2009年11月02日

恵比寿でお昼-その一

ワタシんとこの事務所は恵比寿にあります。ほんで昔っからなんですがお昼は大体外食です。たまにお弁もありますが、まず出ます。コンビニ弁当があまり好きではないのと事務所にこもりっきりはイヤなので出ます。出勤がゆっくりなんでお昼も2時すぎちゃうことも多くランチタイムを逃してます。
恵比寿にはものすごい数の食べ物屋さんがあって、行けるのはほんの一握りですがそんななかでよく行くのが徒歩50歩圏の「松玄」。恵比寿のオサレ蕎麦屋であります。松なんとかグループらしく松なんとかのお店が恵比寿にチラホラあります。店の雰囲気は正直いってあまり好きじゃありません。「松玄」さんは純粋なお蕎麦屋さんとは違うんですけど、蕎麦屋は蕎麦屋らしくオサレである必要はないと思っているからです。フロアの女の子がみんな美人すぎるのも落ち着かない。いいんですけどお蕎麦屋さんて無防備でくつろぎたい感じあるんですよね。それから目が悪いもんですから店内暗いのも苦手でいつも比較的明るい大テーブルのはしっこ(お父さん席)に座ります。
たぶん女の子たちに「はしっこさんがまた来たよ」とか言われていることでしょう。
ただ蕎麦は美味しいです。そして蕎麦湯が白濁してます。これがすんごく重要。ワタシの場合、この蕎麦湯を飲むために蕎麦食べているようなとこがありまして、お湯みたいな蕎麦湯出すとこはそれだけで落第です。注文はというと、たいてい色んな薬味が乗った「ぶっかけ」を頼みます。岩のり、紫蘇、ミョウガ、きゅうり、ネギ、ごま、なんかがグルリと周囲にあり、真ん中にのりとやまいもと卵の黄身がのっています。いつだったかグチャグチャにぶっかけちゃっわなく食べたい時がありまして、薬味が別にしてもらって「ぶっかけない」を頼んだんですが、なんとなく寂しかったです。お蕎麦屋さんは「慈玄」もオススメです。ここは普通のお蕎麦屋さん。オジサンも落ち着きますよ。週に一回は蕎麦食べなきゃイライラしますわ。
うどんも好きなんですがあまりコレっという店がないですね。古くからあるのも新しくできたのも、もひとつです。
中華は駅ビルのアトレにある「彪琳」が美味しいです。アトレの中では一番ですね。この間、「黒胡麻担々麺」食べたんですがヤル味でしたよ。
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2009年10月14日

三茶といえば大道芸

三軒茶屋といえば三茶、三茶で秋のイベントといえば大道芸。今月の24日(土)25日(日)、三茶は大道芸で盛り上がりに上がります、上がりすぎちゃいます。いまや世界的スター「がーまるちょば」もここの常連でした。例のかばんが止まってるネタもよく見たなぁ。あの頃はトサカの兄ちゃんマイムうまいじゃん くらいに思ってたんですが、遠く高いところにいかれました。すごいこってす。いつかまた三茶に凱旋してくれるとうれしいですわ。
この大道芸のお仕事も10年近くやらさせていただいております。感謝感謝。イラストはイギリス人のジョン・シェリーさん。今はロンドンに住んでいらっしゃいますが20年以上日本にいらしたので日本語ペラペラ、メールも漢字まじっても大丈夫です。シェリーさんからの返信でたま〜にちょっとおかしなとこありますが雰囲気でわかります。だからラフも入稿もメールでやりとり、問題なくスムーズにやれてます。コレ20年くらい前だったら信じられないですよホント。

タッチの違うペン画の作品もステキです
http://www.jshelley.com/

シェリーさんがずっと絵の中に描いていたパフォーマーのオジサンに相棒が加わって、2005年にキャラクター、サンチャとダイドが出来ました。

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この名前ベタですよねぇ。ベタすぎる。そもそもはシェリーさんが候補として(サンチャとダイド)って名前つけてきたんですが、あまりにもなんで公募したんです。ところが一番多かったのが(サンチャとダイド)。で、結局(サンチャとダイド)。あらためてキャラクター見ると違和感ないんですよねぇ。はまってます。ベタ大正解だったわけです。

今年のポスターはダイドのアップ。インパクトがあってすごくいいポスターに仕上がりました。サンチャは帽子の穴からのぞいています。いつか着ぐるみ人形ができるといいなぁ。

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パンフレット見ますと今年初のパフォーマーが何組かいます。
「セレストロイ」  「ファミーユ・ゴルディーニ」
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「セレストロイ」、巨大な三人組で中世の楽曲を演奏するって書いてあります。やっぱ大道芸はでかいとポイント高いですねぇ。「ファミーユ・ゴルディーニ」は大きな女の人と小さな男の人のアクロバット。かっちょいいオシャレですわ。これまた楽しそうです。お天気なら二日間で15万人以上の観客でごったがえします。お客さんは年々増えてますから見たいパフォーマーがいたら早めにいって(お目当ての前のパフォーマーから)待ってることオススメしまっす。街歩いてるだけでもけっこう楽しめますよ。
http://www.setagaya-ac.or.jp/arttown/
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2009年10月08日

東京で味噌煮込みうどん

お味噌といえば地方によってさまざまですがワタクシの故郷の東三河では基本的に赤。朝ドラの宮崎あおいちゃんのお味噌屋さんのあるのが東三河のど真ん中の岡崎。母親の出身地であります。関係ないですが大関琴光喜の出身地でもあります。
うちのは合わせが多かったんですが基本は赤、だから大学で東京出てきた時、白に馴染めなかったなぁ。なんか甘ったるくてね。学食が白一辺倒で途方にくれましたわ。
そんな時、渋谷で見つけた故郷の赤味噌味が三河うどんの「ちた屋」。ここの味噌煮込みうどんは美味しかったです。ハンズをちょい越えた左側にありましたが、何年か前になくなってコンビニになってます。そこの女主人と話したことがあったんですが手を広げて店を増やすと目が届かなくなりダメになると言ってました。ローカルな話ですが愛知御津の方でした。ご主人が西小坂井だったかな。故郷の近所、三河も三河、東三河ど真ん中です。一軒だけ息子さんだかが市ヶ谷でやってるようです。いまもあるようなので今度行ってみようかな。
「ちた屋」がなくなったあと見つけたのが旗の台の「でら打ち」。

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ワタクシ咳喘息の持病がありまして検査で2ヶ月に一回旗の台にある病院にいくもんですからその都度通ってます。
美味しいです。
名古屋には山本屋という名店がありますがでら打ちはちた屋と同じで名古屋というより三河の味に近い気がします。店主と話す機会があったんですが、なんと高校の後輩でした。
その高校とは、げに恐ろしき 
1学年19クラス950人のマンモス男子校であった…
その暗い時代の話はまた後日。

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2009年09月11日

GO! マリナーズ!

