2013年10月25日

嵐のまっただ中に「三人姉妹」を

「三人姉妹」の初日があきました。終演後の楽屋前通りは、面会の観客や関係者、メイクを落としたばかりの出演者でごったがえしています。3〜4人のガヤガヤした人の山が出演者を囲んであちこちに出来、その人の間を縫うように手応えの空気が流れているのを感じました。
喧噪から離れてこっそり舞台裏へ。装置をのぞきます。
観客席で観るよりはるかに大きく、自信に溢れていて近寄りがたい。役目を終えたばかりの装置はまだ静かに息をしています。

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4幕を休憩なしの1時間50分に凝縮した「三人姉妹」。4幕が吉田美奈子の曲でつながり、人々の希望が苦悩へと変化します。2幕を終えた所でもう目頭が熱くなりました。
初演と演出は変わっていないのに芝居は密度が濃くなってます。充たされない疎外感が深まり、愛情も深まり、誰もがより強く肩を寄せ合っている。再演の面白さです。山崎さんのチェブトゥイキンが面白かったです。正体をなくすほどのアル中にはなりません。それゆえチェブトゥイキンと姉妹の母親との関係が真実味を帯びて見えてくる。新しい発見でした。
短くしていることや、俳優が常に舞台上にいること、観る位置の問題もあります。賛否あるでしょうが、完成度が高く、たった四回しかないのがもったいない。
土日、嵐のまっただ中に、嵐の過ぎ去った後に、ぜひ観てほしい作品です。

華のん企画 「三人姉妹」
場所:東池袋 あうるすぽっと
26日(土)16:00、27日(日)14:00
http://www.canonkikaku.com/information/chekhov.html

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2013年10月17日

チェーホフのジタバタを観に行こう

チェーホフが亡くなって百十年が経ちます。チェーホフを二十歳で読んだ時は、何が面白いのかまったくわからなかったんですが、年をとればとるほど噛めば噛むほど面白くなります。何が面白いのかってあらためて考えると、ジタバタなんです。人は三十過ぎ四十過ぎて、自分のできる事できない事がだんだんわかってきますが、なぜかすんなり認めたくないのでジタバタします。チェーホフに出てくる人物も同じなんです。そこには充たされて幸せな人は一人もいなくて、誰もがジタバタしています。
若い頃はジタバタすることがないんで面白さがわからなかったんですね。
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そのチェーホフの秀作、華のん企画の「三人姉妹」が再演します。こういう噛めばの類の話は、出演者の演技も噛めば噛むほど味わいが出るので再演もすごく楽しみです。2年前の初演の打ち上げで、すぐ出演者から再演したいという声が上がったようです。今の日常にもジタバタすることなんて溢れているのに、チェーホフにはどこか底知れぬ魅力があるようです。山崎清介さんが描く「三人姉妹」は、出演者が常に舞台上にいるという張りつめた空間。面白く斬新で刺激的です。
華のん企画 「三人姉妹」
場所:東池袋 あうるすぽっと
10月24日(木)19:00 、25日(金)14:00、 26日(土)16:00、27日(日)14:00
http://www.canonkikaku.com/information/chekhov.html

チェーホフシリーズはパンフレットのイメージを統一しています。
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具体的には同じ布の上に作品に合う小物を置いてその都度撮影。撮影する布の場所は変えてるので柄が違っています。(今回と短編集1+2は再演なので色調を変えただけです。)「三人姉妹」は女性っぽいイメージにしたかったのでちょっとクラシックなブローチにしました。さすがに百年とはいかず、五十年くらい前のものです。ネットなんかでもいいものがなく都内色々まわって西荻窪で見つけました。
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「三人姉妹」の中に、百年後、二百年後の世界を想像する場面があります。チェーホフは覗き見サイズの巷の世界から、一気に百年後の人に想いを馳せ、俯瞰から見ることでジタバタをスケールアップさせています。
いまはチェーホフの時代から百年経ちましたが人はあまり変わってないように思えます。さらに百年後はどうなんでしょう。人は不変なのか、普遍なのか、やはりどうにもならなくてジタバタするのか。
ぜひご覧ください。
タグ:チェーホフ
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2013年10月04日

ロミオとジュリエット観劇ノート

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能登演劇堂で「ロミオとジュリエット」の初日を観てきました。今、なぜか宝塚やらミュージカルやらあちこちロミジュリブームです。そういえば大昔に百合ケ丘に遊びに行った時、ロミオという床屋とジュリエットという美容院が近くに建っていて妄想しました……はどうでもいい事ですが、ロミジュリって簡単に言えば、敵同士の息子と娘が恋に落ちるけど悲しい結末を迎えてしまうという誰もが知ってる物語です。それだけ聞くと分かりやすい話なのですが、これを元のシェイクスピアの戯曲で読むと、つじつまはあってないし必要ないと思われる部分も沢山あるし、おまけに散文詩のようなシェイクスピア独特の長〜い言い回しのオンパレード。さらにシェイクスピアの時代は装置も照明もなく、まっ昼間に上演されていたので、時間経過や場所の状況説明の台詞、例えば「いまは朝で、ここは誰ん家だ〜」なんてのをその都度言わなくっちゃならない。じゃないとお客さんが話についてこれなかったんでしょうか。そのまま戯曲通りやったら3時間半はかかるとか。耐えられません。なので短くするのはもちろん、現代語に直したり、芝居そのものを現代風にしたりして上演するとこが多いんです。
そこいくと無名塾の「ロミオとジュリエット」、チャレンジしてます。もちろんカットして2時間半くらいにしてますが、台詞はいたってオーソドックスなシェイクスピア調。長いです。そんでもって無機質な箱と柱だけのシンプル装置に衣裳小道具はリアルなので、役者の力が試される逃げ場のない舞台です。気をてらったり、〇〇風にやることよりも実はチャレンジなのかも。いばらの道をすすんでます。
でも、なんでしょう。しゃべっている意味のすべてはわからないけどシェイクスピア調の美しい節回しを聴くのは心地良い。そういう台詞のやりとりこそシェイクスピア劇を観る醍醐味のような気がします。役者がこなれてくれば、もっともっと素晴らしい舞台になっていくことでしょう。

シンプルな舞台なのでいつもより広い舞台袖
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能登演劇堂で観る楽しさは、外の自然と一体化したステージを体験できることです。暗幕が閉まっていて前でお芝居がすすんでいる間に、奥で音もなく扉が開いているのですが、その瞬間客席にすごくひんやりした空気がサァ〜っと流れてくるので、目ではわからなくてもふくらはぎでわかります。そして舞台の幅いっぱいに扉が開くと別世界が現れます。照明がついて外の森と一体化した世界に思わず声がでちゃうほど。
シェイクスピアの台詞の美しさと自然を一体化した舞台を体験したい方は、膝掛けもって、ぜひ!10月27日まで
タグ:能登演劇堂
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2013年09月25日

実り多き山

仕事には山があります。そこにあるから…なんてロマンチックなモノじゃなく…そこに締め切りがあるから…。チラシが重なった山は小山ですが、パンフレット作業が重なると険しい大山になります。なかなか実りある大山でした。

