかえしがきかない。部分で残したって価値は100分の1もないでしょう。
ホテルの方は運良くプリンスホテルとして生き残りました。なるべく当時のママを優先したプリンスホテルのセンスも良かったのでしょう。細かい部分は変わりましたが久野節がデザインした昭和のクラッシックホテルはそのまま受け継いでいます。
文化を残すにはゆとりとセンスが必要です。

昭和初期の
ホテルのパンフレット
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タグ:常磐館
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