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イチローの所属しているマリナーズを毎年応援してます。マリナーズが好きになったのは佐々木やイチローが行ってからなので8、9年のファンです。基本的にオリンピックでもそうですが日本人が活躍するのがみたいのでマリナーズから日本人がいなくなったら応援するかどうか微妙です。ですが試合を見ているうちに他の選手も好きになりました。ヤニバットで勝負強かったエドガー、小さな体で振り回すブーン、教師のようなインテリ顔で出塁してもヘルメットかぶっていたオルルッド、老獪な二枚目最年長モイヤー、みんな懐かしいです。メジャー見ていても好きな部分と嫌いな部分がありますが、嫌いな部分というか馴染めないのがトレードの多さ。ファンタジーベースボールと言うそうですが、ファンの間でも選手をの組み合わせを楽しむ見方が流行っています。今のマリナーズなんて子飼いで数年いるのはロペスだけ、一番長くいるのはイチローです。ドラフトで取った優秀な選手をトレードで出しちゃって、だめなロートル(古い!)取ったかと思うとそれもまた出して、そこそこの若手とって結局だめ。悪循環…ヤレヤレ、動かなければいい選手いっぱいいたのに…。
さてイチローです。イチローの9年連続200本安打が迫っています。今年のイチローは体調不良やふくらはぎのケガで苦しんだので喜びもひとしおでしょう。あんまり喜ばないかもしれないですね。所属するマリナーズが惜しくもプレーオフ進出を逃しそうだからです。奇跡でもない限り無理でしょう。ただ今年は奇跡でもない限りのとこまでいったのでイチローとしても自分の記録より惜しかった試合、足りなかった何かのことを考えるのではないかと思います。
来年こそは10月まで戦うマリナーズが見たいものです。
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2009年08月13日

WORLD HAPPINESS で完全アウェイ

ここ15年くらいムーンライダーズのコンサート行ってます。20周年も行ったなぁっと話していたら今年33周年ですって…メンバー四捨五入すれば60歳ですよ。四捨五入しなくても、もう赤チャンチャンコの方もいらっしゃいます。ヒット曲こそありませんがステキなバンドです。普通は1曲ヒットあって20年持たせる、なんて人がいますがヒットなしで33年、他にはないでしょう。そのムーンライダーズがWORLD HAPPINESS 2009という夏フェスに出るっつうんで夢の島に行ってきました。
夏フェスの中では後発で出演者も観客も年齢層が高めなんだそうです。そして、なんとワールドハピネスののキャラクターは子供シェイでお世話になっている100%ORANGEさんのハピネス坊や、なぜ坊やなのかはわかりませんがカワイイですねぇ。うちわやTIME TABLE 、レジャーシート、すっかりORANGEワールドでした。
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そのほかの出演者はコトリンゴ、ラブ・サイケデリコ、スチャラダパー、Chara、相対性理論、そしてYMOなどです。知らなかったんですが相対性理論、人気あるんですね。不思議ちゃんでした。デリコやCharaも流石!そしてお若い方たちもそれなりの方も一斉に前に押し寄せスタンディングだったのがスチャラダパー。やっぱり盛り上がりますよ。しゃべりも営業向き、慣れてます。
そこいくと我らがムーンライダーズ。ちょっと1万4千人はきつかったのか、曲の構成、流れがあってなかったのか、あきらかに完全アウェイ。後ろのパナマ帽カップルなんて、スチャラダパーの時はノリノリで通路の前の方にかけてったのに膝まくらで寝てる。隣の女子大生コンビはお手洗い、気がつくと我々の周りはみ〜んなシットダ〜ン。そんならそうでやりたい曲いい曲オンパレードでアッっといわせりゃいいんですが、中途半端に盛り上げ曲入れたもんだから益々ションボリしちゃいました。ムーンライダーズのコンサートなら盛り上げ曲で盛り上がるんですがここじゃ無理だって…知らないんだから〜。悪いことにムーンライダーズの後が相対性理論なんです。代わった途端にスタンディングだったから余計に ね。
そんなムーンライダーズでも秀逸だったのが『くれない埠頭』、泣きそうでした。夏の夕暮れにピッタリ。詩がいいんですわ〜愛だの恋だのへっちゃのって安直な詩がはびこる中、これは名曲ですよ。
膝まくらだのトイレだのいってる場合じゃないですよ。直立不動か正座して聞きなさい。

吹きっさらしの夕陽のドックに 
海はつながれて風をみている

どうなの? 皆さん!たまたま実力発揮出来なかったけど興味のある方YOU TUBEなんかで聞いてください。アルバムは『青空百景』に入ってます。
そんで、トリがYMO。大好きってわけじゃないけど、凄かった。モノが違った。音がいいのがわかった。やっぱ世界レベルだと思いましたよ。
ちょっとキロキロしたアレンジでしたが『ライディーン』で鳥肌立ちました。
なのになのにですよYMOになったら帰りが混むからでしょうか、なんと帰っちゃうふとどきモノがけっこういました。ビックリです。コレ聞かないで何聞くの?ナマ坂本龍一興味ないの? あっそう もう付き合わないアンタとは って感じ。
自分の好きなモノだけ聞くんじゃなくて面白いモノを見つける場でもあるんじゃないのかな夏フェスは。
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2009年08月07日