「サントリーサマーフェスティバル プログラム」 (A5 104P) 。表紙の絵は村田篤司さん。絵の下に書いてある文字は今回の出演者や作曲家などでこれも村田さんに書いていただいてます。演奏会はパンフレットではなくプログラム。買うのではなく観客全員に配布されます。お芝居のパンフレットは欲しい人が買うので、席で見ているてる人はチラホラですが、今回は観客全員が同じページ(今日のプログラム)を開いています。壮観でグッときました。…涙まで…ではないです。
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前進座「赤ひげ」 (B5 44P) 。山本周五郎原作「赤ひげ」。黒澤映画でも有名ですが、前進座では1987年から450回以上も上演されてきた看板作品です。過去のビデオと台本呼んだ印象ですが、映画より市井の人々の生き方に焦点があてられた感じでした。表紙は浅野隆広さん。時代劇の本の装幀を数多くやられているだけあって流石です。
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無名塾「ロミオとジュリエット」 (B5 48P) 。特集は仲代さんと池辺さんの対談。それから、仲代さんが語る自らのシェイクスピア劇。すごく面白いです。ここでしか読めない話が満載です。表紙はイタリアの古布を撮影。オーソドックスで品を持ったキレイなモノにしたかったんですが、どうでしょうか。無名塾公演は9月28日から来年の4月13日までの半年間。九州や四国やいろんな所で手にしていただけると嬉しいです。
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お芝居のパンフじゃないですが、人力舎「スクールJCA」の入学案内カタログ(A4変形6P)。西のNSCに東のJCA。ご存知お笑い養成所の老舗です。学校と事務所が引っ越したので入学案内も新調することになりました。新しい稽古場はすんごく立派。立派すぎます。みんなハングリー忘れないでね。カタログの上部を山カットにしました。これは人力舎の舎を意識してますが、新しい事務所や稽古場の内装にもいろんなトコロに舎の形のデザインが使用されています。シャを車と間違える人はもういないけど、舎っていいですね。
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その他のちょっと前にやったパンフ
子供のためのシェイクスピア「ジュリアス・シーザー」(B5 28P)。おそらく表裏を開くことはないけど、開いたら凄い迫力です。100%オレンジさんの絵が発するエネルギーは迫力あります。子供のためは来年20周年。1564年生まれのシェイクスピアは生誕450周年。でっ「ハムレット」です。乞うご期待!
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加藤健一事務所「モリー先生との火曜日」(A5横 24P)。表紙は膝掛け。自分が普段使っているものです。パンフの表紙のデザインは基本的にポスターとちょこっと違う印象にしていますが、いつも悩みます。劇場にいらしているお客様が、観劇前に手にするものでもあるし、後の場合もある。お芝居の雰囲気は壊したくないし…膝掛けはどうだったんでしょうか。
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重なった山をいくつか超えてハァハァゼイゼイしてても、平地になったとたんに山が恋しくなります。新たな山の出現待っております。
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2013年05月21日

納谷さんのお別れの会

今日は納谷悟朗さんのお別れの会でした。会場は恵比寿のエコー劇場。舞台に祭壇が作られ、納谷さんが出演された舞台のスライドが流れました。銭形警部や沖田十三、チャールトン・ヘストンやジョン・ウェインの声でもおなじみですが、愛すべき庭はやはり舞台だったようです。ニール・サイモン、井上ひさし…などなど、50年もの間の納谷さんの舞台作品が次々と流れます。そのままテアトル・エコーの歴史でもあります。そのスライドの最後を飾ったのが代表作の「サンシャイン・ボーイズ」。もう11年前になりますがその作品に関わる事ができて本当に良かったです。

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「サンシャイン・ボーイズ」はけんかわかれしている往年のコメディアン二人という設定なので、照明も入れてエコー劇場の上手、舞台袖でもめているような雰囲気で撮影しました。熊倉さんと納谷さんを撮影するんで朝から緊張してたのを覚えています。特に納谷さんは恐かったなぁ。その1年前の「ブローニュの森は大騒ぎ」がテアトル・エコーでの最初の作品でこれも納谷さんの演出だったんですが、出来上がりの感想とか注文が何もないんでかえって恐い。

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その恐さを引きずりつつ撮影に突入。舞台袖に現れた納谷さんのスーツ姿がカッコ良すぎて、また恐い。「どこ?」「帽子はどうする?」なんて言う声がそのまま聞き慣れた銭形でまたまた恐い。ビビリました。でもあの声を生で聞くのは格別です。納谷さんが一言二言しゃべるたびに銭形ファンのカメラアシスタントが興奮してました。
お別れの会の会場に「サンシャイン・ボーイズ」チラシがあり、いま改めて見ると写真はいいんだけどトリミングがもっと大きくて良かったなと思い、献杯の中一人反省しました。いつでも出来上がった直後から反省が始まるんですが、こうして再演がかなわないものあるんでもっと覚悟が必要です。
今日熊倉さんがおっしゃってましたが、劇団が出来て間もない頃、納谷さんは売れっ子で忙しい中でも劇団内の会報誌とか色々な雑事をすすんでやってたそうです。テアトル・エコーといえばおなじみの赤いロゴ。これもその頃の納谷さんが作ったもの。お芝居だけじゃなく絵やデザインのセンスもただものじゃないですね

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こんなの作られたんじゃあデザイナーお手上げです。能ある鷹爪を隠すとはこの事。これを真似てエコーの他の部署のロゴ作りましたが、遠く及びません。これだけのセンスがある方、自分の作ったチラシにも何か言いたい事があったんじゃないでしょうか。「サンシャイン・ボーイズ」の写真も大丈夫だったのかなぁ。無言の中に潜む優しさと恐さを肝に銘じてこれからも頑張ります。
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2013年05月11日

Every Good Boy Deserves Favour

先日の無名塾の公演は50人限定の40回公演なんで、延べ2000人が観たことになります。この間チラシを納めた「良い子にご褒美」は2000人入るサントリーホールで、なんと一回公演。どちらも観客は2000人。50だけで観るのも、1回しかないのを観るもどちらもめったにない事なんだと思います。
「良い子にご褒美」は日本初演です。打合せの時、本邦初演はないよね、ないでしょうっていうやりとりが面白かった。本邦、邦?って何?調べると邦とは国の事。はっきりとは知らなかったです。いま邦人とかしか使わないですね。本邦と言ったら初めてな感じだったのにどえらく大昔になりました。

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これは池辺晋一郎先生の企画なんですが、演劇と音楽が互角に組んでるとこが他にはない所。ミュージカルや音楽劇だとオーケストラピットがあってその後ろの舞台でお芝居があるのが普通ですが、良い子はフルオーケストラが普通にいて、その隙間に演技スペースがあって同時に進行するんだそうです。フルオーケストラと演劇が一緒にやるもんだから今まで誰も出来なかったんでしょうね。池辺先生も今までで2回やろうと思ったけどダメだったとおっしゃってました。今回は昴の方達が演技の方をやられます。いや〜まだ誰も観たことがないので実際はどうなるんでしょう、楽しみです。しかし、1ヶ月お稽古しても1回しかやらなくてフルオーケストラ、なんとも贅沢で壮大。しかもトム・ストッパードの脚本でアンドレ・プレヴィンの音楽だなんて、なんとも豪華。トム・ストッパードは戯曲だと「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」映画の脚本だと「恋に落ちたシェイクスピア」などで有名なイギリスの脚本家、アンドレ・プレヴィン「はマイ・フェア・レディ」など4回もアカデミー賞とってる作曲家でピアニストとしても指揮者としても有名な方。演劇ファンも音楽ファンも必見です。内容は旧ソ連が舞台で、二人の囚人にまつわるどっぷり社会派のお話。
でもなんでタイトルが「良い子にご褒美」? どうしてでしょうか?
牢屋から出られるとしても、どっちかって言うと悪い子にご褒美なのに…なぜ?
それは五線譜の線に引っかかる音には英語の名前がついていて、下から読むとE、G、B、D、Fになるそうです。つまりEvery Good Boy Deserves Favour つまり「良い子にご褒美」。内容には全く関係ないですよ。わかんねぇ〜、わかんないよストッパード。でもシャレててこういうの好き。それこそ本邦にはない感覚のタイトルの付け方ですわ。
イラストは村田篤司さんに描いていただきました。フランス映画みたいで素敵ですね。
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2013年04月23日

照明とナナメ走り

もう1ヶ月以上前になりますが、舞台照明家協会主催の検証会を見に行きました。舞台照明もこれからはLEDに代わっていくらしいですが、完全移行までの道のりは遠いようです。その前日の事。無名塾の「授業」打ち上げがあり、照明さん達と一緒のテーブルになりました。スタッフテーブルは落ち着きますわ。みんなと話してるうちに次の日が検証会イベントという事もあり、やっぱりLEDの話になったんです。デメリットはあたたかみのある色が作りにくい、フェードインが難しいなどなど…メリットは熱くならない、球切れしないなどなどなど…そこからお酒もすすんで話は盛り上がっていき、各照明家の過去の危機一髪事件の発表会になった時、ハタと思いだしました。ハタと音が聞こえましたね。この思い出、どこに隠れていたんでしょう?

「紀伊國屋で乾電池観てた時、停電になったんですよ」
一同「えっ〜」
乾電池が停電とはそれだけで変です。乾電池とは柄本明さんベンガルさん高田純二さんらが所属する劇団「東京乾電池」のこと。劇団活動を中断する時は乾電池が充電なんだろうし、スキャンダルは乾電池が感電なのかな…。
「東京乾電池」は渋谷のジァンジァンでやってた創設間もない頃からよく観にいきました。前の日に電話しても一番前の席がとれて、いつも四五人で並んで観てました。くだらない笑いも踊りも新鮮でした。
乾電池が停電の日は、だんだん売れだした頃。といってもずいぶん前です。渋谷のジャンジャンからあこがれの新宿の紀伊國屋へ、100人の劇場から400人の劇場へ、マイナーからメジャーへと向かってた頃。劇団にとっては嬉しいことなんですが、へそ曲がりはこうなってくると変なもんで興味がしぼんできます。なんで、しばらく観てなかったんですが、たまたま劇団のTと知り合いになり久々観に行きました。
劇場に着くと席は真ん中のど真ん中。関係者でもないのに、いわゆる関係者席。ギリギリに劇団員に頼むとよくこういう事があります。隣が鴻上さんでした。芝居の中身はよく覚えていないんですが、高田純次さんがはんにゃの顔マネをしてた事だけが印象に残ってます。なぜだろう? 紀伊國屋サイズで顔芸はほとんどわからないのに、そんな事おかまいなしなのが高田純次さん、向かう所敵なしですね。
で、お芝居が半分くらい進んで、知り合いのTが上手奥から下手前まで騒ぎながらナナメに走る途中で、いきなり真っ暗になったんです。突然劇場全体が暗転。全く見えません、視界0。あまりの事態に誰も対応できない。観客も座ったまま声ひとつ出ない。なぜか役者は暗闇なのにこわごわ芝居を続けて声だけが聞こえる。役者って急にお芝居やめられないんだなぁ。なんだかマヌケで吹き出しそうになった時、舞台がバタバタし通路の非常灯がついて、ペンライトもった制作が出てきました。
「いま原因を調べております。ちょっと暗く見づらくご不便かけますが、このまま続けさせていただきます」「えっ非常灯じゃ無理だろう〜」
ぼんやりしてほとんど見えない中、Tがまた声をあげてナナメに走った。走ったが途中で止まった。無理だろう〜舞台から落ちるよ。だめだ、誰もが対応できてない。普通に考えて芝居ができる状況ではない。そうこうするうちに建物の非常電源が働いたようでロビーには明かりが点き、観客は客席とロビーでしばらく待つことになりました。
ほとんどがそのまま客席に残る中、まっさきにロビーに降りると、もう鴻上さんがひとり落ち着き払って寛いでいる。たいしたもんです。
そのまま劇場の入口を出て暗い本屋の中を抜け窓から外を見て驚きました。紀伊國屋だけでなく周辺一帯がまっ暗。異様な光景です。都会のど真ん中の停電は建物が黒く不気味で不自然でした。遠くのビルは点いているのでこのあたりだけの停電なんでしょうか。胸騒ぎがしました。闇は怖いです。
ロビーに戻って何分かすると急にパッと明るくなり復旧しました。ほっとする安心感が生まれます。明かりは大切ですね。そして舞台も客席も明るくなりみんなが客席にぞろぞろ戻り、特別な感覚を共有したことを確かめ合い、そのザワつきがおさまった頃、上手の端に出演者であり代表の柄本さんが、ちょこんと衣裳着たまま出てきました。

「え〜ちょっと前から返します」
拍手とともにドッと沸きます。乾電池が停電に勝った瞬間でした。ハプニングを帳消しにしてなおひきつける。流石です。
しばらくして今度は本物。照明の調光によって、客席が暗くなり舞台が明るくなり、Tはこの日三回目のナナメ走りをひときわ大きい奇声をあげて走ったのです。
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2013年03月19日

おわるお芝居、はじまるお芝居

事務所にはB2サイズのでっかいカレンダー(毎月1枚)があって、その下に現在進行形の演劇チラシをぶら下げて貼ってあります。芝居が終わったらチラシをはずし、新しいものをズリズリと前へ移します。寂しい作業です。劇場をただの箱にするバラシほどの寂しさはないんですが、わずかながらでも関わって来た自分の仕事が見えなくなり、お芝居はやはり刹那なものだと感じます。今月は20日に志ん輔師匠の落語、23日に仲代さんの「授業」、24日にカトケンさんの「八月のラブソング」が幕を降ろし、チラシも役目を終えます。
もちろん、はじまる舞台もあります。23日からはじまるのはテアトル・エコーSIDE B公演の「我が家の楽園」。
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SIDE Bとは本公演と区別しているわけですが、B面も豪華になってきてましてもはやA面と境目がないくらいの完成度。B面のメジャーも十二分にありえます。さて、このお芝居、もともとは戯曲なんですが、1938年に映画になってます。ヒッチコックの「裏窓」や「めまい」なんかでおなじみのジェームズ・スチュワートが初めての主演で出てるんですが、観た時若すぎてしばらくわかりませんでした。ジェームズ・スチュワートって生涯悪役を演じたことがないんだそうです。ちょっと面白いですね。以前恐れ多くも奈良岡さんに「どんな役がやりたいですか?」ってお聞きしたことがあるんですが、ひと言低い声で「ワル」っておっしゃっられビビった事を思いだしました。なんでそんな事聞いてしまったのか…後悔先に立たず。でも仲代さんもよく悪役の魅力を話されてるし、役者って悪役の持つ強いコンプレックスに惹かれるような気がします。映画はとっても面白いです。戦争中にこんなのとってるんじゃ勝てませんわって感じ。監督は「或る夜の出来事」「素晴らしき哉、人生!」のフランク・キャプラ。「素晴らしき哉、人生!」はぜひ観てほしい映画。いい映画ない?って言われたらまずオススメする1本です。
で、戻って戻ってエコーの「我が家の楽園」。恵比寿に来て50年になるそうですが、恵比寿に根ざしたコメディを小さくも確かな劇場でどうぞご覧ください。あと
主演はこれまた80オーバーの沖恂一郎さん。熊倉さんや納谷さんと一緒にやられてた、ほぼ最初っからのメンバーですね。沖さんも大好きな俳優さんです。沖さん未見の方もぜひ!