赤プリ旧館

先日、無名塾マクベスのパンフレットの対談のお仕事で赤プリへ行きました。
今はグランドプリンスホテル赤坂というそうな。でもグラ赤じゃなくて赤プリ。赤プリの旧館。そこで仲代さんと石川県知事さんと対談があったんです。お二人の波長があって盛り上がりとても楽しい対談でした。そしてなによりこの建物、ステキですわ〜うっとり。ワタクシ好みの昭和洋風建築。
やっぱり洋風は昭和初期が最高ですね。

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仲代さんはTBSの『海は甦える』というドラマの撮影のロケで来たことがあるそうです。調べて見ると1977年の作品。3時間ドラマで、加藤剛さん吉永小百合さんはじめ豪華キャスト、中身もすばらしく数々の賞に輝いた名作のようです。見てみたいですね。
建物の話に戻りますが、この赤プリ旧館はそもそも1930年(昭和5年)に李垠の邸宅として造られたものだったようです。それが1952年に売却され、1955年に客室35室を整備して赤坂プリンスホテルが開業したようです。今は泊まれませんが寝室や書斎などの内装は造り付けの調度品も含めて当初の状態で残されていてレストランの個室などに使用されてます。
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李垠(イ・ウン)さんというのは韓国の皇太子で、日本の皇族の方子(まさこ)さんと政略結婚させられています。ヒドい話です。満州の溥儀だけじゃなく韓国に対しても戦国時代みたいなことやってたんですね。お市さんの頃とちっとも変わってない。知りませんでした。しかも、はしかもですよ方子さんは、自分が旅行中に旅行先で新聞見て自分が結婚させられることを知ったんですって。ヒドい話です。結婚してからお二人の仲はよかったようです。なのに二人の子供(第一王子)は亡くなってしまいます。日本軍部・朝鮮軍部どちらかに毒殺されたという説もあります。ヒドいヒドすぎる。
方子さんは、夫の死後も韓国に残り、帰化して知的障害児施設を造ったり、韓国に住む日本人妻たちのために尽力をつくされたようです。頭が下がります。政略結婚させた人達は彼女の活動をどんな風に感じたのでしょうか?
いい話だなぁと思ってたら案の定オカジュンとカンノミホでドラマ化されていました。それも知らなかった。李垠一家が暮らした家としての改めて見る赤プリもまた感慨深いですね。ずっとこのまま残して欲しいです。

話は全く違いますが、この赤プリで20才ちょっとくらいの頃、子どものクリスマスディナーショーに、かぶりモノで出たことがあります。「鉄腕アトムショー」お茶の水博士やりました。鼻が50cmくらいあったかなぁ。鼻で前が見えにくく芝居がしずらかったです。それでも役付きだって喜んでいたら、役付きって子どもと写真撮影あるからショーが終わってもなかなか休めなくて大変なんです。汗ダラダラ。
子どもがステーキ食べてるのにオレ達ピラフだったし…しかもバットごと…ヒドい。
同じ赤プリでも方子さんに比べてちっちゃいなぁ〜オレ
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2009年07月30日

川村カオリさん

1991年のJALアイルのコマーシャルは衝撃的でした。

http://www.youtube.com/watch?v=WFld9O2ilns

カッコイイのなんのって凄かったです。
似てるっていえばツチヤアンナにちょっと似てますが
彼女が親しみ安いアバズレ感がるのに比べると(そこがいいとこですが)川村かおりは軟弱を寄せつけないシャープさや明るさがあり、キレキレにキレて光ってるように感じました。
あくまでこのCMの印象ですが…音楽の方とかは専門外でよくは知らないので実際は違うのかもしれません。

当時はマス広告の仕事を始めたばかりで、彼女のアイルのCMやポスターを同僚とよく話題にしました。
「こんなカッコイイのがやりたいよね」
「川村カオリだからだよ」
川村カオリが遠い目標でした。
その同僚も若くして鬼籍に入りました。
川村カオリさんが亡くなくなったことで同僚のことも思いだしました。
時代時代で、感じたモノ、すれ違ったヒト、話したコト
やはり刹那刹那のつながりがヒトの歴史になるようです。
あまりにも短かかった一生のことを思うと残念でなりません。
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2009年07月17日

蒲郡ホテルと常磐館

故郷は愛知県の蒲郡。前にもふれましたが蒲郡ホテル(蒲郡プリンスホテルを経て今は蒲郡クラシックホテル)というステキなホテルが海に面した丘の上にあります。いまはないんですが、かつては常磐館という純日本旅館が丘の下にあり、ホテルの前庭から常磐館まで渡り廊下でつながっていて行き来ができました。ホテルには子供の頃よくに連れて行ってもらいました。展望台にはその当時は上がれました。お城の天守閣に登ったような気分になりワクワクしたものです。
蒲郡のある三河湾の周辺は国定公園に指定されていて、その中心に、島全体が天然記念物の竹島があります。例の紛争のアレとは違います。
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その竹島の対岸に蒲郡ホテルと常磐館は建っていました。竹島と青い海だけ見える絶好の場所です。

ホテルから竹島をのぞむ    渡り廊下が見えます     
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昭和50年頃の絵はがき  

ホテルと常磐館は、どちらもよく映画、演劇、小説の舞台になっています。
岸田国士の舞台『驟雨』は蒲郡に新婚旅行にいった妹から絵葉書が届くところから始まります。
gama 0.jpg こんな絵葉書か(おそらく昭和初期)

その妹の新婦は新郎に腹を立て、葉書を追っかけるように帰ってきてしまうんですが、昭和30年くらいまでは蒲郡は風光明媚な観光地で有名でした。新婚旅行に訪れる人も多かったようです。三島由紀夫の『宴のあと』も主人公の新婚旅行先が蒲郡です。また『細雪』では雪子が見合いの帰りに旅行してますし、小津安二郎の映画『彼岸花』では常磐館が同窓会に使われています。