その後なんですが、4月公演のがなくて5月にある公演が3本、その先のでいま現在チラシが出来て貼ってあるのがもう2本あります。あたりまえの事ですが、実際のお芝居がはじまる前からチラシは動きはじめ、終わってしまえば一緒におわり。これからもお芝居とズレないようコロバヌようマチガエナイようにやっていきたいです。

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2012年12月06日

江戸っ子の勘三郎さん

5年くらい前に新橋演舞場で「寝坊な豆腐屋」という勘三郎さんの舞台を観た。時代は昭和37年の設定、現代劇だ。勘三郎さんが40代独身のしがない江戸っ子の豆腐屋。子供の頃母親が家を捨てて飛び出たっきり何十年も生き別れになっている、その母親役が森光子さんだった。
勘三郎さんの豆腐屋はタイトルそのままで朝が弱くて起きられないから毎日寝坊。豆腐がなくっちゃ一日が始まらない近所の人達は、外でお鍋持っていまかいまかと待っている。グズグズしている勘三郎さんを朝一番に起こしにくるというか、安眠を妨害に来るのが新聞配達少年役の勘九郎さんだった。
その一瞬のみの出演。
変なかけ声でポイっと新聞を置いていき、すれ違いざまに二人は顔つきあわせる。ここからは、たぶんアドリブ

「おい、こら待て新聞屋、人様のうちに新聞配るなら挨拶ぐらいしろ!」
「……」
「まったく、親の顔が見たいよ」
「親の顔? 見せるような顔じゃないっすよ…」
「何ぃ〜どんな顔だってぇんだぁ」
見つめあう二人
お約束なんだがドーンと受けてた。


勘九郎さんの口上は立派だった。

初めて歌舞伎を観たのは大学1年の時。友達のお父さんが古典芸能系の演劇評論家で、父の招待券があるからいかないかと誘われたからだった。何しろ貧乏なんでそんなことでもないと行かない。喜び勇んで出かけた。そこで初めて観たのが先代の勘三郎さんだった。女形もやってて、どーみても不格好なんだが、出てきただけで場内の空気が柔らかくなり観客の相好がくずれてる。客をちょっといじってドーンと沸かせる。観客をガッチリつかんで楽しませる役者だった。十八代の勘三郎さんは、役者として観客を楽しませる事に加え、古典を現代劇に引きずり降ろした革命児だった。勘九郎さんもこの中村屋の伝統を引き継いで、楽しませる新たな歌舞伎を作りだしていくことだろう。
ひとつ心配なことは江戸弁だ。いまの70〜80歳くらいの人は江戸弁が喋れる人はまだいらっしゃるだろうが50代で勘三郎さんのように使いこなす人はなかなかいないんじゃないかと思う。江戸なまりの残る豆腐屋なんて役が自然にできる人がいるだろうか。歌舞伎の現在も未来も不安になったが、江戸も消えつつあるような気がしてならない。
タグ:勘三郎
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2012年08月28日

スズナリで原点に還る

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下北沢の小劇場のメッカ、スズナリに行ってきました。正式名称は「ザ・スズナリ」。スズナリは、今から31年と半年前の1981年の3月に建てられました。夜観るとまた異様です。下北沢の駅から茶沢通りに出て左へ左へと歩いて行くとポッカリとその異空間は現れます。ネオンが不気味にひかり、観客と酔客が入り交じり、どこが劇場でどこが飲み屋なのかわからないカオスの島。うす汚れた建物を包む古びたネオンや外階段は昔からほとんど変わっていません。コンプレックス、屈折、挫折、ひとりよがり、まさしく演劇の魅力がここにあり、理解できないエネルギーが生まれてきました。原点です。奥様達がおめかしして観る娯楽やカップルがおデートでゆったり観るエンターテインメント、そういう背もたれの確かなゆとり演劇は存在しませんが、暗幕に囲まれた150席ほどのパイプ椅子と長椅子の窮屈な観客席から観るお芝居の楽しさは格別です。
観たのはチラシを作った加藤健一事務所の『シュペリオール・ドーナツ』

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シカゴの寂れたドーナツショップが舞台。移民達が生きぬくシカゴの縮図がそこにありました。面白かったです。スズナリのカトケンさんもぜひ! 客席との距離感のつかみかたが抜群です。小さい声でどこまでも届く技術があればこそですね。それと乗峯さんの装置が素晴らしかった。こういう小さい劇場で隙のない装置に出会うと、それだけで嬉しいです。観ていて実際にこんなお店があればいいのにと思いました。セットという事では、チラシの撮影でお借りしたのもとても良いお店。自由が丘にあるバターフィールドです。スズナリとおなじく30年やってらっしゃるそうです。ダイナー風の雰囲気だけのなんとなく作られたお店はたまにありますが、よく見ると置いてあるモノの年代がバラバラだったりします。ここのは本物、すべてが30年経ってるからごまかしようがない。経年の良さは経年じゃないと出せないですわ。
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しかも、しかもですよ。ドーナツがここの名物。こりゃあ出来過ぎです。パンフレットの表紙はバターフィールドのマスターに揚げてもらった出来立てを撮影しました。おそらく物語で出て来るドーナツも素朴でこんな感じではないでしょうか。
ここからはパンフレットのお話。
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加藤健一事務所のパンフレットはA4の半分。A5を横に使っています。加藤健一事務所のお仕事に関わって1年経ち、4本の作品のパンフレットを作りました。パンフレットの表紙のビジュアルはチラシとは変えますが、内容やイメージが近いものを探して作っています。『滝沢家の内乱』は滝沢家の嫁の着物をイメージして、古い着物の端切れを使いました。『川を越えて、森を抜けて』も布なんですがパソコンで色を変えて2組の老夫婦をイメージ。『シェルター』『寿歌』はやはり地球かと思い、事務所の前で空を見上げて撮影しました。赤い傘はチラシのイラストからとって飛ばしました。表と裏がつながるようにレイアウトしたんですが…広げないですね。パンフレット作りは楽しい仕事です。お芝居の原点をさぐりにスズナリへ!観劇の記念にパンフを!内容も充実してます。1コイン500円はお値打ちですよ。特に特にスズナリは厳しくゆとりがないんでので皆さんお願いします。ゆとりがないから魅力があるんじゃないの〜なんて野暮なこと言わないでね。
タグ:スズナリ
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2012年05月28日