昭和初期の常磐館
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池波正太郎のエッセイ集『よい匂いのする一夜』にも登場します。池波さんは廃業する直前に建物を写真に残しておきたいという気持ちから訪れていて、何度も宿泊した思い出とともに書かれています。その時撮られた写真を見たいですね。
池波さんが初めてホテルに宿泊したのは戦前、まだ少年だった頃に知り合いの三井さんという老人に
「正ちゃん、いいところへ連れて行ってあげましょう」と誘われ、本物の洋式ホテルを教えてくれたそうです。蒲郡まで連れてきて若者の面倒を見るなんて…昔の大人はゆとりがあっていいですね。
三井老人はこの部屋数も少なく、どこかのんびりしている蒲郡ホテルが好きだったようです。その三井老人の口ぐせが
「切羽つまった生き方をしてはいけませんよ。たとえ気分だけでもゆとりの皮1枚残しておかなくてはいけません」 身にしみます。
大正二年創業の常磐館、どうして残せなかったのだろう。市が一度買い取ったわけなのでゆとりがあればなんとか出来たでしょう。今、跡地には古い病院を移築した海辺の文学館が建っていて当時の常磐館の家具なんか飾ってあります。
物は壊れます。ですが壊したら繕っても取りかえしがきかない。部分で残したって価値は100分の1もないでしょう。
ホテルの方は運良くプリンスホテルとして生き残りました。なるべく当時のママを優先したプリンスホテルのセンスも良かったのでしょう。細かい部分は変わりましたが久野節がデザインした昭和のクラッシックホテルはそのまま受け継いでいます。
文化を残すにはゆとりとセンスが必要です。

昭和初期の
ホテルのパンフレット
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タグ:常磐館
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2009年07月08日

OLYMPUSといえばPEN

レトロ好きというか昭和好きのワタクシにとって垂涎もののカメラが出ましたよ。
オリンパス・ペンEP-1 えっペン?ペンってあのペン? あのもこのもペンですよ。
1960年代〜誰もが持ってたペン。オリンピックを撮り、万博を撮り、家族友達アイドルを撮ったペンがデジタルになって帰ってきます。1700万台売れたんですって。ペンのように気軽にパチパチやれることから命名されたんじゃなかったかな。
やっぱり一眼は重くてね〜。ワタシにとっちゃ
「やっぱ重いわニコン」なんですよ。
一眼までいかなくてレンズ交換も楽しめてデザインがいいもの、そんなカワイイやつ。
待ってましたよ〜。 といってもまだまだ買わないですけどね。

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ボディだけで8諭吉くらいするし…EP-1でしょ、EP-2、EP-3って改良型がでますよきっと。そもそもそんなにいるのかってこともありますし、携帯のカメラ性能のいいやつでいいじゃんってこともありますし、欲しいことは欲しいんですけどね。
た〜だ、た〜だデザインなんですが、悪くはないんですよ。
ないんですが昔のペンの方が好みなんです。グリップがついてて持ちやすくなってるんでしょうが、昔のマンマ中身だけデジタルって風にはならないのかな?それがベスト。

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キムタクが以前カローラのCMやってて、昔のカローラとの比較みたいな感じになるんですが昔の方が断然いいんですよね。
人はよりよきモノを後世に残していくために存在しているとしたら、機能や技術はそうなっていっていると思いますが、デザインはどうなんでしょう?
アナログの古いライカやニコンを見た時にステキって思って惚れ惚れしちゃうのはなぜなんだろう?単なる郷愁?憧れがどこかに残っているのかな。いやいやイイものはイイんですよきっと。
今の学生とかに新旧のペン見てもらったらなんていうんだろう。
そんなことは気にしない。気にしない。
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2009年07月06日

お前達の考えていることは全部近江俊郎だ!

またまた事務所のトイレににあるご教訓カレンダー7月6、7、8日分のお話。
おもわず吹き出してしまいました。近江俊郎さん、いままで何年も忘れてましたが、すぐお顔が浮かびました。審査員とかやってらしたなぁ。全部近江俊郎にしたらどんなんだろう、悪者の考えていることも優しくて問題なさそう…。
その近江俊郎さんは7月7日生まれ。だからこの3日の所に使用されているわけなんですが、日にちと事柄のコピーを合わせていくのが面白そうだけどタイヘンですね。

7月7日といえば七夕。天の川も織姫も彦星も見たことがありませんが、子供の頃七夕祭りにいって迷子になったことがあります。
小学校2年か3年だったかな?実家のある愛知県では安城の七夕祭りが有名で貸切バスツアーで見に行ったんです。満員のツアー客の中、ワタシと年子の兄貴と二人だけが子供だけの参加でした。親が用事があって一緒にいけなかったんですが、無理に頼んで行かせてもらいました。今のように携帯もなく、何万人も来る中で子供だけ…あきらかに無謀でした。
会場では楽しくて遊んでいたのですが、帰る時間になって自分たちのバスの停留所の方向がわからなくなってしまいました。早く聞けばよかったのですが…迷子になったことが恥ずかしくて聞けないうちに泥沼にはまっていって最期は半べそでおまわりさんのお世話になり、バスに着いた時には1時間以上待ち合わせ時間を過ぎていました。
他のお客さんはプンプン、兄貴とワタシは責任をお互いになすりつけてプンプン。
家に帰って報告したら母親もプンプン、
「ふたりで大丈夫って言うから行かせたのに!」
「始めっから子供だけだってわかってるから誰か見てくれてもいいのに!」
無理でしょう。無理だと思うなぁ。
今の興味はシアトルマリナーズ、ここんとこ毎年最下位球団なのに、どういう風の吹き回しか(監督がいいんですけどね)頑張っています。
タナバタよりタナボタ、その話はまたいずれ〜。
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2009年06月25日

「蔵に収めず」

親しくしている神田神保町の古本屋さんから今年の七夕入札会のカタログが届きました。一般人が参加できる最大の入札会でなにより本物を間近で見られるのが魅力です。鑑定がしっかりしているようで偽物がまずないところもいい。
そのカタログの中に目に止まった短冊形の色紙があった

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いい。深い。みみっちくない。ついつい蔵におさめちゃうなぁ。
収集癖なんぞや!モノで言うなら、使ってこその真価。
アイデアや行動で言っても、動いてこその真価。蔵に貯めちゃあいけません。
と、簡単に思って悦にいっていたのだが、
調べてみると実は聖書の有名な言葉の一節でした。
「マタイ伝七章」の中に
「思い煩うな。空を飛ぶ鳥を見よ 播かず 刈らず 蔵に収めず」とあり、太宰治の自由世界へのあこがれを示す言葉のようです。空の鳥は、種をまくことも、刈ることも、そして実った穂を蔵に貯蔵しなくても、神さまは彼ら(鳥たち)を養って下さっている、という意味だそうな。深いというか高い…。
太宰治全集の一日の労苦という短編の中にも引用されています。
聖書読んだことないからなぁ。ホテルってなんで聖書なんだろう。日本人で聖書読む人いるのかな?キリスト教偏重じゃないかしら?
まぁ「般若心経」とかおいてあったら気味悪いけどね。怖くて寝られません。
何かに書く機会があったら座右の銘として使おう。でも書いた人達の中にキリスト教信者がたまたまいてあ〜だこ〜だ突っ込まれたらヤダなぁ。
おとぼけなヤツに「蔵あるんすか〜すごい家っすねぇ〜」とか言われてもヤだし…
え〜いままでは色紙に寄せ書きとか書く時は「青菜に塩」でした。
なんか力ぬける感じが好きで…まぁギャグですけどね。
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2009年06月09日

オマタジャグジー

事務所のお手洗いには御教訓カレンダーが吊してありまして、三日ごとにダジャレ系脱力コピーが1本ずつ。ゆる〜くなごませてもらってます。
三日ごとなので三日坊主めくりとも言います。そんで昨日のがコレ。
『オマタジャグジー』
いいじゃないですか〜?このほんのりH加減が…。
何日か前の『もろちんOKです』にも笑いましたが、ちょっとこっちはストレート過ぎますよね。
『オマタジャグジー』でフフフッとにやけながらパソコンでヤフー見てたら、なんとオタマジャクシが空から降ってきたという仰天ニュースがトピックスの1面に載ってるじゃありませんか?
なになに……石川県で空からおたまじゃくしが降ってくる怪現象が発生していることが8日分かった。七尾市役所によると、4日に市内の市民センター近くで約100匹もの大群が降ってきたという…。
オマタいやオタマジャグジー状態ですよ。こりゃ
その市民センターなる場所を詳しく調べてまたまたビックリ。
石川県七尾市中島市民センター。能登演劇堂のあるとこじゃないですか〜。無名塾の公演ですんごくなじみの場所でした。
ちょうど無名塾の能登演劇堂公演『マクベス』のことで演劇堂の方とやりとりしてたので聞いてみましたが、いたずらじゃなくって本当に降ってきたそうです。驚いたでしょうね〜。
近くでちっちゃな竜巻でも起きたのでしょうか?
こういう空から降ってくるモノってけっこうあるらしく、魚や蛙、トマト、くらげ、石炭なんてのも…。映画の「アメリカン・ビューティー」や「マグノリア」にもカエルが降ってくるシーンが出てきます。このアイデアは旧約聖書から引用しているらしく、蛙が聖書などに出てくるとき、それは「変わる、リセットする」などの意味を持ち、後悔を積み重ねた人々が、 「やり直せる、変われる、リセットできる」という暗示でもあるとか…。
オタマジャクシは成長過程なのでリセットなのか?リセット中なのか?そこは疑問です。
作曲家ならオタマジャクシが降ってきたら大喜びでしょうが。

え〜どちらにしてもカエルよりはオタマジャクシの方がいいし、オタマジャクシよりもオマタジャグジーの方が気持ちよさそうですわ。
お金や宝石が降って来ないかなぁ
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2009年06月05日

デザイナーになる前にした仕事 その1

デザイナーになる前はいろんなバイトというか仕事をしました。
その中で一番強烈なのがコレ

『ジャンケンマン』

その頃イベント会社の管理的なバイトしてました。ある日事務所にいくと会社の人が困った顔でワタシに言うんです。
「ゴメ〜ン、いつも頼んでいるヤツが急に熱出しちゃって…行ってくれるかな」
「…いいですけど、何ですか?」
「あ〜カンタンカンタン長崎屋行ってちょっと子供たちとジャンケンやって盛り上げるだけたから」
「ハァ〜」
「今日は倍出すから」
倍ってなんて魅力的な言葉でしょう。あとさき考えず引き受けてしまいました。不幸の始まりです。
「ありがと〜じゃ衣装これだから」
渡されたのは黄色い全身タイツと金だらい。「……」
金だらいの底に赤青黄のグーチョキパーが、いかにも手作りって感じで着いてます。フランス陸軍のように逆にして被るんでしょうか、アゴヒモがついてます。
「時間ないからさぁ。すぐコレ持って行ってくれる。向こうに景品とかメイク道具とかあるから」
覚悟を決めたワタシは金だらいを持って、山手線中央線を乗り継ぎ現地へ向かいました。

店舗に着くと控え室というか隅っこで着替え、顔を田舎芝居の間抜け役のようにドーランをぬりたくり金だらいを被りました。
鏡に写すと、そこには見たこともないマヌケなヤツがいます。キャラクターのわかる、唯一のグーチョキパーが布製のためダラリとして体をなしてません。
「ジャンケンマンって言わなきゃわかんないな…」
あまりの姿に呆然としましたが、すぐに出番だったので与えられたちっちゃいラジカセとA4くらいの景品箱持って場所に向かいました。景品っていったってつまんないガラガラレベルです。

長崎屋さんの一階正面横で11時と3時にワゴンセールがあり、じゃまにならないはじっこでジャンケンするのが仕事でした。セールの盛り上げ役といった役どころだと思うんですが…。
「いつ、どのタイミングで始めるんだろう」不安です。
MCなし、紹介アナウンスなし、マイクなし、キッカケもなし、もっとも過酷だったのは台がないことでした。ビールケースでもいいんです。ちょっと台があれば誰かが注目してくれてジャンケンが始められます。よくリンゴ箱営業って聞きますが、地面ベタほど辛いこたぁないです。海抜0mの恐ろしさ。
気分は超どんより半泣きでした。
軽やかなアナウンスとともに隣でワゴンセールが始まりました。ワタシのことは気持ち悪がって誰も近寄ってきません。
おかしい人がいるくらいしか映ってないのかもしれません。
始めどきがわかりません。勇気を振り絞りラジカセつけましたが、楽しそうな音楽が流れるだけ。せめて「ジャンケンマンが来たよ〜」くらい入っててくれれば…
これが社員教育研修だったら間違いなく辞めるよ。