ここんとこ観たお芝居アレやコレや

『シダの群れ』シアターコクーン
何となく好きな岩松了さんの作品。彼が出ているだけで映画もテレビもCMもつい観てしまう。あのインチキ臭いムードがたまらないんです。昔のことですが、岩松了さんが「東京乾電池」に加わる前と後で「乾電池」ってガラっと変わったような気がします。それまではギャグ中心のコメディ集団だったのが、お芝居をちゃんとやるようになった。その当時の自分はギャグコメディの方が好きだったので、岩松さんが関わるようになってから「乾電池」は次第に観なくなりました。それが今は岩松さん見つけてはニマニマしてる。わからんもんです。
その岩松さん作演出の「シダの群れ」。笑いもなく、話も普通。誰一人どういう人なのかわからない。なぜ死ぬのかもわからない。何を観せたかったのか?何をやりたかったのか? 松雪さんがもったいなかったなぁ。そもそもヤクザものが好きではないし、苦しかったです。
『ナシャ・クラサ』文学座アトリエ
芝居を愛するすべての人に、ここ文学座アトリエで一度は観劇してもらいたい。文学座アトリエには演劇の神様が住んでいます。手前の旅館だった建物は新しくなりましたが、アトリエはそのまま。舞台も客席も広くなって使いやすそうです。この空間に浸れるだけでワクワクします。
改装前のアトリエ、今も外観はほとんど同じです
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舞台はポーランド北東部の小さな町。ポーランド人とユダヤ人が共に楽しく学ぶ教室。その10人の同級生が第二次世界大戦の濁流に巻き込まれ、その後の現代までを描く重く悲しい話。イェドヴァブネ事件がモデルになっています。装置は教室にある古びた木の机と椅子だけ。台詞は主に観客に向かって過去形で発せられます。観客に報告する形をとった報告劇ともいえます。1幕は、構成の巧みさとたたみかける速いテンポ、役者のパワーに圧倒されぐったりしました。休憩の間、あまりの見応えにこりゃどうなることかと身構えたんですが、2幕はどうも1幕の熱が引いて行く感じがする。大戦後になって登場人物が年をとっていくわけなんですが、それがほとんど見えない。報告なのであえて見せてないのかもしれない。自分としてはもっとそれぞれに年を重ねた怖さが現れる2幕が観たかったです。話がものすごいので見せられてしまうけど、人間としての変化が観たい。清水さんは良かった。2幕はもっと面白くなりそう。う〜ん惜しかった。
『母』前進座劇場
前進座劇場が来年1月で閉館になります。小さくても花道、廻り舞台があって見やすい、いい劇場なんで本当に残念です。自分としても若かりし頃、裏方として働いたことがあるので寂しい限りです。その前進座のさよなら企画第一弾がこれ。前進座の女優いまむらいづみさんのひとり語り、朗読劇です。小林多喜二の母セキとして息子小林多喜二を語るんですが、いや〜見事、素晴らしい。こんなに完成度が高いとは、ビックリしました。1時間弱の朗読なんですがちゃんと人間として存在してました。芝居を志す若い人にぜひ観てほしい本物ですね。一般的には知られてない、もうすぐ80になろうかという女優さんですが凄かったです。流行のお芝居やテレビに出ている人だけを追いかけるなかれ、観るなかれ。


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2012年05月02日

「もしや、もやしか」もやしは本物を撮影しました。

お芝居の仕事をしていると再演の作品に出会う事も多いんです。今年やっているモノの中にも「賭け」「リチャード三世」「もやしの唄」と三本も入っています。あっ初演は関わってないんですが、今やってるカトケンさんの「川を越えて、森を抜けて」もそうですね。初演はもちろん勢いがあっていいんですが、再演ってほとんどと言っていいほどより良くなるように感じます。スタッフもキャストも課題がわかっているからなんでしょうか、ちょこちょこした穴が塞がれて、役者も登場人物に入りやすくなり、芝居がまろやかになる。勝手にそう思っています。
テアトル・エコーの次回作の再演「もやしの唄」は初演が2004年。この作品は岸田國士戯曲賞(小川未玲さん)にノミネートされました。昭和30年代、高度成長期の真只中で、気の遠くなるような手間をかけながら、休むことなくもやしを作り続けた、ちいさなもやし屋「泉商店」の家族の物語です。小川未玲さんのご親戚がやられていたという話を聞いた気がします。当時、もやし屋さんがあった事はちっとも知りませんでしたが、二十世紀少年や三丁目と同じ昭和の良き香りがぷんぷんした懐かしくも愛すべきお話です。あと面白いのは装置に井戸があって本物の水が出ます。けっこうジャバジャバ出ます。驚きますよ。奈落のあるエコー劇場ならではですね。でもどうやったらあんなに水が出るのか…必見です。
テアトル・エコー 6月1日〜13日 恵比寿・エコー劇場 
http://www.t-echo.co.jp/

で、チラシ。再演となるとチラシの雰囲気をガラッと変える場合もありますが、今回のチラシは前回のものを元にちょっとリメイクすることにしました。プリントゴッコで描いた花岡道子さんのイラストがとても良かったからです。

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タイトルも大きさは変えましたが以前のもの。このもやし本物です。もやしをたくさん買って来て事務所で撮影しました。当時はフィルム(アナログ)、そして1発撮影、合成じゃございません。(今考えると1発じゃなくてもいいんですが1発は1発の逃げ場のない良さがありますね)だから再演だって再々演だって使わなきゃ!
その撮影時の日記から…

部屋に入った途端、なんともいえない青くさ〜い匂いが鼻を襲った。
「も、もやしかぁ!」見ると足下にブルーシートが敷かれ、大量のもやしが部屋中にばらまかれている。そこでカメラのMさん、カメアシのNさん、そして事務所のS。3人の女鳩が手をもやしまみれにしながら、一生懸命にもやしの字を捜索していた。「あっ市川さん!時間が立っちゃうと変色しちゃうので“や”やってください!はやく!はやく!」自分の担当の“も”をいち早く完成させたSが自慢げに追い立てる。あわててはいつくばり、もやし戦闘モードに入らざるをえなかった。が、すでにいいカーブのもやし君たちは女鳩共に蹂躙しつくされ、直立不動君しか見つからない。あ〜あせる〜。そのうちにトランプの上がりコールのように
「できた!これよくなくない?唄に見えるよね。唄は難しいよ〜」
「あった〜この“の”もどう?」「いいのあったじゃ〜ん」とさらにあせりを誘うウキウキ声が飛び込んでくる。そしてついに、信じられないお言葉が突き刺さった。「とりあえず“や”抜かしてポラきります!」
このとりあえずってやつが一番怖い。
部屋はもやしとオレを置き去りにして暗くなった。

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今はデジタルだし、ポラもないしけど、限られた失敗の出来ない事って大切ですね。そうそうオレの“や”はMさんが見つけてくれて無事おさまりました。今回これみて薔薇とか作ったらという友人がいましたが、そもそももやしで薔薇作るって意味ないし…
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2012年04月28日

その絵本は「ふきだす絵本」でした

年々黄緑が好きになります。赤く芽吹いた葉っぱが、太陽の強い光に追いやられて一気に黄緑になり溢れる、そんな季節になりました。急に暖かくなったので、木や草が芯からあわててグイグイ黄緑を押し出している感じです。
暖かくて蚊もいなくて散歩するのに一番いい季節ですね。先週の今頃は自分が関わっているお芝居「ふきだす絵本」の真っ最中でした。
本当にバタバタして休む暇もないオー忙しの舞台だったんで、今のこの静寂と黄緑が身体に優しく染み入ります。
お忙しい中、ご来場いただいた皆さまありがとうございました。