思いきって声出しました。
「ジャンケンやらな〜い」「ジャンケンどうですか〜」
どうですって言われても唐突じゃない。
あ〜地獄だ〜。
10分くらいたったでしょうか。呼び続けても誰も通りかからず、声も小さくなり、体が氷ついてきて、いてもたってもいられなくなり、いよいよこりゃヤバイと思った瞬間、後ろからシリをおもいっきり蹴られました。
悪ガキです。
「変なヤツがいるぞ〜!」なんか言われてまた蹴られました。

涙が出ました。ありがと〜ツッコミ。ほんとに嬉しかったです。
ツッコミってこういうことだったのね。
キッカケがこんなに大切なんて。
「なんだよ〜ジャンケンやってオレが負けたら景品やるよ」
「やるか〜」「やるぞ〜!」「ジャンケンポン!」
その子と始めたジャンケンの声につられて子供たちが集まりはじめました。
危機を乗り越えたのです。縮こまっていた全身が開放し、無心でジャンケンをしました。
ジャンケンの極意がそこにあったのです。

これから先どんな恥ずかしいことも、ジャンケンマンが出来たんだから我慢できると思いましたよホント。

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2009年06月03日

旅先で見つけたステキな広告

銚子電鉄に乗ってきました。

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銚子電鉄とは正式名称「銚子電気鉄道」、銚子から外川駅までわずか6.4kmをゴトゴト走る1両電車です。電車というよりチンチン電車…感覚はバス…?。
関東最東端の銚子からさらに犬吠崎へ半島の海沿いを走ります。海沿いなんですが海が見えてるわけじゃなく、まばらな住宅街やくぼんだ空き地を走ります。
銚子から乗るときですが、まずJRの駅の改札を素通りします。
JRの駅員さんに「切符はどうするんですか?」と聞くと「中で買ってくださ〜い」
ちょっと不安になります。だってキセルっぽいし、そもそもJRじゃないのにJRの人に聞くっつうのも変だしねぇ。こそばゆい感じで改札通って階段上り下りして行くとホームのはじっこにカワイイ電車が止まっていました。さっそく乗り込んでしばらくすると、子供のころ乗ったバスみたいに車掌さんが切符を売りにきました。おにいちゃんでしたが…
何事も経費削減ですね。これですんじゃうなら切符自販機や改札なんて必要ありません。よ〜くわかりましたよ。
銚子電鉄は老朽化や社長の横領事件なので経営が悪化しいつも廃線の危機にひんしています。そのためサイドビジネスが有名で「ぬれ煎餅」を駅で売っていました。「ぬれ煎餅」で修理代をかせいだそうです。「ぬれ煎餅」おそるべし。
なぜぬれなのか、銚子との関係は? そこは謎です。鰯入り?
そんなわけはないですね〜」。鰯グッズも色々売ってました。
さてステキな広告。その銚子電鉄の中にあった中吊り広告。

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「榊原豆腐店」手作りの切り張り作品です。これはおセンスがただ者じゃないですね。ステキです。アートです。他にも手作り広告はあったんですが、他のモノは普通でした。グラフィックの仕事をしてると言いたいことを突出させてデザインしがちなので、こういう雰囲気モノ見ると原点を見た気がしてうれしくなります。
「榊原豆腐店」を調べて見ると終点駅の外川にある100年続いたお店でした。
次に行く機会があったらお豆腐屋さんものぞいて見ます。
銚子電鉄、応援しましょう。小さなモノが淘汰されてく社会はつまらないです。
ちなみにメジャーのインディアンスいる元ロッテの小林雅英投手が支援しているようです。今3Aなんですよねぇ。
マリナーズファンなんですが、小林投手も応援しまっす。

最後のは犬吠崎のパノラマ写真(カメラ KODAK EasyShare V705)パノラマは3枚つなげて撮影できます。
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2009年05月01日

こんなカメラで持ち歩いて撮影してます。

角マルのモノって苦手です。車の流線型も大キライ。電気自動車なんかのあのマルマルしたカタチなんて冗談じゃない。家電、特に洗濯機や冷蔵庫、炊飯器ていった白モノ家電は軒並み、角マルマル。そしてもうひとつのダメ要素ウスラ模様が入っていることが多いです。そしてなんでかでっかい丸文字? 
あ〜マルって××
逆に60〜80年代の家電や車見るとうっとりしちゃいます。古い映画観ていて、街や部屋の装飾を見るのももうひとつの楽しみです。ミッドセンチュリーセンチュリーしてなくていいんですけどね。
その微妙なとこ…わかります?きっと同じ考えの方いるはずです。ともかく角マルいつかなんとかしましょう。
デジタルカメラなんかはまだいい方なんですが、なんだかどれも似たデザインに見えるはどうしてでしょう。面白くないです。そんでワタクシの普段使いのカメラがコレ。

KODAK EasyShare V705
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背面も面白いデザイン
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小さくてオモチャみたいなデザイン、気に入ってます。
約100mmの幅、50mmの高さ、そして20mm奥行き。携帯サイズなんですが、なんといっても変わっているのはデュアルレンズ。これは2眼カメラのようにひとつが露出を計るモノではなくって、一つはF2.8の超広角固定焦点レンズなんです。それも23ミリ。これが面白い。三点合成の180°パノラマ写真も撮れます。街を歩いていて気に入った建物なんかも切れずにすっぽり。どうしても撮影する時、広角の方ばっかりで撮っちゃいます。
それに角マルじゃないし。ここが重要です。
ただ、すごい難点もあります。簡単に言うと写真が今ひとつ。710万画素あるんですけど、晴れた日はともかく暗いとこなんてケチョンケチョン。何年も前のオリンパスに負けます、っていうかいいカメラのついた携帯にも負けます。デザインいいのにそこがなぁ〜。そこはずしてどうするって言われそうですが、いいんですデザインがカワイイから…マルくないし。
カメラって結局レンズの大きさなんですよねぇ。
2つレンズ付いちゃってるからちっちゃくなっちゃうのよね。
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2009年04月03日