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今回のカワイイ舞台美術は向井登子さん。東京セレソンデラックスやハイリンドの美術もやられているんですが、今回は全体を絵本をモチーフにした楽しい美術を作ってくれました。舞台奥の窓の中は布に書かれた絵で背景が変わるようになってます。絵本カフェのテーブルクロスも彼女の手書きのチェックです。
彼女と初めて会ったのは15年くらい前でしょうか、まだ美術のお仕事はしてなくて、知り合いの制作のお手伝いをしていました。チケットの取り扱いとかもぎりとかです。いずれ美術をやりたいんですと言ってたのを思いだします。そのあと連絡もしてなかったんですが、7年くらい前に、関わったお芝居の現場に舞台監督助手バイトとして来ていて、偶然久しぶりに会いました。そこで美術の仕事もちょこちょこやっている事を知り、しばらくしてお願いするようになったんです。今では彼女の方がグングン成長しちゃってお願いするのが申し訳ないくらい。黄緑色も過ぎて立派な青々とした緑色をふきだしています。嬉しい緑の縁になりました。
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2012年03月24日

仲代さんの「ホブソンズ・チョイス」

24日は「ホブソンズ・チョイス」は東京公演の楽日。芝居は進化してました。北九州の初日を観て以来だったのですが、内容すべて知ってる芝居が、良くなってるのってとっても嬉しい事なんです。この進化は映画にはない芝居特有のもので、生のものでしか訪れない魅力です。楽日とは千秋楽の事です。公演最後の日ですね。楽という語源は色々あるようですが、楽という響きが湿っぽくならず、潔くていいですね。初日もそうですが、楽日も本番前に若手の出演者が各楽屋を挨拶に回ります。この衣裳をつけた回診があると舞台を共有する連帯感が一段とあがり、作品に別れ告げる覚悟が決まります。イタズラがあるのも楽日。ワインを飲むシーンがある芝居では楽日だけは本物が入っている事に気をつけねばなりません。楽といっても東京だけの事この後50ステージもの旅公演があり、7月31日の本当の楽日まで公演は続きます。
今回の演出は民藝の丹野さんです。公演中は毎日劇場にいらしてるんですが、けっして演出家然としていません。無名塾のジャンパーをはおり受付を手伝っていらっしゃいます。昨日の東京楽も声を上げてパンフレットを売ってらしたとか。バラシなんかでもナグリ持って率先してやってます。もったいない事ですが、お芝居を愛するステキな女性です。彼女がいるだけで安心で嬉しくなります。演出スタイルはあくまで明るく、そして厳しく細やかです。彼女の東京でのダメ出しをお土産にまた無名塾の面々は旅に出ることでしょう。7月31日は夏真っ盛り。半年間も続いた芝居の楽日はどんな楽なんでしょうか。やり遂げた楽しさなのか、まだまだやりたい気持ちに引きずられる中の楽しさなのか、どちらにしても117ステージを演じられる出演者は幸せもんですね。
一昨日ですが、本番前に仲代さんの楽屋にご挨拶にいきました。お元気といっても79歳。連日のステージでさすがにお疲れのようでした。舞台を観ていると全くわからないし、幕が上がってからの2時間半は別人なんでしょう。「80の割になんとかなってる?」と冗談まじりに聞かれましたが、なんのなんの割にとか年とか関係なく凄くいいですと正直にお答えしました。地方で観られる機会があったらぜひ!79歳の渾身の舞台は必見です。

ゲネプロ前の下手の袖と終演後の舞台中央
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2012年03月07日

余韻エネルギーを放つお芝居

下北で2日連続芝居を観ました。
本多のカトケン事務所とスズナリのKAKUTAです。
まず、最近話題のKAKUTAを初めて観ましたが面白かったです。パワーがあり本も芝居もちゃんとしてました。ただ何人かで話を分けて書く面白さはわからなかった。どうせ分けるなら場ごとにもっと違う色が観たいですね。主役2人の接点もどこか足りなかったように思えました。やはりひとりで書いた方が面白いのかもしれません。今回は記念公演だったので、次に期待します。
KAKUTAの芝居を見ても感じたし、何度も思うことですが、若い劇団の作品にはもっともっとビックリしたいんです。映画やテレビでは表現できないものを観たい。アングラやわけのわからないモノってことではなく、日常を取り上げていたとしてもできると思うし、そこへ向かって挑戦してほしいです。作品全体が持つ余韻エネルギーの強さなのかな。
その余韻エネルギーがカトケン事務所の「寿歌」にはありました。余韻の波がまだ続いてます。今回「シェルター」との2本立て公演で2本目が「寿歌」だったんですが、途中からなんだかジンワリきました。台詞や芝居にじゃないんです。自分でも知らないうちに内からジンワリきました。なんでしょうね。
以前小田島先生が演劇には富士山型と八ヶ岳型があり、自分は八ヶ岳型のシェイクスピアやチェーホフが好きだとおっしゃってました。どういうことかというと、富士山型はどこから見てもやっぱり富士山で、ある程度完成形が想像できるんだけど、八ヶ岳は見るたんびに形が違って見えるということです。「寿歌」は八ヶ岳。元の姿も誰も見たことがない八ヶ岳。それも、どのルートから登ればいいのか、はたして山そのものがあるのか無いのかわからない、そんなお芝居です。
「寿歌」は1月にシスのも観てます。2つの「寿歌」は全く違ってました。出演者の印象を比べると、堤さんのゲサクにはどこか哀愁があり、お芝居を通して背負っているなにかがありました。加藤さんのゲサクは明るくニュートラル。丁寧に淡々とわかりやすく進むんですが、明るい言葉が積み重なっていくのがかえって心の底に溜まって行く、そんな感じ。橋本さんのヤスオはキリストを思わせるイメージはなく人間的で優しく、小松さんのヤスオは最初からキリストが匂い、人間と交流する中で問題点を探しているように見えました。キョウコはどちらも愛すべき可愛いキョウコでしたが、占部さんのキョウコはドラマチックで強さがありました。占部さんのキョウコはスゴいです。彼女の投げ出すテンションに引きずり込まれます。何度も何度も観たいキョウコでした。
演出はどちらもほんのちょっとやりすぎな部分を感じました。ちょっとやりすぎこそが80年代なのかもしれないので、変わったのは自分なのかもしれません。そしてカトケン版を観ると、やはりシス版のプロローグはいらなかったように思いました。作家はどう感じたのかな? 
さて自分の仕事はどうだったんだろう?シス版の写真はとにかくカッコよかった。カメラマンもよく知ってる人なんですが、ハードルが高かったなぁ。色々反省点も多いですが、このお芝居に関わらせていただいて嬉しかったです。


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2012年01月18日

ホブソンズ・チョイスが出来るまで その2

無名塾のパンフは時間差で2種類作るんです。何が違うかっていうと写真が違います。最初に作るパンフには稽古場写真を入れ、後から作るパンフには実際の舞台写真が入るんです。初日前のゲネプロという本番と同じようにやる最終稽古で舞台写真を撮り、10日間くらいで差し替えます。今回の初日は北九州。舞台を観ないとレイアウトできないので行ってまいりました。
はじめての北九州。着いてすぐ、昔の仕事仲間にチラッと会いました。彼に関わることで一番興味深いのが彼のおじいさんの話。なんと山伏だったそうで、じいさんの家の茶の間には、普通にあの天狗のような衣服がハンガーで吊るされており、玄関にはカクカクした頭に載せるヤツとかワッカが付いた錫杖とかが置いてあったそうです。で、彼には10年振りにあったんですが、どうしても聞きたかったんで聞きました。
「じいさんの山伏って本業じゃないよね。兼業?」「いや」「専業?」「そうだよ」 財テクな山伏ってのはイヤですが、やってけるようです。いや〜カッコいい。お父さんの職業欄に山伏って書いてみたいですわ。
なんて横道にソレソレですが、劇場は小倉城の横にある一大商業施設の中にありました。劇場に入ると、もう19世紀のイギリスがそこにありました。装置と衣裳の力は凄いもんです。こちらはただ観るだけなのでゲネプロ、初日とじゃまにならないようにしてるだけです。公演初日というのは、始まると宣伝物は過去のモノになり、自分の居場所がなくなる寂しい瞬間なのですが、好きな光景です。楽屋が並ぶ舞台の裏通りは、お通しと呼ばれる差し入れが所狭しと並び、ボテの横で衣裳が順番に出番を待ち、楽屋は雑然としながら緊張感が充満してます。時折メイクを済ませた若いコ達があわただしくスタッフジャンパー姿で通り過ぎます。ここはオフとオンが混在している空間。いよいよとなり「15分前です」と楽屋に声がかかるとオン空気の密度が高まります。楽屋を回る初日挨拶や「よろしくお願いします」の声。まさしくよろしくお願いする、やり直しのきかないLIVEの世界。その場にいるモノしか味わえない刹那の醍醐味がここにあります。
そして初日です。ゲネプロで完成してないように見えた部分は、観客の反応を糸に笑いを針に修繕され、品がよくおしゃれで、愛情ある暖かいムードに包まれた作品に出来上がっていました。観客が舞台を育てるというのは本当です。これから公演を重ねるごとにどんどん良くなっていくことでしょう。
と、感慨にひたってると誰かがそでをひっぱります。
「あの〜ここなんですが…」パンフの誤植です。トホホ
いや〜舞台写真に差し替えて、パンフを増刷するのは、間違いを直せるチャンスでもあるんですわ。
こっちはやり直しのきく世界にいるなぁ。いかんいかん。

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靴屋の床をイメージしたバックは無名塾の稽古場の床を撮影し加工しました。
タグ:無名塾
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ホブソンズ・チョイスが出来るまで その1

無名塾公演「ホブソンズ・チョイス」が14日、北九州で幕をあけました。九州、静岡、長野、関東などを中心に7月31日までの長い旅公演のはじまりです。え〜っ。誰もが同じリアクションだろうから、あらかじめ書きました。長いです。とにかく仲代さんはじめ出演者のみなさん体調に気をつけて長丁場のりきってください。長丁場の丁場って博打の丁場のものすんごい長いのかと思ったら、宿場の間の長いことのようです。旅公演が長いのは意味的にもあってるかも…。
無名塾の次回作品が「ホブソンズ・チョイス」というお芝居になったと聞いたのは、2010年の夏くらいでしょうか。それで2010年秋から始まった「炎の人」のパンフに告知を入れました。その後、2011年になって震災があり、東京公演が中止になるという残念な事がありました。4月、原発問題がバタバタしている頃、仲代さんや無名塾の人達と打ち合わせしました。振り返りながらも先へ進むしかないのです。
打ち合わせが決まった時から資料集めにとりかかりました。「ホブソンの婿選び」というデヴィット・リーン監督の映画があることはすぐわかったので、まずアマゾンでDVDを取り寄せ、観ながらざっくりとしたイメージを考えます。19世紀末イギリスの靴屋、そして娘と父親がおこす人情喜劇。ヴィクトリア朝時代ではありますが、庶民の話なので、ヴィクトリア朝の手のこんだゴージャスなデザインではないでしょう。それで今回は靴をモチーフにクラシックな感じにしたいと考え、ノーマン・ロックウェル調なイラスト化する事にしました。ノーマン・ロックウェル自体はアメリカですし、時代的には少し後ですが、手触りのするあったかいものにしたかったのです。打ち合わせの場で、すぐ仲代さんは気に入ってくださりOK。仲代さんは決定が早く、2つの案があったら、迷わず面白い方を選ぶ、とてもセンスの良い方です。
イラストは三丁目の夕日などを手がけている村田篤司さんに頼んだんですが、まず仕上がりとほぼ同じような写真を撮影します。ノーマン・ロックウェルのイラストも撮影した写真をもとに描かれています。モデルや背景、小道具、コスチュームなど入念な準備を行った上で撮影に臨むわけです。5月末に撮影する事になりました。2012年の1月が初日なのでまだ半年以上あります。こういう本番前に撮影するチラシ用の衣裳などは、稽古も始まっていないし、演出プランもないので、ウチと演出部などで衣裳を借りたりして揃えます。俳優も協力してくれます。ヴィッキーの衣裳のコサージュ、チラシだとよくわからないんですがヴィッキー役の樋口さんの手作りなんです。
撮影の準備で困ったのがウィリーのエプロンでした。衣裳を探したんですがいいのが見つかりません。結局、学芸大の靴屋さんに頼んでお古を借りました。「このまま写真でも十分いいですね」の声に耳を塞ぎ、村田さんに託します。途中経過を確認に家に一度おじゃましたりして絵は8月後半に完成しました。

左が写真、撮影して合成しました。そして右がそれを絵におこしたモノ
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その原画を撮影、またバックに布画像を張り込んだり、細かい修正してやっとこさっとこチラシが出来上がったのは9月初旬。やはり時間をかけたモノはかかっているだけの事はあるなぁと思っております。この時点で稽古はもちろん始まってもおらず、東京公演に関して言えば半年近く前にチラシが出来てる事になります。
チラシが出来て稽古が始まると今度はパンフです。構成も考えます。デザインだけじゃなく構成を考えるのも楽しいのです。今回のパンフの中身は、前半がお芝居の内容中心。ヴィクトリア朝の豆知識や旅マップも掲載してます。そして後半が仲代さんの役者生活60周年特集。この写真選びがものすごく大変だったのですが面白かったです。映画、舞台、テレビの数百本の作品の写真の中から、今まで露出の少ないモノを選びました。前半も後半も内容がかなり充実しております。広告なしの48P。かなり満腹、かなりお得感あります。ですが、パンフはこれで終わったわけではありません。その2へ続く…。
タグ:無名塾
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2012年01月11日