東京に来ていただいた大切なもの 

大学から東京に住むようになったんですが、受験のために上石神井の叔父さんのアパートに1週間ほどいました。まだ10代、その時のことです。叔父さんも1日中甥っ子の面倒もみてられないので鍵を一個借りて、ひとりの時は晩御飯なんかも適当に食べてました。
その日も晩は食べたんですが夜になって無性にお腹がすいてきました。叔父さんは飲みにいってるらしく帰ってこないし、お店やスーパーは閉まっているし、コンビニなんて便利なものはないし、何時頃だったんだろ?9時か10時だったのかな。しばらく近所をふらふら歩いてると、「小料理 ○○おにぎり」 という看板が目に入ってきました。子供でも飲み屋だということぐらいはわかります。そして、おにぎりがあることはすんごくわかります。
結局、空腹に負け、おにぎりというステキな響きの魅力に勝てず、おそるおそるお店の戸を引きました。
「いらっしゃい」
美人のママさん二人、姉妹かな? カウンターのみの小さな店に常連さんらしきオヤジが三人くらい。
一斉に視線を感じたんですが、眼を伏せて入口に一番近い席に座り、
「すみません、おにぎりだけでもいいですか」と早口で注文しました。
今だったら絶対できません。若気もそうとうイタっておりましたよ。
「どうぞ、だいじょうぶですよ」
やさしく迎えいれていただき、お茶とおしぼりがでてきました。
しかし、居心地の悪いこと悪いこと。
しばらくして、出来立ての美味しそうなおにぎりと味噌汁がきました。食べることで居心地の悪さが少し薄まったのです。ワタシのなんとなく落ち着いた頃をみはからって隣のオジさんが話しかけてきました。
やさしそうな感じのいい人です。
オジさんといっても30代後半〜40才くらいでしょうか
飲まない受験生が一人小料理屋に入ってきた。
ものめずらしかったんでしょう。
「いくつ〜」とか「どこ出身」とかあたりさわりのないこと聞かれたあと、
突然今日オレの誕生日なんだけど一軒付き合って と誘われました。
ちょっとたじろいでいると、ママさんがだいじょぷよと後押ししてくれる。
そこでなんとなくオジさんについて近所のスナックに行きました。
誕生日ケーキがあったり、お祝いムード満点。
ワタシはというと、やっぱり居心地が悪く居場所もなく
はじめて会う大人達とあたりさわりのない会話をしてました。
そのうちオジさんが「そろそろ君は帰るかい」といって
おにぎり屋の方まで送ってくれたのですが、別れる時に
「これから東京か、ガンバって」といってオサツをくれたのです。
見ると1万円でした。「だっだめです!いいですよ、もらえないです」と
何度も断ったのですが
「今日つきあってもらったからいいよ。ガンバって」と手に押しつけて
スナックに戻って行きました。
オジさんとはそれっきりです。

今の自分はオジさんの年齢を追い越しましたが
あの時の「ガンバって」にまだ応えられてない気がしていて
いつも思い出し、励まされます。
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2009年01月27日

面白いことにマゼてください。

デザイナーには二通りタイプがあって、内にいてキレイな美しいレイアウトを求めるタイプと、外に出て色々ディレクションしたり初めから絡んでないと嫌なタイプがあると思ってます。ワタクシは後者。よくそんなことまでされるんですか〜と言われることもあります。そんなこととは編集的なことやコピー的なこと。本業のいない場合は特に自分の仕事だと思ってやっとります。
レイアウトだけするなんてつまらない。やはり企画は元から関わりたいんですよ〜。面白いことにマザリたいです。
ちょっと前の作品ですがシェイクスピアの「尺には尺を」1色のみの仮チラシです。

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シェイクスピアの中でも超ジミ〜な作品で誰も知らないのが大きなネックだったので、特長をコピーにして4種類作ったらと提案してOKもらいました。
チラシって4枚か8枚面付けして印刷するので4種類作っても印刷の手間は同じなんです。それで納品するときに丁合してもらいました。丁合とはコピー機で言うソーターのこと。つまり、劇場でチラシもらった時に隣の人と違ってたらちょっと面白いと思って…。効果のほどはわからなかったんですが気に入っているチラシです。

そんなこんなで、よくお芝居のチラシ作るんですが、実は寂しくもあるんです。チラシが上がった頃ってまだ芝居の稽古もしてないので芝居のスタッフという感じは今一つしなくって…。共有する時間がないからじゃないでしょうか。
それと例えばチラシの表紙を役者さんで撮影した場合ですと、役の雰囲気で撮影したとしても稽古に入ってもいないので役に完全になりきれるはずもなく、役になりきった舞台写真には決して勝てないんです。きれいには撮れても匂いまでは来ない感じかな…。
逆にいうと本番までに役を作り上げる役者さんてホント素晴らしいですね。
そんで結局とどのつまり
宣伝するより、モノづくりの方が面白いと思ってしまう時があるんです。
凄くイイ商品があるとすると、いかに沢山売れるように広告するより、いかに商品を凄く良くするかを考えた方が面白い気がするんです。あたり前といえばあたり前なんですけどね。

そんな無理なことばっかり考えてるわけじゃなく、チラシも立派な芝居のプロローグ。ワタクシも座組の一員として参加してる気ではあります。
だけど、すんごいいいチラシできたっと思って本番見に行くと全然違っちゃって芝居はよくても自分だけガッカリすることもママあんですよ〜ふ〜 
今年はうまくマザるようにしないとな〜
タグ:尺には尺を
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2009年01月10日