「寿歌」を観て酒場で語ろう

いつ以来だろうか?久々にイメージの羅列で考えさせられるお芝居を観ました。そうかお芝居ってこうだった?こんな感じでもいいんだったなと納得した次第です
新国立の小劇場で上演中の「寿歌」。面白かったです。北村想さんが1979年に発表した作品。遠い昔に彼の劇団のTPO師★団、そして加藤健一事務所の公演で観てます。今、仕事で加藤健一事務所の同じ「寿歌」のチラシをやっていて勉強のため観てきました。登場人物は3人。旅芸人の座長ゲサクに堤真一さん、キョウコに戸田恵梨香さん、そして謎の人物ヤスオに橋本じゅんさん。昔観た時はゲサクに加藤健一さん、キョウコがうろ覚えなんですが、たぶん熊谷真実さん、ヤスオが星充さんでした。当時は刺激的で面白いけど訳がわからない、だけど感動といった印象でした。今回はその時の訳のわからない穴が、年もあるんでしょうが半分くらい埋まった感じです。埋まったそばからドンドン空いてっちゃってるのかもしれません。つじつまがはっきり見えない事、それは楽しくもあります。今回作家によりプロローグが加筆されましたが、その楽しさを奪われたような感じで、いじらない方が良かった気がします。このおもいおもいの勝手なつじつま合わせが酒場のネタになるんですから。
最近活躍している若い人の作品はどれも登場人物の線がちゃんと通っていて整ったモノばかりです。話が支離滅裂だったり、やり逃げするようなモノにあたる事はまずありません。題材やテーマは飛んでいてもちゃんと作劇されている。テレビや映画にしても大丈夫な作品が多く、逆に不満でもありました。そこへいくと、この「寿歌」はお芝居にしか成立しません。失礼ですが、イメージの思いつくまま書いちゃったら、たまたま話になっちゃったような作品。正解はどこにもなくやり方は自由、解釈も自由。自宅へ持ち帰ってからもお芝居が続く…何年か経って、ふっと頭をもたげ思いだす。あとをひきます。核戦争あとの瓦礫の中を、家財一式リアカーに載せて彷徨う旅芸人のお話なんですが、断片的で拡散していて観客は補っていかないと自分のモノにできません。この補う行為がお芝居を観る醍醐味でもあります。だからしつらえも何でも良いと言えばいいんですが、今回のしつらえは自分の好みとはちょっと違ってました。こういう正解の方向性が未知数の作品はスタッフも悩むと思います。その悩みが見え、悩みを払拭せんがためにしつらえが主張しすぎた感がありました。パンフのジャージ姿の稽古写真を見て、いっそこれでもいいな、これに着物があったらそれでいいなと思ったくらいです。補いやすくするなら、リアルな「どん底」のボロボロで煮染めたような衣裳もいいでしょうが、そうなりすぎてもつまんないし、まぁなんでもいいんでしょうね。 カトケン版はどんな衣裳にするのでしょうか、そんな事を考えるだけでも楽しみです。観終わったばかりなのに、もう違うキャスト、演出でやる「寿歌」を観たくてしょうがないです。 今回のお芝居のスタイルにカタルシスを感じず、面食らった人も多いと思いますが、良かったらカトケン版「寿歌」も観てください。別の穴が埋まったり、空いたりする戯曲の面白さを体感でき、酒場でウダウダと芝居の話をする80年代的楽しさを味わえるかもしれません。
タグ:寿歌
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2011年11月02日

チェーホフで聴く

10月末まで演っていたチェーホフの「三人姉妹」東京公演は無事終わりました。観に来ていただいた皆様ありがとうございました。公演前日に、陣中見舞いに行った時の話です。その日は「場当たり」といって、本番に近い形での最終稽古をしてました。役者さんが衣裳着けて、舞台上で本番と同じように動いて、照明や装置なんかのチェックをするんです。場面が変わるキッカケなんかは何回か止めて確認しながら進めます。やはり稽古場と劇場では勝手が違うので、その場で変わっていく事も多いです。もちろん音楽も入ってます。客席の明かり(客電)が落ち、客入れの曲がしぼんでいくとワクワクする物語のハジマリハジマリです。無音のハジマリ場合もあるし、台詞のハジマリ場合もありますが、今回の山崎演出は歌でハジマリます。そして同じ歌手の歌が四つある幕の幕間にも流れます。
その曲、その歌声に身体の奥深くを掴まれました。思わず前のめりになっちゃいました。倒されました。遠い昔に忘れてきたジグソーのピースが見つかった感じです。大当たりです。芝居も良かったですが、まず曲、曲。
二幕終わった所で休憩。楽屋へダメ出しに走る大忙しの演出家見つけて、
つい一言。
「誰ですか?」 間髪入れずに
「吉田美奈子」「吉田美奈子の、ハタチのファーストアルバム」
振向きざまにそれだけ言うと裏に消えていきました。
すっごくKYで失礼なタイミング。申し訳なかった。
でも、ちょっと嬉しそうだったかな。
彼は前回の「ワーニャ伯父さん」で高田渡を持ってきたぐらいです。このぐらいは予想できそうなもんですが、やられました。家に戻って調べるとこのアルバム全曲彼女の作詞作曲。そしてバックがスゴい。キャラメル・ママ(細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆、林立夫の4人)です。はっぴいえんどもキャラメル・ママもティン・パン・アレーも持ってたのに知らなかった。夢でもし〜だけの人だと思ってたよ。振り返れば高校生の時、ユーミンが来るっていうんで近所の大学の学園祭に観に行った事がありました。それがもともとはユーミンと吉田美奈子の二人のLIVEだったのが、吉田美奈子が風邪引いちゃったもんで、ユーミンのソロLIVEに…。あん時はユーミン一人になったんでみんなで喜んでましたが、子どもでした。大事なピースをそこで落としてましたわ。ハタチでこの歌、この歌詞。なんとかBとかなんとかRAとか、どうしてこんな時代になっちゃったんだろうかねぇ。間違った方向に行ってないかい。すべてのミュージシャンを目指すハタチに聴いてほしい1枚です。

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劇中に流れる歌の中で好きなのは
「ひるさがり」 人だまりの中に 石ころがころがってゆく
        何にもすることがないし 話す相手もいない
あ〜活字にするとただの暗い歌にしか見えんな。YOUTUBEにもないし…
そもそも100年以上前のロシアのチェーホフに日本の歌が合うのかって? 
合うんです。気になった人は相模原市の橋本であと1公演(11月5日14時)にあるからチェーホフと曲に倒されにきてください。

タグ:吉田美奈子
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2011年09月28日

お一人様のラティガンは面白い

たまたま観たお芝居が面白くって、その作家にはまって次々に観てしまった。6年くらい前にそんな体験をしました。それがテレンス・ラティガンです。3作品を連続上演するラティガンまつりというのをやっていたのですが、最初の作品観た時は、期待もなく人気もなくイープラスで安いチケットを買ってみました。(イープラスってそういうのがあるんでチェックしてみてください)それが思いかけずあんまり面白いもんだから次々と3本と言う事になりました。その時からラティガンは忘れられない作家になったんです。そして今年、テアトル・エコーでラティガンの代表作演るっていうことになったので嬉しかったのなんのって。

「セパレートテーブルズ」
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1人用のテーブルという意味ですが、あるホテルを舞台に集うお一人様とお一人様の内面の交流を静かに描いた佳作です、これは面白いですよ。まだ観られます。9月24日(木)〜10月2日(月)恵比寿・エコー劇場 http://www.t-echo.co.jp/
このチラシのイラストは宮部みゆき作品や若竹七海作品の装幀などで有名な杉田比呂美さん。この方に10年以上前から一度お願いしたいと思ってたんですが、やっと念願が叶いました。すごくいい方で仕事もやりやすかったです。こういう未の人って頭の片隅のどこかにあって、お一人様とお一人様が出会うように、フッと合いそうな仕事にはまるんですよねぇ。杉田さん、ありがとうございました。
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