家具も昭和でちょっとモダンが好きです。

あくまで家具のことですがワタクシ便利とデザインは一致しなくていいと考えてます。
一致しているものは意図的であまり好きではないんです。
そういう意味でビフォーアフターのアフターの家具は嫌いです。
おばあちゃんになってもお化粧してほしい、匠がこんなところに…といった感じで紹介される寄せ木細工のように、壁に見事に組み込まれた椅子とか鏡台とかです。あんな椅子に誰が座りたいですかね。コンバネで切っただけ無味乾燥なヤツ。ヤです。シンプルイズワーストですわ。
昔の家具ってちょっとした装飾が面白いんです。うちにも色々あります。
もらったものでは、明治に建てられた愛知の実家のホンヤが立ち退きで壊されると決まった時、親父や祖父母が使ってた家具がずいぶん残ってました。家具は戦後、たぶん20〜40年くらいのものが多いと思います。田舎の人は古いのみんないらないっていうんです。赤帽頼んで愛知から東京まで運びましたよ。ワタクシも横に乗って。ちょっとお尻痛かったなぁ。
アップ写真でご紹介します。

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               最後のは下駄箱、
               引き戸のレールがなんと木です。

買ったものは、東北沢の山本商店のがほとんど。ここのいいのは使う前提で店に出していることです。修理してあるのももちろんですが、埃なんかもなくキレイでキモチいいです。しかも値段が安い。興味のあるかた一度行くべし。相談にものってくれます。あと都内だと配送が業者じゃなくてお店からなので配送料も安いです。

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今欲しいのはスタンダードでクラッシックでくつろげて小さいソファー。ほんであんまり高くないやつ。カリモクとかちょっと固いから×です。
話はずれますがカリモクってオシャレっぽい名ですがもともと愛知の刈谷木材って普通の名前の家具屋さんなんです。名前でいうとガンバ大阪だってはじめ聞いた時、あんまりへっぽこな名前でズッコケました。ガンバですよガンバ。でも今ガンバのエンドウって耳障りすごくいい。名前って使う人が育てますね。
話もどすと、家具の好きずきでいうと、民芸調や古民具は× 猫足系も× 高価すぎるのも× 昭和でちょっとモダンがいいんです。 
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2009年01月02日

明けましておめでとうございます

皆様いかがお過ごしですか?
ものすんごくダラダラしております。
食べて寝るだけの正月なので牛になりそうです。
牛といえば

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2009年、牛年の年賀状はこんな感じになりました。
あ〜巨大な不況に果敢に挑んでいくんですね〜って
深読みして言わないでくださいね。
苦し紛れでこうなっただけなのです。
カウベルとか乳牛とかも購入して色々ひねったんですがコレになりました。
カウボーイフィギュアは牛フィギュアよりすんごく小さく、ピントが両方にあわないので別々に撮影しました。いいデジカメもってないので難しいですね。

それにしてもアトムやスーパージェッター、未来予想図が登場する漫画が流行ったワタクシが20世紀少年だった頃、2000年はすんごいはずでした。
学生の頃映画「2001年宇宙の旅」を見た時も、近い将来はこんな風になるのかぁっと思ったものです。
その2001年からさらに8年経ってしまったのですが、車は空を飛んでいません。
宇宙旅行もしてないし、街にロボットはいません。
あえて言えば近づいているのは携帯くらいですかね。服装だってほとんど同じ
70年代80年代のものがもてはやされているくらいです。
変わらないのが少しガッカリ、でも昭和好きの自分としては嬉しい限りです。

今の漫画家が未来予想図を描いたら全然違うものになるかもしれません。
宇宙的なフォルムやデザイン自体が無理矢理すりこまれたモノでしかなく
100年後200年後の生活スタイルは、機能的には優れていくでしょうけど
見た目はそんなに変わってないのかもしれないですね。





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2008年12月17日

貸し切り美術館

自由が丘近辺に住んで、10年以上になるのにいまだに地形が理解できない。
もっとも近辺といっても以前も二駅離れていたし、今は引っ越してまたもう二駅離れたので自転車使っても20分以上はかかる。
それでも天気の良い日には自転車で出かけたくなる。
自由が丘には自転車でぐるぐるしたい魅力がそこかしこに潜んでいるからだ。
そのあげく地形が理解できなく迷う。帰りにちょっと違う道から帰ろうと思うと、もう迷う。なんとな〜くはわかっているものだから余計始末が悪い。
知ったかぶりで違う方向に向かうからなのだ。
しかし行きと帰りが一緒の道は面白くないからしょうがない。

先日の土曜日もちょっと迷った。迷ったから楽しい寄り道ができた。
それが宮本三郎記念美術館である。入口を入るとすぐ左手に受付があった。
あったのだがお姉さんに緊張感がない。怪訝そうである。
「おっお客さん?お客さんですよね?」って感じ。
こっちもフラッと来たので、そこがどういう所なのかまだ理解してないし、顔に目的意識がない。それが伝わったたからなのかもしれない。

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200円の入場料払って二階の展示室に入って緊張感のない理由がわかった。
誰もいないのだ。広くはない展示室だが自分一人には広すぎる空間。
はりつめた空気、そして静寂。
もったいない。でも満足感は倍増する。
不勉強で宮本三郎という画家はよく知らなかった。常設展示してある絵画を見ると独自のスタイルをくずさないタイプではなく時代時代で作風も模索し変化していった人のようだった。失礼な言い方だが一流の方の絵画は迫力がある。
仕事柄イラストを見る機会は多い。
イラストは好きなんだが絵画と違うところをあえていうと絵が描かれた時間の長さが違う。そして何週間もかかって描かれた絵は善し悪しでなくそれだけで存在感がある。存在感は少なからずキャンバスに向かう時間の長さも大きな要因だと思う。

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さて展示は画伯が装幀を担当された本や所有されていた書籍、また資料であった。
5千冊余りの蔵書とあるので、ほんの一部なのだろう。
向田邦子なんかのをよく描かれていた中川一政画伯と同じ世代なのだろうか?
同じ匂いがする。
獅子文六、大佛次郎、石坂洋次郎など昭和初期のブックデザインを沢山見ることができた。入口にはの画伯がもらった牛年の年賀状が陳列してあっったりしてそんなとこも面白かった。この展示のポスターも素敵だ。
そもそも古い本や装幀が好きなので、迷い道で思わぬ拾いものをしてとても楽しかった。
やはり道にはすすんで迷うべきなのだ。
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